C-頭の中のエイリアン
学年総会を進めていたのは生徒会長である御舟伊佐那だった。自治期間という『御舟』ならではの制度の諸注意を説明する彼女。そして最後、生徒達へ意見を求めたが――手を上げたのは菱木要次郎。本人は自分のことをミハエルと呼んでいた。壇上で彼は好き勝手を言い始める。生徒会を相手に回せるほどの力……「星付き」、とは。
学園の東側には、宿場と呼ばれる、学生たちが住む寮が密集している丘がある。
それぞれの念力レベルや学園への貢献度を加味して割り振られ、僕のような弱い【バイオス】はボロく小さい寮に押し込まれる。
その丘には、学生たちが日々の疲れを癒やすための公園なようなスポットがいくつかある。
中でも僕の住むみすず寮の裏には、暗い広場のようなものがあった。
寮の陰に隠れ、日当たりも悪いので滅多に人は来ない。
入学して、2ヶ月ほど経った頃。僕は部屋のベランダで本を読んでいた。
『御舟』は覚醒した者を確認次第すぐにここへと招集する。
なので入学する時期は人それぞれであり、そのくせにカリキュラムは無情にも進んでいく。
学園は五年制で、単位を落とし続け六年目に突入すると、そこからは莫大な学費は全て自己負担となる。D級市民の僕にそれは厳しい。
早くに入学した者と遅れた者の差を埋める為の自治期間でもあり、少しでも自分で勉強しなくてはならない。
寮では皆寝静まって灯りがつけられないので、ベランダに机と椅子を運び出し、教科書をめくっていた。
夜が更け、蒸し暑い熱気に包まれていく。
……ダメだ、頭に入らない。
妙に難しい授業内容に、頭がショートしそうだった。
ノートを投げうって、ESPパズルを手に取る。
『御舟』が生徒に配布する、基礎向上玩具だ。
ルービックキューブのような外見だが、中の構造が複雑に絡み合っていて、正しい順序で回さないと絵が揃わない。
つまり【テレパス】や【キネシス】を使って上手く中の仕組みを解かないとクリアできないようになっている。
手慰みにかちゃかちゃと回すが、【バイオス】しか持っていない僕にはどうしようもない。それをぼんやりと見つめつつ、ため息をついた。
なんで僕はこんなところに。
D級なんて半端な位で、しかも僕は出来損ないだった。
勉強も運動も並べて平均以下。クラスメイトからは馬鹿にされる日々だった。
【バイオス】を発現し、これで全員を見返せると喜んだけど、結局はここでも僕は落ちこぼれだった。
『御舟』の授業は妙に分かり難く付いていけない。能力開発でも、全身から虫を出せば女子達が悲鳴を上げ、取り巻きの男子が非難を言葉を投げつける。
寮のルームメイトも、僕がそんな嫌われ者だと知ると無関心になり、話さなくなった。
……僕はなにをやっているのだろうか。
掌を見つめた。
むくむく皮膚が盛り上がり瘤ができたと思うと、すぐにそれは大きな蜻蛉に変化した。
こんな能力、どうやって役に立てればいいのか。
蜻蛉は羽を震わせて、夜空に飛び上がった。
こうやって、気ままに飛び上がって、すぐに死ねればなぁ。
ベランダで一人、そんな憂鬱な気分に浸っていると。
下から声が聞こえた。
「……ついてこないでって!」
「困るなあ。そうやって強情張られると。俺らもどうしていいかわからなくなるよ」
女の子の叫び声と、男の冷たい声。
気づかれないように身を隠しながら、そっと様子を伺った。
見ると、みすず寮の裏の木の陰で、女子が男子二人に追いやられていた。
「私はそんな大した力は持ってないし、あなた達に協力することもできません」
「そんな主張は関係ないんだってば。僕らは、君のような、美しく有能な人物を連れて来いって言われてるだけだから。抵抗しても無駄だよ?」
そう言って男は、少女の髪をそっと撫でた。
あれは……確か。
開発で一緒になったことがある。確か名前は。
男子が、金広涼と、石動陽太。
そしてあの綺麗な女子が――久世晴佳。
「嫌です! それじゃあさようなら金広くん!」
「おっと、どこへ行くんだい?」
「離して!」
久世さんがその場を離れようとした時、金広が彼女の腕を掴んだ。
悲鳴を上げるが、男子二人は薄笑いを浮かべるだけ。誰かが助けにくる気配もない。
金広涼は、二つ持ちの有望株だ。取り巻きも石動を始めとして、沢山いる。
