第1話 平和な朝①
……綺麗だ。
男に向ける称賛の言葉として適切なのかはわからなかったが、最初に浮かんだ言葉はそれだった。
金色の髪が、太陽の光を反射してきらきらと輝いている。瞳は背後の快晴の空と同じ色をしていた。
光が人の形を取ったら、こんな見た目になるのだろう。それでいてその光が生み出す影までも内包しているような、そんな不思議な美しさを持っていた。
俺が口を開く前に、大方の事情を知っていたらしい。あの時点で俺のことはそれなりに広まっていたらしいから、当然と言えば当然だ。
呆気にとられて見つめているだけの俺にただ一言、こう言った。
「ちょうど雑用係が欲しかったんだ」
随分と平坦で、感情の読めない声だった。いや、読めないというより実際に何の感情もなかったのだろう。
ただそこに落ちていたから、なんとなく拾った。そんな感じ。何の感慨もない。彼からしてみれば俺はきっと古紙回収に出されていた知らない雑誌とか、まだ使えそうな段ボールと大差なかったのだと思う。
しかしもしわかったような口を利くことが許されるなら、そこには取るに足らない相手の前だから見せられる彼の孤独や愁いのようなものもまた滲んでいたような気がしてならなかった。
だからなのか。あるいは単に彼の美しさに疲れた心が引き寄せられてしまったのか。俺は何も考えずに頷いた。
俺が頷くと同時に、男は歩き出す。付いてこい、という意味だろう。
付いて行く以外の選択肢は、もはや俺の中にない。こっちを振り返りもしない男の後ろを俺は親鳥に付いて行く雛のように歩く。
そうして静かに、俺の第二の人生は幕を開けた。
「ねぇ、私のローブ知らない?」
「知りませんよ。部屋だと思いますけど」
「探して」
「ええ……? めんどくさ」
「ちょっとお。あんた雑用係でしょ?」
「業務時間外です。というか業務範囲外です」
深い紫色――俺の知識にある中では今紫に近いと思う――の髪をテーブルにまき散らすように席についた女性は、俺と会話する片手間に給仕を呼び止めて朝食を注文した。髪と同じ色の瞳はまだ瞼に半分以上隠されている。
半分寝ているようなその姿は見ているこちらも気が抜けてきそうだが、その正体は泣く子も黙る魔法使い・クローディアだ。名だたる魔法使いを数多く輩出してきた一族の娘にして、その中でもトップクラスの魔力、らしい。
実際に彼女の家族に会ったことがあるわけではないが、魔法を使う姿を見る限り本当なのだろう。あんなのがゴロゴロ居たら、この世界はとうに滅びている。
「今日は珍しく早いですね」
「うん。お腹空いて目が覚めた」
「夕飯をきちんと食べないからですよ」
その分というかなんというか、私生活は褒められたものでないのだが。
そこに、二人分お足音が近づいてきた。
「おはよう。珍しいわね、ディアがもう起きてるなんて」
燃えるような赤毛の騎士・アーデン。
「うん。お腹空いてさぁ……」
「あら、夕飯をきちんと食べないからですよ?」
透き通るような銀髪のヒーラー・マーガレット。
「それもう言われたぁ」
二人とも凄腕だ。アーデンはまだまだ女性の地位が低いこの世界で、実力で数多くの騎士たちを黙らせてきた、らしい。これも伝聞だが、戦う様子を見る限り事実だろう。
マーガレットは病院でも開けそうなほどの人数を一人でなんでもないように治す。これは実際に見たことがある。
「すみません、朝食を二人前」
朝食を注文するマーガレットの横で、アーデンは地図を広げていた。
「チハヤ、荷物の用意はもうできてる?」
「はい。問題ありません」
俺はさっとこのパーティの雑用係の顔になって答える。誇れるようなポジションではまったくないのだけれど。それでも俺なりに矜持みたいなものがあるのだ、一応。
今日の予定についてざっと確認する。主に移動と事務手続きなので、特に緊張するようなこともない。
「……エディ、今日も遅いわね」
ふと、アーデンが上の階を見上げながら口を開く。昨日は上の階に一人一部屋借りて泊った。かなりの出費になるが、それが出来てしまうのがこのパーティだ。
「そうですね。起こしてきます」
俺は他の面々が口をはさむ前に立ちあがると、エドワードの泊まる部屋へと向かった。ノックをするが、当然反応なし。いつも通り勝手に入らせてもらう。起きないエドワードが悪い。
この世界の鍵はあってないようなもの、しかも彼ほどの人間を夜襲できる者などほとんどいないので、エドワードは基本鍵を開けっぱなしで寝るのだ。
勝手に、とは言ったもののエドワードは俺を自分の部屋に自由に出入りさせる。俺程度が入ってきたところでエドワードからしたら羽虫が入ってきたようなものだろう。
「エド、朝ですよ。起きてください」
ベッドに歩み寄ると、ほとんど落ちそうな状態で眠っていた。よくこんな状態で寝続けられるものだと感心する。どんな状況でも眠れるというのは戦人にとって大切なことだ。
そしてそんな寝相なので服がはだけ、筋肉の付いた腹が覗いている。ラッキー、と思う自分を脳内で殴り飛ばしながら、なるべく肌に触らないように直した。
寝顔が子どものようにあどけなくて、可愛い。勇者のこんな顔、見れる人は少ないだろう。そう思うと変な優越感のようなものが沸き上がってくる。
そう、勇者。寝相も寝起きも悪いこの男は、この国に知らぬ者はいない勇者・エドワード。
「エドワードってば」
「んん……あと五分……」
これで本当に五分で起きたことなど、ない。
この可愛らしい寝顔は何時間でも眺めていられるし、こんなに気持ちよさそうに寝ているのに起こすのはなんだか忍びない。
だが、時には心を鬼にしなくてはいけないときもある。
俺はエドワードのベッドに乗り込んだ。古めかしいベッドが成人男性二人分の重みにきしむ音がする。しかし構わずそっと、エドワードの耳元に口を近づけた。
「エド、早く起きないといたずらしちゃいますよ……?」
「……っ!?」
エドワードは転がるように起き上がり、すばやく俺から距離を取った。すばらしい身のこなしだ。さすが。
「おまっ、気色悪い起こし方してんじゃねぇよ!」
この起こし方が一番成功するのだ。そして寝起きの一番機嫌の悪いタイミングをスキップできる。人間というのは何かに引いたとき、不機嫌を忘れるのかもしれない。機嫌の悪いエドワードも嫌いではないが、朝から無駄に体力を使うのはお互いのためにならないだろう。
もちろん俺個人としては、いたずら待ちをしてくれても全然いいのだけれど。
「おはようございます。急がないともうそろそろ出る時間ですよ」
「わかってる!」
エドワードはブツブツ言いながらもすばやく身なりを整え始める。着替えに入る前に俺は部屋を出た。おそらく向こうは気にしないが、なんだか悪い。エドワードにも、俺の精神衛生にも。




