恋とは関係ない空騒ぎ
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次回の更新は、8/5です。
梅渓公爵家の領地は帝都の東にある。
帝都にまでその支流が流れ込む大きな川を運送の主力として、商業が盛んな水の都。街を水路が走り、その上をゴンドラが行き交うという非常に美しく豊かな土地だ。
そして独特の文化があって、言語というか訛りもあるらしい。
和嬢は祖父母・父母の方針で、領民とも距離が近く育てられているせいか、普段はお国訛りで話しているそうな。
これは実は宰相閣下もそうらしく、領地にいる時はそういう話し方なんだって。
でも社交界にでるとなると、訛りは馬鹿にされる原因になるからって、公爵家のご令嬢としてお話の仕方を特訓中だとか。
それで気を張ってご令嬢として会話をしていたんだけど、お菓子の美味しさに気が抜けたみたい。
良いんじゃない? レグルスくんも言うように可愛いじゃん。
ただ、ゾフィー嬢は少し思うところがあるみたいで。
「そうですわね。プライベートですから今は構いませんが、公の場に出るとなると……。何処にでも足を引っ掛けようとする方はいますもの」
「そうだね。お国訛りを否定する訳じゃないけど、付け入る隙は無い方が良い」
シオン殿下がゾフィー嬢に同意する。
まあ、その点は同意。家が云々というより、個人攻撃の種になる。
公爵家に敵対行動をとる愚か者はいない……とも言えないしな。
ただ、訛りがあるから恥ずかしいとは思ってほしくない。それは文化と多様性の一片なのだから。
「うーん、むずかしいことはわからないけど、なごちゃんのはなしかたはかわいいとおもうよ。れー、すきだもん」
にぱっとレグルスくんが笑えば、和嬢も安心したように笑う。
まあ、今は練習中。
それがぽろっと出ても練習中なんだから、当たり前じゃん。
和嬢の気分も上を向いたようで、そこからはもう和気あいあい。
ご本人からめでたく「なごちゃん」呼びの許可もとったレグルスくんは、一生懸命和嬢にお菓子とったりしてあげてる。
そんなレグルスくんのジェントルマンぶりに触発されたのか、統理殿下もゾフィー嬢にお菓子取り分けたりしてあげてるんだけど、顔がヤバい。
もうデレデレなんだよ、暑苦しい。
そんな状況にシオン殿下を突けば「あれ、普段通りだから気にしないで」って。
こんな甘ったるいもの見せられてたら、そりゃ婚約者とか要らんわな。
思わず口の中に苦みが欲しくなって、フルーツティーの中に入ってたレモンを噛む。ホッとする酸っぱさと苦さだ。
シオン殿下もレモンを噛んだらしく「良い酸っぱさだね」と呟く。
ほっとしていると、不意にカフェのドアが開いて中に人が入って来た。
公演は終わっててカフェだけの利用なのかと思っていると、その入って来た人物がこちらに近づいて来る。
その人に、リートベルク隊長が反応した。
「帝都に残して来た副隊長です」
そう告げて、リートベルク隊長は彼の元へ。その人の後ろから、ロマノフ先生がカフェに入って来たのが見えた。
敬礼した副隊長さんと、リートベルク隊長はこちらを振り返ると、少し離れる旨を告げる。代わりにロマノフ先生が「リートベルク隊長が離れている間は私が護衛です」と明るく仰った。
「何かありました?」
「ほら、近衛と菊乃井の合同訓練の話ですよ。原案が出来たそうで」
「ああ、合同訓練の」
という事は、帰ったら私の書斎には報告書とかが来てるな。
でもまあ、それは帰ってからだ。今は観劇とレグルスくんのデートのお付きそいのが大事。
「その話、帰ったらゆっくり聞かせてくれるか?」
「僕達も関係あることなので」
「良いですよ。近衛の資料とも突き合せないといけないですしね」
統理殿下とシオン殿下の言葉に頷く。切り替えが早いな統理殿下、ゾフィー嬢にでれでれしていたとは思えない。
というか、ロマノフ先生の不在はこの報せのためだったのね。
視線で伺えば、ロマノフ先生がこくりと頷く。
「朝食の後に宰相閣下から書類が出来た連絡がありましてね」
「それで今日はご一緒出来なかったんですね」
「はい。それで原案を彼と持って帰って来て、リートベルク隊長にその件を伝えてもらって、また帝都に送って行くんです」
「ありがとうございます」
「いえいえ」
事が本格的に動き始めたなら、私がするのは訓練内容の確認と責任の所在を明確にすること。
後は現場でお願いすることになるけど、視察はいるかな?
