14-1.朝ぼらけの工房談義
「なるほど。元々『鈴蘭の騎士』の観劇ファンだったなら、竜人のマスクを窃取して目くらましにする、という方策を思いつくのは自然ですね。……だからと言って、“逆”は我々は思いつきようがなかったでしょうから、王軍本部で脱獄の現場を取り押さえられたのは幸運だったとしか言えませんな」
逆、というのは、「竜人のマスクを利用する人間は『鈴蘭の騎士』の観劇ファンに違いない」という考えだ。容疑者が多すぎる上に、そんなわけなかっただろう。
翌朝、ビラールの工房にキアとジャンが訪ねてきた。
カルケの本格的な聴取は今日からだが、昨夜収監する際に少しだけ確認したことを伝えに来てくれたのだ。
カルケは元来、勤勉な魔導士として王軍に所属していた。休日の観劇を趣味とする、特筆して目立つことはなかった女性だったという。
「それだけに、彼が――殉職した折の塞ぎようが強く印象に残っておりました」
ジャンが『彼』と呼んでいるのはもちろん、フィルズ・バニーアティーエのことだ。殉職、と遺族にとっては一言で済まされてはたまらないことを、しかし殉職と表現するのがもっとも適切である場面であるがために、それを口にするのを少しだけ躊躇った様子が見てとれた。
「『鈴蘭の騎士』が特にお気に入りだったというのは、フィルズの影響だったのやも……」
キアがそんなことを言った。
サラやベフルーズから伝え聞いたフィルズは、自他共に結構な鈴蘭の騎士ファンだったようだったが、
「キア殿、ご存知でいらしたのですね」
「――ん? ああ、フィルズの趣味嗜好かい? うん。なにせ、彼は採用試験の時に――おっと、ええと、タンジャン殿の前で横に逸れて申し訳ない」
「いえ、逸れてはおりません。採用試験の時にどうしたのですか?」
工房に訪れてから――いや、昨日の脱獄事件の時に顔を合わせてからずっと落ち込んだ様子だったジャンが少しだけやっと微笑んだ。
「ああいえ、――志望動機を聞いたらね。彼は……予想付くでしょう?」
故人の話であるから空気を軽くしようとしたのだろうか。キアは人差し指を立ててゆらゆらさせる。
家族であるサラやベフルーズに語るのはわかるが、フィルズは初対面の百人隊長にまで「『鈴蘭の騎士』に憧れて騎士を志している」と言い放ったらしい。
行動的な、割と実力と身分の伴ったオタク。伝聞でしかフィルズを知らない私の中の彼のイメージは現在、端的に言ってそれだった。
その茶化しを受けて、ジャンがぽそぽそと語り始めた。
「私は剣も遣いますが、どちらかといえば魔術に片寄った人間です。バニーアティーエ家は魔導士の歴史に名を刻んでいますから、南の地方の在地領主になっていたバニーアティーエの方が騎士隊に入ったと聞いた時には驚きました。しかし、それでも彼はやはりバニーアティーエだったのでしょうね」
そこまで一息に話してから、ジャンはひと呼吸置いて私を見る。
「カルセドニーという優秀な魔術士を推薦し、魔導士団に関しても彼は貢献したのです。――彼女の現況は残念なことになりましたが……」
「私は昨日、彼女が口にした時に初めて知りましたが…フィルズが彼女を推薦したのですよね」
「そうです。貴方も騎士団に入ろうとしているバニーエティーエでいらっしゃいましたね。しかもエルドアン鋼を佩いていて、魔術は一切使えない――でも今回はサーラー・バニーアティーエ様も魔導士団に志願して来られた。いずれも頼もしい人材です。……いや申し訳ない。貴方がグランタ殿下に付き纏われているのは、私がそうして興味を持ってしまったことが大きな原因でしょう」
私は何か言おうとして口を少し開けたが、つい言い淀んだ。しかし思い切ってこの機会に聞いてしまうことにした。
「今『殿下』とおっしゃいましたね?」
「ええ」
しれっと、「申し訳ない」と言ったはずの男は、だが悪びれずに答えた。
「あの方は我らがキーリスの第二王子、グランタ殿下ですよ」
キアはバツが悪そうに目を伏せていた。
私は無表情を保っているが、気持ち不貞腐れている。
「驚かれないのですね。そしてまだそれを誰にも確認されていなかったのですか」
「キア殿が『聞くな』と」
「そ、そこまでは言ってないでしょ」
「まあ、おおよそは察しておりました。正体不明の不法入城者がいるとしても、第二王子が訪れている王軍本部の人手を大幅に減らすわけにはいかないのは、それはそうでしょうとも」
カルケの誤算であり、彼女の師を脱獄させる計画を焦った原因でもあった。
お読みいただきありがとうございます!
また延期に延期を重ねてしまいましたが
今月(31日ですが)なんとか更新1話できてよかったです。
あけましておめでとうございます!
今年もよろしくお願い申し上げます!!!




