恩讐の彼方、再生への一歩
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『深い緑の輝きを帯びた鱗も鮮やかに、ドラゴンが古生物の化石がゴロゴロしている河原に降り立つ。
大きな羽根の羽ばたきは、されどこちらに風の一陣も当たらないように気を使った物で。
頑強な足が地を踏みしめて、ドラゴンは首をさげて目の前にいる人間へとしっかりと目線を定めた。』
……隣でニルスさんが何か書いてるなって思ったんだけど、凄い文章だな。
そっと彼のメモから視線を逸らすと、私は降り立ったドラゴン……ラナーさんに手を振った。
「おはようございます。ご足労いただいて、ありがとうございます」
「おはようさん。いやいや、ええんよぉ。なんやうちのお母ちゃんが迷惑かけたみたいで、堪忍やで?」
「とんでもない! ラナーさんのお母様のお蔭で私が探している方々が見つかったも同然ですし、それ以前にその方々にマーキングして安全確保をしてくださっていたようで。寧ろお母様が災難を遠ざけてくださっていたんですから」
私の言葉に、ニルスさんとは反対側にいたエイルさんが首を大きく上下に動かす。
一族の皆さん、全員ラナーさんのお母様のことを心配している。けど、ドラゴンの塒に大勢で非戦闘民が行くわけにもいかない。護衛を務める私達の邪魔になる。そういう判断で、エイルさんだけがワジュドさんのことを確認しに行くことになった。
本当は皆で行きたいけど、それは出来ないからワジュドさんが一番思い入れがあるだろうエイルさんが。
エイルさんは、ワジュドさんが一族と交流を持った最初の人物の娘さんなのだとか。
そういう説明をエイルさんから聞いて、ラナーさんが「ん?」と首を傾げた。
「あー、ほんならあんさんのお母ちゃんが『おまめちゃん』で、あんさんが『こまめちゃん』かいな?」
「あ、え、そ、そう。おばちゃん、あたいの母さんを『おまめちゃん』って呼んで、あたいのことは『おまめちゃんの子どものこまめちゃんやで』って言ってたんだ」
「そうかいなぁ。なんやうちのお母ちゃんと仲良うしてもらってたみたいで、ありがとうねぇ?」
「いや、こっちこそ! こっちこそ……お世話になりっぱなしで……」
グスッとエイルさんが鼻を鳴らす。声も途中から涙声で、肩も震えていた。
その様子に思うところがあったのか、ラナーさんも心なし沈んで見える。
けれどその沈んだ雰囲気を吹き飛ばすのもラナーさんだった。
「それはそうと、鳳蝶はんからだいたいのあらましは聞いたよって、なんやうちのお母ちゃんがおかしなった言うんは分かった。そやけど、それは浄化されたんやろ? ほしたら多分心配いらんと思うわ。今頃躍起になってそのイワクツキを巣の中から探しとるんと違うかな。連絡せぇへんのも、そのイワクツキが見つからんからやと思う。普段から整理整頓はしときやって言うとったのに」
「お母様、そういう感じなんです?」
「ああ、うん。そこら辺にポイポイ物おきっぱなしにするさかい、たまに行って片付けとったんよ。前の大掃除が丁度あんさんらの話をお母ちゃんから聞いたくらいやわ。それでもその前に掃除してから五十年くらい経ってたかなぁ」
「わぁ。誰かさんのマジックバッグと同じだぁ」
黙って聞いていたヴィクトルさんが乾いた笑いを喉から出した。
ロマノフ先生のマジックバッグの整理は、ヴィクトルさんがやってたのか。そうか……。
思わず後ろのロマノフ先生の方を振り返ったけど、本人はにこやかに明後日の方向を向いている。そのロマノフ先生の横で同じく大根先生も明後日の方を見てるけど、ラーラさんと識さんが爽やかな笑顔。
ああ、大根先生はラーラさんかお弟子さんが頑張って整理してるのね。
更に後ろでは「お城の宝物庫って誰が整理してるんだ?」と言う奏くんに、統理殿下が「専属の役人がいるぞ」って説明をしてて。
帝国の宝物庫は前世の正倉院と同じく、一年に一度一か月ほど虫干しと確認・修繕のために開かれて、その年ごとに宝物が広く臣民に開帳される。
