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星の家族:シャルダンによるΩ点―あるいは親友の子を引き取ったら大事件の連続で、困惑する外科医の愉快な日々ー  作者: 青夜


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挿話 : 小さき石

 「斬様……」


 食事を終え、世話を任せている五月が茶を持って来てうつむいた。

 五月は随分と長いことわしの世話をさせて来た。

 雅と菖蒲がいなくなってからすぐに身の回りの世話をさせるために呼んだ。

 五月には話していないが、わしの子どもの一人だった。

 ついぞそのような素振りもしてはいない。

 だから愛情を掛けたことも無い。

 五月にも何も話してはいない。

 ただ、わしの所へ来るように命じただけだ。

 もしや知っている可能性もあるが、わしは気にしたことはない。

 五月の母親は五月が幼い頃に死んでいる。

 それからはわしの他の子どもに預けて育てられた。

 料理や家事などの一通りの教育は受けている。

 こんな偏屈なわしの傍にいてさぞ窮屈であったろうとも思うが、五月は意外とすぐに順応してしまった。

 わしのことを恐れるでもなく、甲斐甲斐しく世話をしてくれる。

 不思議なことに、わしの前でもよく笑う女だった。

 だから自分の身の上も知っているのかとも思うが、ついに聞くことはなかった。

 それはどうでも良いことだ。


 五月はいつもはすぐに部屋を出て行くのだが、今日はそのまま座ってわしを見ていた。

 こんなことは珍しい。

 わしが話し掛ければ明るく答えるが、自分からわしに何かを問うことは無かった。

 だからわしも珍しく口を開いた。


 「美味かった。これまで世話になった」


 五月が悲しそうな顔をする。

 言葉にはせずとも、わしが決めたことは分かっている。


 「いいえ、とんでもございません。もう栞様や士王様たちにはお会いになられましたか?」

 「大したことではない。わしには珍しく月に何度も会って来たしな。今更何もありはせん」

 「そんな……」


 寒くは無かったが、五月はわしの背中に畳に投げていた羽織を乗せてくれた。


 「ありがとう」

 「いいえ。大事なお身体ですので」

 「……」


 いよいよ明日、あやつと共にロシアへ乗り込む。

 あやつはロシアを徹底的に滅ぼすと言っていた。

 亜紀が強力な一撃を放ち、妖魔の王たちの攻撃も重ねるそうだ。

 それがどういうものかは分からなかったが、「業」は必ず生き残る。

 それも、微塵も傷つかずに反撃してくるだろう。

 今度こそ必ず殺す。





 庭に出た。

 身体が熱を帯びている。

 この身体が今も永らえておるばかりか、一層強靭になっているのはあやつのお陰だ。

 本来は死ぬはずの病もあやつのお陰で消え去った。

 あやつは何の見返りも求めないばかりか、わしのことをいつも気に掛けてくれる。

 何よりも、我が「花岡」の遙かな先を示してくれ、惜しげもなくわしにもそれを教えてくれた。

 何一つ礼など言ったことも無いが、あやつは気にしてもいない。


 小さな石の前に立った。

 五月が花を絶やしたことが無い。

 今は薔薇が飾られていた。

 これはうちの庭に迷い込んだゴリラの墓だ。

 成り行きで世話をしてやったが、わしの留守に襲って来た「業」の手の者に殺されたのだ。

 五月を護ってくれた上でのことだ。

 あやつに頼んで名を付けてもらった。

 

 「遠士……もうすぐゆくぞ」


 何故かこの期に及んでゴリラのことを思い起こすとは。

 遠士はあやつを見るなり親しんでいた。

 あやつは不思議な男だ。

 人間、動物の区別なくあやつは好かれる。

 不思議はない。

 あやつはそういう男だ。

 栞が心底から慕ったのも当然だ。

 あやつは栞を愛してくれ、子をなしてくれた。

 士王、千歌、契。

 もう思い残すことは何も無い。

 あやつのお陰で満足以上の人生となった。

 だがあやつに何も返せない。

 だから、せめて「業」はわしがけりを付ける。


 ああ、あやつを初めて見た日のことを思い出す。

 わしの全身が震え、燃え上がった。

 わしよりもずっと弱かったはずのあやつが、わしに勝ってしまった。

 「花岡」の技も出したが、それを知らないはずのあやつがかわしたのだ。

 どんなにか、それが嬉しかったことか。

 あやつの血が、「花岡」の最高峰を生むことを確信した。


 ただ一つ、わしは「業」のことを見誤っていた。

 わしが「業」を始末しておれば、あやつも栞たちもまた他の連中も、今よりもずっと幸せに暮らしていたのだろうが。

 じゃがあやつはそのことでも文句を言ったことは無い。

 何もかも全てを受け入れ、必死で戦っておる。

 全ての責任はわしにあるというのに、あやつが何も言わなんだために、誰もわしに文句を言わない。




-------------------------




 「業」がまだ幼い時。

 

 「姉ちゃんを嫁にする」

 「なんじゃと?」

 「姉ちゃんは俺のものだ」


 わしは有無を言わさずに「業」を殴り飛ばした。

 決して子どものたわごとではなかったことを確信した。

 幼い「業」はその邪悪な思考で本気でそう考えていることが分かっていた。

 だから栞と引き離し、「業」を離れた場所で育てた。

 殺せばよかったものを、わしはそうしたのだ。

 後に「業」の本格的な邪悪の露呈を目にしても、まだわしは何かに縋ろうとしていた。

 道間宇羅に騙されたのも、わしの弱さの故だ。

 全てはわしのせいだ。

 雅も菖蒲もわしの代わりに死に、わしはまだ生き永らえてしまっている。

 遠士ですら一瞬の迷いなく逝ったものを。




-------------------------




 「高虎……」


 あやつの顔が浮かんだ。

 この世で最も世話になった男。

 あの男の前で死ぬのであれば、それは最高だ。


 じゃが、わしが死んでも涙は流すな。

 わしはこういう男だ。

 何も悲しむことはないぞ。


 



 「斬様」


 五月が庭に出て来た。


 「五月、留守を頼む」

 「はい、行ってらっしゃいませ」

 「お前もそろそろ結婚でもしろ。相手はお前の親代わりだった奴が見つけてくれる」

 「いいえ、私はいつまでも斬様のお世話をしたく思います」

 「……そうか」


 ならば、もうすぐ五月の役目は終わるだろう。


 「お帰りをお待ちしております」

 「五月、本当に世話になった。元気でな」

 「!」


 五月が後ろを向き、顔を手で覆った。






 わしは飛び立った。

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