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JK無双 終わる世界の救い方   作者: 蒼蟲夕也
フェイズ3「鏡の国の冒険」
355/433

その349 ナナミと舞以:前編

 廃墟の街並みを、二人乗りのベスパが走り抜けていく。


 すでに二人は首都高を抜け、皇居をぐるりと回るコースを通っているところで、あとはなんとなく”ゾンビ”のいない道を選びつつ渋谷方面へ向かうだけ。

 うまく”ゾンビ”たちが一カ所にまとまっていたお陰で、連中を誘導するのはかなり簡単だった。もちろん全て、ナナミが《パレード》を起動しているためである。

 ”ゾンビ”たちは、つかず離れずの距離で走る原動機付き自転車を、無尽蔵の持久力によって疲れもせず、狂ったように追いかけてきていた。


 肩にかけたスピーカーから聞こえる音楽はモーツァルトのアルバムからランダム再生されていて、これは彼女の趣味ではない。中継地点のビルの持ち主から拝借したものだ。

 それは決して爆発力のある音ではなかったが、これはこれでシュールである。


 後部座席で後ろ向きに座ったナナミは、つかず離れずの距離で疾走する”ゾンビ”たちに両手を広げて、


「――凡庸なる人々よ、罪を赦そう。罪を赦そう。汝らの罪を赦そう」


 壊れた凡人たちからの返事はない。

 ただ、背中から、


「『アマデウス』ね。――懐かしいなー♪ 一緒に観たよね。パパの寝室で」

「ええ……あれは良い映画だったな」

「そだったねぇ」

「そういえばあなたのお父さん、いま何してる?」

「とっくに死んじゃった♪」

「そっかあ」


 そして、沈黙。

 舞以のことは、色々と知っているようでいて案外、何も知らなかったりする。

 ライバルだったのだ。”終末”が訪れる前の彼女は。

 今となっては、向いている方向そのものが変わってしまっているが。


 ぼんやりと過ぎゆく時間に、口を開いたのは舞以だった。


「ところで一つ、聞いて良い?」

「なに」

「もう小説、書かないの?」

「は?」

「”終末”前はあなた、ちょっとした文学少女だったじゃん? オタクっていうべきかな」

「一緒にしないでよ」


 そこは個人的に、しっかりと分けて欲しいところ。

 彼らは自分の弱さに溺れることがある。ナナミはそうならないと誓った。決して。


「書かなくなったのは、”王国”のやり方に順応したから。動画の方が、ぱーっと笑ってスッキリして、それで終わりにできる。いろいろ難しいこと考えずにいられるでしょ。……この世の終わりとか」

「じゃ、みんなのために方針転換したんだ」

「まさか。金のためよ。マネェマネェ」

「お金のためにやる物作りはみんなクソとか言ってたじゃない。真理を遠ざけるから、って」

「若かったのよ」

「十代でそれ言うかなぁ?」


 でも、事実だ。

 そもそも、大衆を啓蒙しようという考えそのものが傲慢だった。

 真理というものは、説教がましく押しつけるものじゃない。

 たっぷりのユーモアの中にさりげなく一さじ、隠し味にするくらいがちょうどいい。


「そっちこそ、――ずーっとおんなじダンスばっかり投稿して。よく飽きないわね」

「同じ演舞に見えて、結構違っているのよ。流れてる音楽とか」

「それで食えなくなって、汚れ仕事まで請け負うようになっちゃあ、お仕舞いでしょ」

「芸の道は茨の道だわ。そんなの、子どもの頃から言われてきた。すべて覚悟の上」

「そこまでストイックにはなれないなぁ」

「ストイックに見える? 私、いつもニコニコ楽しいよ」

「あたし、生活に不満があったら午前中はずっといらいらしているの」

「見解の相違ねー」

「あんただって実はそうなんじゃない?」

「生活の不満は工夫で乗り切るタイプだから」

「工夫、ねえ」


 ふとそこで、彼女をどうにか言い負かそうと躍起になっている自分に気付く。

 この、誇り高い友人が、――私の人生はとてつもなく不幸で哀しくて、自分の考え方は何もかも間違っていたから助けてください、みたいに頭を垂れるようなことなど、永遠にないだろうに。


 舞以に対してはずっとずっと、コンプレックスがあったのだ。

 ”終末”でも変わらず、自分のスタイルを貫き続けられる彼女に。


 そしてそんな彼女が、少し歯がゆくも感じられた。

 彼女の才覚なら、もっともっと上を目指せるはず。

 たった一言、自分と組みたいと、そう言ってくれれば……。


 だが、彼女は決して、そうは言わなかった。

 だから今回みたいに、護衛という名目で、彼女を雇う必要があったのだ。


 とはいえ、無理に時間を作っても、そううまくはいかないもの。

 二人の行き違いはつまり、生き方に対する姿勢の違い。

 頭を下げるということは、自分の人生を否定することになる。

 言葉を取り繕うことはできても、生き方まで取り繕うことはできない。


「……………………」

「……………………」


 気まずい沈黙が、しばらく続いた。

 後ろを追いかけてくる”ゾンビ”たちにちょっと手を振ったりして。

 こいつらきっと、悩みとかないんだろうな。


 再び沈黙を破ったのは、舞以だった。


「ねえ」

「うん?」

「ひとつ、びっくりな告白、してもいい?」

「なあに?」

「私、実は先週、誕生日なの」

「へ」


 一瞬、ひどく意表を突かれて、


「えっ。えええええ!」


 つまりそれは、――


「あんたあたしと同学年だから……もう二十歳ってことでしょ。じゃあ、蘇生できないよ?」

「そういうことになるかなー☆」

「ふっ、ふざけないでよ。じゃあもう、ヴィヴィアンじゃあいられないじゃん」

「年齢詐称してるヴィヴィアンなんてあちこちいるよ。クドリャフカちゃんなんて、28だし」

「あのクドリャフカが……? そういうウワサはあったけど」

「そ。びっくりでしょ? 彼女、童顔だからみんな気付かないのね」


 いやいや落ち着いて。

 追求すべきはそっちじゃない。


「ってかじゃあ、なんであたしについてきたの? 運転手は犬咬くんでも良かったのに」

「そりゃまー、あなた、むざむざ死ぬつもりだったみたいだから」

「なんっ……」


 ぎくりとする。背中合わせに座っているから、きっとこちらの動揺も見抜かれたに違いない。

 あるいは、心臓の音も全部、聞かれているかも。


「あなたの自殺に、お腹の子どもも巻き込まれちゃ可哀想じゃない?」


 その意図は明白だ。

 舞以は、……彼女自身の命を人質に取ったのある。


 他でもない、根津ナナミを生かすために。


 なんと応えればいいかわからず、ナナミはしばし眉間に皺を寄せた後、


「ばか」


 と呟いた。

 舞以は、


「あっはっはー☆」


 と、門番をしている時みたいに、明るく笑うだけ。


 ナナミの脳裏にはふと、昨日の一件が蘇っている……――。


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