南海トラフ巨大地震(3)
南海トラフ巨大地震は、過去にどのようなかたちで発生しているのか。
1707年10月28日、巨大地震が発生する。
この地震は「宝永地震」と呼ばれており、江戸時代の宝永4年に発生したことからその名前が来ている。
推定される地震規模はマグニチュード8.4〜8.9。
震源地は紀伊半島沖。最大震度は震度7。地震のあとに土佐を襲った津波は最大25.7mにも及んだという。
この地震では約2万人の人が亡くなっている。
この地震の特徴は、四国から中部地方にかけて、広範囲が一度で強く揺れたことが挙げられる。その全域で震度6〜7の揺れが発生した。
そしてもう一つの特徴は、地震の49日後に富士山の大噴火が発生したことだ。
この噴火は「宝永大噴火」と呼ばれ、富士山の三大噴火の一つだ。他の二つは平安時代に発生した延暦大噴火(800年)と貞観大噴火(864年)で、宝永大噴火以後、現在に至るまで富士山は噴火していない。
噴火に必要なマグマの形成もプレートが動く事によって起こる現象であり、地震によって富士山の火山活動が活発化したことが大噴火の一因だと考えられている。
宝永大噴火で噴出された火山灰は、遠く離れた江戸まで届いたとされている。
火山灰は関東一円に降り注ぎ、降り積もった火山灰によって農耕地が耕作不能となった。また、河川氾濫などの二次災害も引き起こし、各地に甚大な被害を与えた。
専門家の間では、南海トラフ巨大地震と富士山噴火が連動する可能性は否定できないものの、直接的な因果関係を示す証拠は十分ではないとされているのが現状だ。
しかし、東北大学の研究では、大地震が起こってからの10年間は火山噴火の可能性が2〜3倍に上昇する統計的データも示されているという。
富士山は宝永大噴火から現在に至るまでの約300年もの間、マグマを溜め続けていると言われている。
今後30年以内に発生する確率が80%程度と予測されている次の巨大地震が、富士山の大噴火を引き起こす可能性はゼロではないだろう。
ハイテク化された現代において大噴火が発生した場合、江戸時代とは比較にならないくらいの大損害がもたらされると予測されている。