つらつらとこれからの行動予定を考えていると、ロマノフ先生が机に置いてあったマンドラゴラの花に気付く。
和嬢にレグルスくんが渡したものだけど、それを見てから先生はヴィクトルさんやラーラさんに「あれはもう渡したんですか?」と尋ねた。
「うん。とても喜んでたよ」
「それはそれは」
ラーラさんの短くも適した説明に、ロマノフ先生が何か言いたげに顎を擦る。
何かあるんだろうかと思っていると、面白そうにロマノフ先生が和嬢に話しかけた。
「御機嫌よう、和嬢」
「ごきげんうるわしゅうぞんじます、ロマノフきょう」
ぴっと椅子からおりて、和嬢は背筋を正す。
それに座ってもらうよう声をかけたロマノフ先生が、もう一度花を見た。そして「これは決定かな?」と呟く。
「何がですか?」
「え? いや、こちらの話ですよ」
あれか、婚約の話か?
宰相閣下とお話したんだったら、当然その話も出るよね。
なのでロマノフ先生に「その話は、後ででいいですか?」と声をかけると、先生も察してくれたみたい。
レグルスくんと和嬢を見てたら、まあ解るだろうけど良い雰囲気なんだよね。
先生も二人の雰囲気に目を細めている。
あとでレグルスくんに婚約者の話をしようと思うけど、これならお受けしても問題ないんじゃないかな。
あ、でも、うちレグルスくんをお婿には出せないんだけどな。
そういう問題も合わせて考えないといけない。
そう言えば、和嬢ってお茶会に一人で来てたけど、もしや跡取り娘だったりするんだろうか?
こそっと尋ねると、ヴィクトルさんは「ああ」と呟く。
「大丈夫だよ。和嬢の従兄君が当主になる予定だから」
「従兄?」
「うん。けーたんの次男の長男が本家継ぐから」
「あれ? 和嬢のご両親って?」
首を捻ると、ラーラさんがこそっと教えてくれる。
和嬢の父上は宰相閣下のご嫡男だけど、ご本人曰く「梅渓の領地位なら治められるけど、宰相の器は自分にはない」って公言してはばからない人で、その人が言うには「弟の所の長男は我ら兄弟の父に似て才覚がある」とか。なので、そのご次男様のご長男様を養子にして、和嬢は物凄く大事にしてくれるお家にお嫁に行かせる方針なんだって。
女公爵にするっていうのも一つの方法だけど、娘には権力の毒に染まって欲しくない。それ位なら、その毒に染まっても和嬢を守り通せるところにお嫁に出したいんだってさ。
幸い家門的にも閨閥だのなんだのは必要としないぐらい大きいし、和嬢は自由に選べる立場なんだそうな。
そんな事言われると「うちで大丈夫か?」って気になるんだけど。
呻くとロマノフ先生が苦く笑う。
「いや、君の庇護があるレグルスくんは同世代で一番安心して任せられる相手なんじゃないですかね?」
「えー……」
「だって君、弟の婚約者なら妹として遇するでしょう? 弟妹に手を出す不逞の輩は?」
「尻の毛どころか髪やら体毛全部毟るし、庭の芝生も抜いてやる」
「ほらね。こんなに頼りになるお義兄様がいて、その上領地も潤っていて、皇室の覚えもめでたい。しかも本人のレグルスくんは将来有望な剣士ですしね。末は皇帝陛下直属の騎士か……なんて噂もあるんですよ」
なるほど、それは優良すぎるお相手じゃん。じゃあお受けした方が、双方にいいのかな?
ちょっとぐらついていると、シオン殿下が眉間にシワを寄せる。
「なんです?」
「ああ、いや、和嬢の従兄なんだけど。僕、アイツ、苦手なんだよね」
ムスッとするシオン殿下に、統理殿下とゾフィー嬢が苦笑いを浮かべた。
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