1.何も持たない少女(1)
わたしには何もない。
名前も、家も、家族も。そして、今まで生きてきた記憶すら備わっていなかった。
覚えているのは、森で目覚めたところから。
どうやら記憶喪失らしいと、村長さんが教えてくれた。
ボロ切れのようなワンピースを着た傷だらけの記憶無し。
そんな厄介者を引き取る人は当然おらず、私は近くの町の孤児院に預けられた。
「リリーッ!まだ芋の皮剥きが終わらないの?!」
「ごめんなさい、もう少しで終わります!」
「本当に役に立たないんだからっ。そんなだから捨てられるのよ!」
「申し訳ありませんっ」
役立たずのリリー。それがここでの私の名前。
手首にある百合の形の痣からそう名付けられた。
私は、掃除も洗濯も料理の下拵えも。何なら身支度すら最初はまともにできなかった。
孤児院は貧しい。だから、自分達のことはすべて自分でやらなくてはいけないし、畑を作り、森で果物を取り、川で魚を捕まえて。
子ども達はそうやって何とか食材を増やして生きていた。
そこに現れたのが、それなりに成長しているくせに、何の役にも……いえ、足を引っ張り、ご飯だけは要求するお荷物が来てしまったのだ。
最初は虐められた。仕事ができないなら食べるなと、みんなの半分しかごはんを貰えなくて、お水を飲んで飢えを凌いだ日もあった。
それでも、何とか見様見真似で必死に学んだ。だって命の危機だ。このままでは死んでしまう!
森で飢えは経験済み。あの苦しみだけはなんとか避けたい。
だから私はとにかく働いた。たとえ手が遅くても、皆が遊んでいる時間を仕事時間に充てればいい。睡眠時間を削ればいい。それでも遅いというなら、あとは笑顔で乗り切った。何を言われても、気にしない。それから、相手の動きや表情をよく見て、今何を望まれているのか、次はどう動くのかを考えて動くことを覚えた。
そうやってひたすら頑張り続け、半年を過ぎたころには、役立たずリリーはただのリリーになれたのだ。
「リリー、字を教えて!」
私が役に立つことが見つかったのもその頃だ。
私は文字の読み書きや計算ができたらしい。
というより、皆ができないと気付いたという感じだ。
「いいわよ。まずは名前から書けるようにしましょう」
そうやって少しずつ、私の居場所ができてきた。
やっとだ。やっと、皆に笑ってもらえるようになった。
本当の家族ではないけれど、身を寄せ合い、助け合って生きる仲間。やっとその輪に入ることが許された。
でも、そんな幸せはそれから少しして終わってしまった。
「……養女ですか」
「そうよ。こちらのご夫妻がお嬢様を亡くされてね。その代わりを探していらっしゃったの。あなたなら字の読み書きや計算もできるし、ご満足いただけると思うわ」
亡くなったお嬢様の身代わり?
なぜかしら。胸がざわめく。
誰かの代わりとは、こんなにも不快なものかしら。
「さあ、お顔を見せて。ああ、ティナと同じ瞳の色だわ」
「本当だね。どうだい、この子なら満足かな」
……まるでペットを選んでいるみたい。
でもきっと、私から断ることはできない。それなら。
「よろしくお願いいたします」
カーテシーは体が覚えていた。
できる中で一番良いであろう挨拶を披露する。
ただのペットで終わりたくはないから。
「まあ素敵。ティナ、お家に帰りましょう」
……私をティナと呼ぶのね。
仕方がない。生きるためだ。もともとリリーだって仮の名前じゃない。
だって私は死にたくない。死ぬのが怖い。
そう、私は死の恐怖を知っている。
なぜかは分からない。でも。
生きて帰りたい。
私はどこに帰りたいのかしら。誰か待っていてくれるの?もしかして、今も探してくれているのかな。
誰か。誰か誰か。
私はここにいるよ。ちゃんと頑張って生きてる。
だからお願い……わたしを見つけて。
わたしの本当の名前を呼んでください。




