その348 感謝の言葉
そのまま、巨人×3の勇姿を眺めること数十分。
我々の目の前では、踏み潰された”ゾンビ”の死骸で、それはそれは無残な光景が広がっていました。
遠目なのが助かりますが……巨人たちの足下では、車に轢かれた鼠の死骸、その人間版みたいなのが絨毯みたくなって、道路全体に広がっています。
最早それは、なんかそういう形の前衛芸術のようですらありました。
「……そろそろ頃合いかね」
ナナミさんは、持ち運びできるタイプのスピーカーを肩にかけて、呟きます。
音楽は《パレード》を使うに当たって絶対に必要な要素というわけではなさそうですが、「その方が気持ちが入る」とのこと。
私は、ビデオカメラをナナミさんに向けて、その最後の姿を撮影しました。
「絶対、カメラを届けてよ」
「わかってます。きっとセンセーショナルな内容になりますよ」
彼女がクールに親指を立てたところで、カメラを一時停止に。
ぴゅー、という、ナナミさんの指笛が、夜明け前の”鏡の国”に響き渡ります。
すると、隣ビルの地下駐車場のシャッターがのろのろと開き、そこから舞以さんが原付で飛び出しました。
それに気付いた”ゾンビ”たちが数匹、その後ろを追いかけますが、それらを片っ端から巨人が蹴散らします。
「さんきゅー! うめさん! ちんこも一番デカかった!」
ナナミさんがそう言ってはやし立てますが、対するうめさんは、まるで感情そのものを失ったかのような真顔で、淡々と自分に求められた作業を繰り返していました。
恐らくこれ、外見だけあの三人を模しているだけなんでしょうね。
私は、いよいよその時が来たと確信し、
「では、行きますよ……!」
「わかってる、頼む!」
すぐさま《魔人化》。ナナミさんを背負います。
そして私たちは屋上から飛び降りるように、原付へ向けて落下しました。
「ひゃぁああああああああああああっほー!」
ナナミさん、最初はあれだけ嫌っていた空中飛行も、今ではすっかり慣れたもの。
私はアスファルトにぶつかるすれすれで魔力を放出し、地面と平行に加速しました。
流れる風景の中、一瞬、原付を運転する舞以さんと目が合って、
「二人とも! ご無事で!」
「そっちこそ、いろいろありがとね! 帰ったらお茶しましょう!」
背中のナナミさんが、ぴょんと原付の後ろに乗っかるところを見送ります。
「あと、最後だし言っとく! 彩葉ちゃんの件だけど……――」
「えっ?」
「あなたなら、――」
と、その時でした。
地響きが鳴るような怨嗟の声が、私たちの背後から迫っていることに気付いたのは。
それは例えるならば、ライブコンサートの歓声にも似ています。
数多の動物が、思いを一つにして発する声。
《パレード》が発動したのでしょう。
私は騒音の中、ぱたぱたと手を振って、その場を離脱しました。
全力疾走する”ゾンビ”の群れが、原付を追従していきます。
私は、ビルの壁面に飛び移り、濁流のような死人の群れが通り過ぎていくのを観察していました。
「あなたなら、……の後、聞こえなかったなぁ」
まったく、”ゾンビ”どもめー。
告白シーンに都合よく通り過ぎる騒音トラックみたいな真似しおってからに。
とはいえ、舞以さんが言いたかったこと、なんとなく想像はつきます。
あなたなら、きっと自力で仲直りできるよ、とか。
その辺でしょう。たぶんですけど。
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さて。
私は私で、みんなと合流しないといけません。
避難民が今いるのは、中継地点にしていたビルの一階。
いまではすっかり閑散としているエントランス付近でした。
その辺りの”ゾンビ”がすっかりいなくなっていることを確認してから、私は彼らの前に着地します。
「……思ったよりもうまくいきましたね」
と、犬咬くん。
そこで避難民の何人かの目に、涙が浮かんでいることに気付きました。
「どうかしました?」
「いやあ。……まさか、あの三人が……俺たちを護ってくれるなんて……」
「ああ」
末位さんと、吉武さん、それに宇目さんですね。
私にはそれが、ナナミさんのトラウマ的存在が形になっただけだとわかっていましたが、特に否定はしません。
「……まあ、そういう巡り合わせだったのでしょう。彼らの遺志を無駄にしてはなりませんね」
「わかってる」
「では、先を急ぎましょう」
私が彼らを先導すべく背を向けると、
「その前に”名無し”のお嬢さん。少しだけ、我々の話を聞いてくれないか」
と、柴田さんが声をかけます。
「なんです?」
「何はともあれ、君には感謝の言葉を言っておきたい」
「感謝……は、元の世界に戻ってからです」
「いや。これだけはどうしても、今言わなくてはならないんだ。絶対に」
「…………?」
「今のところ、君たちはベストの仕事をしてくれている。……聞くところによると君はまだ、十代の女の子なのだろう? 私はそれを知らされて正直、かなり驚いたんだ。子どもというものは、もっと奔放な生き物だと思っていたからね」
「はあ」
それがどうしたというのでしょう。
「だから。……もしも、今から脱出するまでの間に、誰かが犠牲になるようなことがあったとしても、我々は君らに感謝こそすれ、恨みはしない。……我々は、そういう覚悟でこの場にいる。……そうだな、みんな?」
「応」という、野太い声。
「我々は足手まといかもしれないが、自分たちの命は、自分で責任を持つ。それだけは覚えておいてくれ」
「…………………」
「きっと、死んだあの三人も同じ気持ち、だと思う」
……ふむ。
「その言葉、きっと、根津ナナミさんにも聞かせてあげるべきですよ」
「もちろんだ。みんな、生きて帰って合流しよう」
「わかりました。……では予定通り、私が先導します。殿は犬咬くんで」
私は、努めてそれ以上おしゃべりしないで、素っ気なく前を進みました。
とはいえ、彼らの心遣いには感謝。
少しだけ、気持ちが軽くなった気がします。
脱出までここからあと一時間ほど。
まだまだ、何が起こるかわかりませんでした。




