契約
「まず、先にも言った通り、表沙汰になってない、できないだけで事態は危機に瀕しています。個人の意思を無視して無理矢理戦わせることはしませんが、家族まで説得する余裕はありません。」
研究所の一室で八坂(所長)と日加理は契約を交わしていた。
「ご家族その他日加理さんの知り合いの方には催眠によって日加理さんがいなかったことにさせてもらいます」
日加理はガタンと音を立てて席を立ったが、得に何も言わずに席に着いた。
「そうです。元々はこう言ったことも話して理解を得てもらっています。繰り返しになりますが、本人の同意だけは重視しておりますので」
そう、敢えて聞かないようにしたのは日加理自身だった。
「してもらいたいことは瘴鬼からの世界の防衛、瘴鬼の浄化です。」
「浄化?」
ひとまず話を聞くつもりでいたのに思わず口を出してしまう。
「はい。“浄化“です。瘴鬼は本来次元の異なる存在です。私たちが物理的に接触することは出来ません。それを可能にするのがあの光というわけです。魔法というのはその過程で発生する産物に過ぎません。大事なのは瘴鬼に接触できること、そして浄化できること、これにつきます」
そこで一旦口を閉ざす八坂。
「ただし、それなりに問題はあります。あ、使う側に負担があるとかそういうことじゃないんです。純粋にあの魔法を使うための“触媒“の量に限りがあります。あれはこの世界では発見されていない存在ですので。私たちが持ち込むことが出来た分がその全てです」
ペットボトルのお茶を一口飲み、喉を湿らす。
「つまり、無駄に魔法を乱発してほしくない。そこでこの条件で契約を行います。出撃基本料は一度で200万円。もちろん瘴鬼の強さなどにより上乗せがあります。魔法の使用料に応じてそこから減額していきます。使いすぎたからと言ってその分を借金にするということはありません。怪我などについてはこちらでその分を補償します。」
「あくまで無駄遣いは避けろってことね」
八坂は深く頷く。
「その通りです。日加理さんの妹さん、日向さんの治療に使った薬品はこの世界では存在しないものです。その価値を計算し直したなら6800万円と言ったところでしょうか」
そこで八坂は話を句切り、日加理へと視線を向ける。
「つまり、最低でも35回は出撃する必要性があるということね」
八坂は様子を見ていた。6800万円というのは実のところかなり安価に見積もっている。当たり前だ、まだ治療の目処がたっていない病気の治療薬なのだから。
だが、それは金額としてみれば非常に高価だ。
なんの根拠のない金額なのだ。掴みかかってくるくらいのことは想定していた。
「35回もその瘴鬼とやらは来るんでしょうね?途中で尽きて来なくなるなら少し困る」
八坂は予期せぬ応えに笑い出した。
「ふ、はっはっはっは。大丈夫だ35回くらいじゃまるで足りないさ。それに34回、もしかしたら33回かもしれないな。前回出てもらった分もちゃんと出撃料は出るよ。いきなりだったからね、緊急出撃ボーナス込みで294万円になった。どうする?支度金なんかが必要なら下ろしてもらっても構わないよ、とはいこれ。桐生銀行の通帳。まぁどこでも使えると思うよ。それから日加理さんには桐生学園に転校してもらう。さっき言った通り、これまでの知人達とは他人として過ごしてもらうことになるからね。住むところは学生寮だ。特待生扱いで、一人部屋をもらえるけど、その分学業も頑張ってね。じゃないと他の生徒から訝しがられるから」
一息で一気に話されたが、日加理は十分理解していた。
「つまり、桐生学園は…」
「うん、我々の存在を隠してもらうために力を貸してもらってる。ああ、でも鹿臣君の手腕は確かだよ。僕らがテコ入れしたとかそんなんじゃない」
最後に一番気になっていることを聞く。
「さっき言ってた催眠って悪影響とかはなにのよね?私が6800万円払い終わったら元の生活に戻れるんでしょうね」
間髪入れずに八坂が応える、体の前で手を組んで。
「ああ、問題ない」
「それもアニメの影響?」
「あ、わかる?一度やってみたかったんだよね。もちろん発言は本当だよ」
「……」
八坂のことを完全に信用できるわけではないが、日加理は一覧して契約書に印を押した。