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B-総会

氏家則明はいじめられていた。『御舟』では、レベルの高い者がレベルの低い者を虐げることはごく普通のことだ。全身を焼かれ、殴られ、金品を奪われる。そんな彼にも助けてくれる女神がいた。彼女に感謝しながらも、彼は思う。こうして、ただ日陰で生きていけばいいと。胸に抱く、淡い心を押し隠しながらも。

 頭の中にエイリアンが住み着いた。

 昨日から妙な幻聴が聞こえる。

 ――聞こえるか。

 ――僕は記憶を失ってしまった。

 ――この『御舟』に手掛かりがあることは分かっている。

 ――だけど、思っていた以上にガードが堅い。

 ――お願いだ。潜入を、手伝ってくれないか……。


「氏家、なに変な顔してるんだ」

 寮のベッドで頭を抱えていると、槇原が怪訝な口調でそう尋ねてきた。

「……いや、なにも」

「今日の総会は二年だろ? 早く行けよ。自治期間に生徒会に睨まれるなんて冗談でもやめてくれよな」

 そっけない口調でそう言い、槇原は洗面所へと消えた。

 カーテンからは朝の光が漏れ、淡く室内を照らしている。

 夢、なのだろうか。

 そんな馬鹿な。だってアレは、寝る前に聞こえたものだった。

 だったら僕はイカれてしまったのか?

 頬にベッタリと貼られたガーゼに手を当てる。

 金広と石動に殴られた傷が痛んだ。

 ……糞。

 なにが幻聴だ。

 どうせ夢だ夢。

 眼鏡を取って二段ベッドから降りる。

 下のベッドでは、まだ小倉と長岡が呑気にいびきをかいていた。

 それもそうだろう。小倉は三年で長岡は一年だ。総会はもうとっくに終わったか先なのだろう。

 クローゼットから焦げ臭い制服を取り出し、裾を通す。

 少し急がないと学年総会に間に合わないかもしれない。

 なにしろ『御舟』が夏の学生自治期間に入ってから初めての総会だ。

 教官たちがいなくなり、生徒会が代わって僕らを管理する自治期間。

 その総会に遅れたり、ましてやサボったりなんかしたらこれから肩身を狭くして生きていかなくてはならない。

 ……今とおんなじか。

 僕はルームメイト達に挨拶も告げず、みすず寮を出て行った。

 寮から斜め右の通路を歩き、第三学舎の前の道に合流した先に生徒会館はある。

 学園を囲む高い壁を背にして、本日も会館は悠然と聳えていた。

 頂上の時計を見ると、総会まであと五分だ。

 玄関に入ろうとした時、声が聞こえた。

「氏家くん!」

 振り返ると、三人の女生徒の姿があった。

「久世さん」

「おはよう! 氏家くん、昨日の怪我大丈夫だった?」

 ずいと顔を寄せて、ガーゼを眺める久世さん。

 甘い髪の匂いに驚き、反射的に身を引いた。

「い、いや……うん。消毒してもらったし」

「うん、じゃあとりあえず安心。氏家くん、あんな奴らにやられっぱなしとか駄目だよ?」

 しゅしゅしゅ、なんて言いながら丸めた手を虚空に向かって乱打している。

 僕は地面を見ながら、曖昧に頷いた。

「うん……でも、反抗してもどうせまた、やられるし……」

「だぁーかぁーらー! そういうのが駄目なんだってば! やり返さないとずっとこのままじゃない! 昨日もマネーカード盗られちゃってどうすんの!?」

「いや、あれはダミー用っていうか、バイト代が入ってるカードは別の所に隠してあるし……」

「そういう問題じゃなーい!」

 うがー、と歯を立て怒る。

 詰め寄られ、僕はそれ以上何も言えなくなった。

「いい? 自分で行動しなきゃなにも変わらないんだよ? それでも駄目だったらまた私に相談してよ! 力になるからさ!」

「……うん」

「はるるん」

 と、黙って僕らを見ていた女生徒が声をかけた。

「そろそろやばいよお」

「え? 悠々子まだそんな時間じゃないでしょ?」

「あと三分切ったよー」

 桃瀬悠々子はとろーんとした表情でそう言った。

 久世さんは。え゛ッ、なんて声にならない声を上げ、胸ポケットから銀の懐中時計を取り出す。そして胸を撫で下ろした。

「なーんだ悠々子。まだ十五分前じゃない」

「それ壊れて遅れてるって結構前に言ってたじゃんよぉ」

 石化したように固まる久世さん。

「あ゛ーッ!」

 そして玄関へとダッシュした。

「悠々子! 鈴寧! 急ぐよ! ヤバイヤバイ! そんじゃ氏家くん、また!」

 まってーと間延びした声で、豊満な胸を揺らしながら追う桃瀬さんと――

「――けっ」

 赤月鈴寧はぎらりと僕を睨み、会館へと駆けて行った。

 ……忙しい人だ。

 時間に追われているのは僕も変わらない。僕も会館に入り、ホールへと向かった。


「皆さんお集まり頂き、ありがとうございます」

 壇上で、一人の美しい少女が全二年生に向けて話していた。

「本日の学年総会を進行させて頂きますは、26代生徒会長を務めます――御舟伊佐那です。私の進行にご不満のある方がおられましたら、挙手をお願いいたします」

 織物のように艶やかな黒髪に、冗談みたいに整った容姿。

 更に御舟理事長の孫娘でもある彼女は、正にこの学園にとっては神に等しかった。

 神に抗う愚者がいるはずもなく、しばらくホールは静寂で満たされる。

「――ありがとうございます。それでは、不肖私がこれからを進行させていただきます。といっても、ほとんどは去年と同じようなことの確認ですので、二年生の皆さんは退屈かもしれませんが」