そういや見たことないな。今年は行きたい気がする。
じゃなくて。
ラナーさんの話を聞いたエイルさんはどこかホッとしたように苦笑を浮かべる。
「たしかにワジュドおばちゃん、整理下手だよね」
「せやで。とりあえず行ってみな分からんこともあるけど、そない心配しやんで大丈夫やわ」
「そうだね! ラナーさん、よろしく!」
「こっちこそ、こまめちゃん」
ラナーさんが差し出した手に、エイルさんの手が触れる。
穏やかな雰囲気になったところで、私達はルッジェーロ山山頂を目指す。
メンバーは相変わらずおかしなくらいの破壊神討伐過剰戦力集団である、私達フォルティスと皇子殿下方、識さんノエくん、ニルスさん。そして破壊神より余程世界を壊せそうなエルフ三先生と大根先生に、唯一の非戦闘員エイルさんだ。
皇子殿下方が参加することに関してニルスさんは焦ったみたいだけど、そこは皇子殿下方もラナーさんと知り合いだからで通した。
ラナーさんは上空からワジュドさんの巣穴まで先に行くそうで、通信機としてプシュケを一つ渡してある。
私達が再会した五合目までは先生方の転移で移動して、そこからはえっちらおっちら山登りだ。
全員が身に付けている武装がエグいことを見て見ぬふりをすれば、立派なピクニック。
そんな中、ニルスさんがエイルさんに「不躾ですが」と声をかけた。
「うん? なんだい、坊ちゃん?」
「エイルさんは、その、マルフィーザに帰って来るまで他所にいたそうですが、それはやはり隠れるために?」
「ああ、いや、それもあるんだけど。やっぱりあたいらは医の一族だからね。季節季節で病気が流行りそうな土地に行って、診療や治療、薬草の採取なんかをして歩いてるんだよ」
「そうなんですね」
微笑むエイルさんの答えに、ニルスさんがそっと目を伏せる。それからまた言い難そうに、口を開いた。
「あの、憎しみは、ないのですか……?」
「え?」
「エイルさんの一族が迫害された理由はとても理不尽です。にもかかわらず、それでも病人を診て世界を巡るなど……私なら出来ない。そこに憎しみはないのですか?」
自分達を虐げた相手に、何故手を差し伸べられるのか。ニルスさんの聞きたいのはそういうことなんだろう。
それにエイルさんは少し考えると首を傾げた。
「うーん、虐げられたって言っても、あたいが実際追い立てられた訳じゃないからね。そりゃ話は聞いてたし、怖いし酷いとも思うけど。あたいの生まれたときにはもうそんなのなかった。ただ念のために隠れてたみたいな感じでさ」
実のところ、憎しみや恐怖と言うのはあまりない。
エイルさんはそう言う。
ただ長老であるリヴさんより上の世代にはまだ偏見が強かったらしく、リヴさんはそういう人たちから色んな話を聞き、エイルさん達下の世代に話してはいるそうだ。
記憶と共に怒りや憎しみが薄れつつある。
けれどそれは時間が解決したとかでもない。
「あたいらの一族、五十年や百年できかないくらい隠れ住んできてる。その間、ワジュドおばちゃんをはじめとして、助けてくれる人達が随分いたんだよ。あたいらの一族に助けられたから、今度は自分がって。そういう人が命懸けで匿ってくれたり、表立って助けてはくれなくてもあたいらのことを詮索しなかったり、陰で役人の追及を逸らしてくれたり。何だったらそれまでの暮らしを棄てて、家族になって一緒に逃げてくれる人もいた。そうやってあたいらは庇われ守られしながら、血脈を絶やさず来たのさ」
「それで恨みはない、と?」
「いや、恨んでないわけでもない。だけどさ、苦しんでる人が目の前にいたら、やっぱり助けずにはいられないんだよ。そのための力と知識があるんだから。それでも捨てきれない色々はある。だからそんなのとは無関係の場所で、まっさらからやり直したいっていうか……」
その再生のための場所が菊乃井だというなら、私はそれを喜びたい。
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活動報告にも色々書いておりますので、よろしければそちらもどうぞ。