どういった事情で揉めているのか分からないけれども、金広に逆らうなんて向こう見ずな真似は止めるべきだ。
僕が取るべき行動は、そっと窓を開けて部屋に戻り、見たことを全部忘れてベッドに入ることだ。
だからそっとESPパズルを机に置いて、窓に手をかけようとした。
最後に、少しだけ彼らの様子を見ようと、振り向くと。
久世さんが悔しさに顔を歪ませ、泣いていて。
必死に抵抗しようとしたけど、その気も失せたように力を抜いていた。
そんな彼女を見て、僕は何故だか妙な気持ちになった。
全身の皮膚から虫を生み出す。虫は僕の身体にしがみついていた。
念じ、彼らを羽撃かせる。耳障りな羽音と共に虫々は闇の空へと舞い上がって。
急降下すると金広と石動に向かって飛んでいった。
「うわっ!」
「な、なんだこいつら!」
虫の急襲に慌てる二人。その隙を突いて、久世さんが腕を振り払い、駆け出した。
「お、おい! 久世、待て!」
「クソが! 【ウェイズ】!」
赤く光り、周囲を舞う虫が燃え出した。
そんなことに構うこと無く、久世さんは走り続ける。
と、一瞬だけど。
彼女がこっちを見たような気がした。
久世さんの目は、僕のいるベランダを見上げていて。
僕の目は、彼女の美しい顔に囚われてしまって。
一秒も経たない短い時間だったけど、僕らその時、初めてお互いを認識しあった。
猛全と後を追う金広と石動。
すぐに目を逸し、久世さんは寮の陰に消えた。
騒動が終わり、僕は自身の手を見た。
ただただ気味悪いだけの能力が。
役に立った。
そう思っただけで、じん、と全身が痺れる感覚が走る。
何かを掴むように手を閉じる。
……やった。
少年なら誰でも夢を見る、ヒーローになれたような気がして。
僕はこの夜を忘れることができないと思った。
「氏家くん」
そして次の日。
教室で、にっこり微笑む金広と石動に呼びつけられ。
「舐めた真似してんじゃねえぞカスがァ!」
締められ殴られ燃やされ暴言を浴びせられ。
「見てよこれ、氏家くん。君の虫が僕の腕を噛んだんだよ。あー痛い痛い。治療費貰わないとねぇ。――月払いでいいよ。とりあえず、ある分だけ」
金を奪われた。
地獄はこんな感じで始まり、未だ終わることは無かった。
…………………………
ベランダで、ランタンを灯し、本を広げる。
あの日と同じような、じめじめと熱い夜だった。
栞を挟んでページを開く。
と、その時。
また、だった。
夢なんかではない。
昨日と同じ、妙な声。
《――聞こえるか?》
頭の中のエイリアンは、今日も話しかけてきた。
しばらく無視をして、紙面の字を追おうとする。
だがそうやっているとこいつは頭の中でしきりに喚いて読書の邪魔をする。
《頼む! 話を聞いてくれ! お願いだ……!》
僕は嘆息し、本を閉じた。
……なんの用ですか?
そう心の中で思う。するとそれを読み取ったように、相手は返事をしてくる。
《ああよかった! 君は昨日の人だよね? ええと名前が――》
氏家則明。なんの悪戯ですか? からかってるんならやめて下さい。
そう。昨夜突然話しかけてきたこいつは、あらぬことを話しだした。
記憶を失い、警察に追われ、学園に入りたいが方法がわからない、などと。
《悪戯とかじゃなんだ、どう言えばいいのかわからないんだけど……》
そうやって僕に潜入の手引をさせて、生徒会に報告するつもりなんだろう? 手の込んだイジメだよ。
そう言い放ってやった。異物をここに入れさせるなんて重罪の中の重罪だ。下手をすれば殺される。
エイリアンは、困ったように押し黙った。
ようやく大人しくなったかと安心する。悪戯にしてもあまりにも幼稚過ぎる。
大体記憶喪失で、この街でどうやってここまで来れたんだ。言えるもんなら言ってみろ。
そんな意地の悪いことを考えると、突然、ぱぁっと明るくなった気分が伝わってきた。
《そうだね、うん。まずは、僕がここでどんなものを見てきたのか。それを知って貰ったほうがいいかもしれない》
そうしてエイリアンは嬉々として語り始めた。
【テレパス】が伝えるのは言葉だけじゃなく、その時感じた痛みや苦しみや葛藤が、ぼんやりとした色彩で浮かび上がってくる。
