貧困と生きる(4)
ブリタニーの通う小学校では「栄養クラブ」なる取り組みを行っていた。
「栄養クラブ」とは、食事も満足に取ることができない貧しい家庭の子どもに、学校が無料で食品を提供するというものだ。
学校が休みになる土曜日と日曜日。
その週末の食事の一助になるようにと、金曜日に、該当する子どもに支給される。ブリタニーも「栄養クラブ」で提供される食品を受け取り、何とか命を繋いでいた。
そんな中、ブリタニーの兄が19歳の若さで亡くなる。
交通事故だった。
ブリタニーは自分を守ってくれるかけがえのない存在である兄を失い、喪失感に襲われる。そのうち、学校にも通わなくなる。貧困と鬱の中に沈み込み、家の中で無気力な毎日を送っていた。何にも希望を見出すことができなくなっていた。ただ毎日を「貧困」という波の上を漂うように生きているだけだった。
ブリタニーは16歳で子どもを産む。男の子だった。
そしてその数年後に今度は女の子を産む。
ただ、相手と結婚するということはなく、シングルマザーという道を選んだ。
シングルマザーになることで生活はますます困窮していくが、自分の子どもと一緒に生活していく中でブリタニーは徐々に前向きに生きるようになっていく。子どもと一緒に生きるということに希望を見出そうとしていた。
22歳になったブリタニーは、カメラの前で次のように語る。
「私にとって子どもは希望です。子どもがいるから毎日を生きていくことができる」
そしてその後に、次のような言葉も口にした。
「子どもには、私と同じ道を歩んでほしくない。何とか貧困から抜け出して、普通の人生を生きて欲しい。
だけど、抜け出し方が分からない。
結局私は、自分の子どもにも、自分と同じ道を歩ませてしまっている」
何とか貧困から抜け出そうとしても、その方法が分からない。
上に這い上がろうと必死に頑張っても、簡単に「貧困」は自分の足を絡め取り、再びその闇の中に自分を引きずり込んでいく。
結局「貧困」は、まるで遺伝していくかのように、親から子どもへと受け継がれていく。