 そんな笑いを交え、彼女はつつがなく会を進めていった。

 自治期間での諸注意、外出許可書の簡単な書き方、提出先、学園内アルバイトの規則、自習室の利用可能時間。

 そんな事務的な説明をこなした後、最後に彼女は。

「そして最後に。これが一番大事なことなのですが」

 にっこりと満面の笑顔で、そう切り出した。

「自治期間とは、教官の方々が我々を信頼して学園を任せていただく期間です。大人たちがいなくなったからと言って開放的な気分になるのは致し方ないのですが、もし馬鹿をする生徒がいれば」

 御舟さんは、そう言って、凄艶な美貌で。

「全力で懲らしめるので――それだけです。あはは」

 無論笑える生徒なんていない。

 ちらりと、壇上の隅を見やった。

 そこには静かに目を閉じ椅子に座る、生徒会書記の姿があった。

 髪をゴムで一つに束ねていて、半袖のシャツとスカートから伸びる綺麗な手足を組んでいる。

 傍らには太刀袋を抱えていた。

 その長刀から放たれる圧倒的な存在感は、生徒会長の言葉が単なる冗句ではないことを裏付けていた。

 御舟伊佐那がこよなく重宝する生徒会のメンバー。

 生徒会書記、鷺宮神楽。

 御舟学園はただでさえ、凶悪な能力者が出現しやすい場だ。

 鷺宮さんはそんな敵を一刀の下に屠ってきた猛者だ。

 彼女らは容赦なく人を殺す。

 超法的手段を許された学園に歯向かおうなんて、生半可な覚悟ではできないし、覚悟できるやつはただの死にたがりだ。

 日陰で、誰にも目立たずに生きていけばいい。

 目立たず、騒がず、主張せず。

 そうでもしないと、嫌われ者の害虫はただただ殺され潰されるだけ――

「それでは、生徒会からは以上となります。なにかこの場で連絡事項のある方はこの場で挙手を――」

 僕がそんなことを考えていると、最前列の男がすっと手を挙げた。

 そして勝手に壇上に上がっていく。

 眩しいくらいの金髪に、ぎらぎらした装飾品を身に付けている。

 彼は、ホールによく通るような声で話し始めた。

「ン~……皆さん! ご機嫌はよろしいかな? ワタクシ、ミハエルから非常に重要な要望が御座いますので是非拝聴願いたい……!」

「よろしくないですよー要次郎くん。誰も登壇を許可してないんですが」

「アッハハハ! ファニーだねぇ生徒会長。キミが尋ねたのだろう? だったら生徒全員に発現する権利はある筈ではないか! あとミハエルと呼び給え、要次郎なんて名前じゃあない」

「そもそもアナタ四年生よね? 今すぐ出て行ってもらいたいんだけど」

「私ミハエル擁する学園互助団体、「月光会」は慢性的な人手不足にあります! つきましては有望な雛鳥達に少しでも協力を仰ぎたいと! 特に【テレパス】と【ポーツ】の能力者(ホルダー)は是非名乗り上げて頂きたく!」

「菱木要次郎。それまでにしなさい」

 凛とした生徒会長の制止で、彼の独壇場は止まった。

 横目で会長を見やる菱木さん。

「――ケチですねえ、会長は。なに、あと少しで終わりますから」

 その時鋭い寒気が全身を襲った。

 いつの間にか、隅に座っていた鷺宮さんが立ち上がっていて。

 閉じていた目を開く。爛と光る双眸で敵を確認し。

 太刀袋を手に取った。

 それだけでホールの誰しもが動けなくなる。

 菱木さんは対し、口が裂けるほどの笑みを湛え――。

 ぱぁんと。

 会長が手を叩いた。

 それで二人の殺気が瞬間、消え去る。

 その隙にするりと、会長の声が割って入った。

「……終わりです。まだ誰か死ぬには早い。そうでしょう」

 鷺宮さんは、まだ菱木さんを睨んでいた。

 菱木さんは肩を竦める。

「やれやれ。流石会長。外し方が一流だ。いいでしょう。まあ大体言いたいことは言えたからね。それじゃあ二年の皆、頼んだよ!」

 白い歯を見せながら、彼はそう言って降りて行った。

 生徒会を相手に、ここまでできる男とは。

 彼の手の甲に刻まれた刻印を見る。

 この学園、もう一つの力。

「星付き」の――“(ルナ)”。菱木要次郎。

「それでは皆さん、良い夏を」

 生徒会長がそう締めくくり、総会は終わった。

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