「裏」の住人達との諍い。鬼のように強い若頭。族という特殊な概念。ここに来るまでに出会ったB級市民。市民ランク毎のしきたり。闇の狭間に落ちかけた少年。己を殺すF級市民の召使。バスジャックされる高級市民達。鎖のように縛る規則。
そんな、どこにでもない冒険が、心の中に広がっていく。
一步を踏み出すこと。自分で決めること。背中を押すこと。
登場人物達が、血を吐くような思いで決断する様を、彼は見ていた。
経験という情報が、一気に脳内に雪崩れ込んでくる。
時間にしても数分だっただろうけど、あまりにも濃厚でリアルな物語に呆然とするしかなかった。
《……そして僕はここまでに至った。まさかこんなに分厚い壁に囲まれてるなんて知らなくてさ。瞬間移動しようともしたんだけど、何故か上手くいかなくて。警備員の人に見つからないように隠れながら、ぐるぐる壁を回って、僕の声に反応してくれる人を探してたんだ》
みすず寮は、日当たりの悪い壁際周辺という立地だ。しかもこんな夜にベランダに出て読書してるような人物なんてそういない。
だから、僕に聞こえてしまった。
……なるほど。
《それじゃあ、則明! 協力して――!》
ダメに決まってるだろう。
大前提に、僕が君に手を貸す義理もメリットもない。
そもそも本当に壁の向こう側にいるという確証も無いんだ。
これがなにかの罠である可能性だってある。
悪いけど、諦めてくれ。
そう思考すると、エイリアンは悲しそうに。
《……そっか。うん、それは、そうだよね》
呟くような、諦めの感情が漂ってきた。
そうだ。僕には関係無いことなんだ。
余計なことは背負い込まないほうがいい。そうに決まっている――
《則明はさ》
と、こいつは。
神妙に。
《どうしてそんなに怯えているの?》
そんなことを尋ねてきた。
怯えている、の?
どうして?
《あ、いや、ごめん。別に話したく無ければ黙っててくれていいから》
なんでそんなことを聞く?
当然の疑問。
それまで、学園に入れてくれ、だなんて頼んでいながら、突然詮索をし始めた。
どういう魂胆があるんだ?
疑心暗鬼に心を隠すと、こいつは。
《いや、単純に、僕は》
こんな僕に。
《君に興味があったから》
そう言った。
虫と蔑まれ、イジメられ。役立たずの烙印を押された、僕に。
興味があった?
《……イジメ?》
……読み取られてしまった、か。
夏の夜は長かった。温かい空気にほだされてしまったのか。
ちょっとくらい、いいか。なんて思って。
僕は自分のことを話し始めた。
学園に入る前。入った後。久世さんを助け、そしてイジメられる日々が続いていること。
《でも、それから久世さんは助けてくれるようになったんだよね》
そう。
僕が裏に連れて行かれると、度々助けに来てくれる。
久世さんは【テレパス】のレベルⅠ。僕と授業が被ることもよくあり、会う度に話しかけてくれる。
僕みたいな弱虫が今日まで来れたのも、彼女のお陰だ。
《……なるほど、ね。君にとっては、救世主みたいな人なんだね》
美しい黒髪。引き締まった肢体。柔らかそうな唇。
いつも、強く笑って、真っ直ぐ生きている彼女は、そういう存在なのかもしれない。
――いや、でも。
《……うん?》
でも、彼女は、時折。一瞬だけど、すごく悲しそうな顔をする時があるんだ。
……いや、どうせ気のせいだろうけども。
《――則明。そうやって終わらせるものじゃないかもよ、だって君は》
エイリアンは、そうやって言い終わらない内に。
心を突き破るような大声を上げた。
《うわぁぁっ! 警備員が来る! マズイ! ごめん則明! とりあえず今日は退散するよ! 明日! 明日見てくれ! 僕がいるという証拠をなんとか見せるから!》
そして別れの挨拶もなく、彼は去っていった。
壁の向こうに、どんな騒動が起こっているかなんて分かりもしない。
……本物なのか?
いやいや。また騙されるところだった。どうせ偽物だ。
信じてしまうところだった。
もう本を読む気も無くしてしまった。
僕は椅子をたたみ、部屋の中へと戻り、毛布の中に身を横たえた。
――一瞬だけど、すごく悲しそうな顔をする時があるんだ。
久世晴佳、さん。
暗闇に手を伸ばすが、当然なにかを掴むことはなかった。




