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可愛いあの子は。  作者: ましろ
第二章【フィリス編】

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1.何も持たない少女(1)


わたしには何もない。


名前も、家も、家族も。そして、今まで生きてきた記憶すら備わっていなかった。


覚えているのは、森で目覚めたところから。

どうやら記憶喪失らしいと、村長さんが教えてくれた。

ボロ切れのようなワンピースを着た傷だらけの記憶無し。

そんな厄介者を引き取る人は当然おらず、私は近くの町の孤児院に預けられた。



「リリーッ!まだ芋の皮剥きが終わらないの?!」

「ごめんなさい、もう少しで終わります!」

「本当に役に立たないんだからっ。そんなだから捨てられるのよ!」

「申し訳ありませんっ」


役立たずのリリー。それがここでの私の名前。

手首にある百合の形の痣からそう名付けられた。

私は、掃除も洗濯も料理の下拵えも。何なら身支度すら最初はまともにできなかった。

孤児院は貧しい。だから、自分達のことはすべて自分でやらなくてはいけないし、畑を作り、森で果物を取り、川で魚を捕まえて。

子ども達はそうやって何とか食材を増やして生きていた。

そこに現れたのが、それなりに成長しているくせに、何の役にも……いえ、足を引っ張り、ご飯だけは要求するお荷物が来てしまったのだ。

最初は虐められた。仕事ができないなら食べるなと、みんなの半分しかごはんを貰えなくて、お水を飲んで飢えを凌いだ日もあった。

それでも、何とか見様見真似で必死に学んだ。だって命の危機だ。このままでは死んでしまう!

森で飢えは経験済み。あの苦しみだけはなんとか避けたい。

だから私はとにかく働いた。たとえ手が遅くても、皆が遊んでいる時間を仕事時間に充てればいい。睡眠時間を削ればいい。それでも遅いというなら、あとは笑顔で乗り切った。何を言われても、気にしない。それから、相手の動きや表情をよく見て、今何を望まれているのか、次はどう動くのかを考えて動くことを覚えた。

そうやってひたすら頑張り続け、半年を過ぎたころには、役立たずリリーはただのリリーになれたのだ。


「リリー、字を教えて!」


私が役に立つことが見つかったのもその頃だ。

私は文字の読み書きや計算ができたらしい。

というより、皆ができないと気付いたという感じだ。


「いいわよ。まずは名前から書けるようにしましょう」


そうやって少しずつ、私の居場所ができてきた。

やっとだ。やっと、皆に笑ってもらえるようになった。

本当の家族ではないけれど、身を寄せ合い、助け合って生きる仲間。やっとその輪に入ることが許された。


でも、そんな幸せはそれから少しして終わってしまった。


「……養女ですか」

「そうよ。こちらのご夫妻がお嬢様を亡くされてね。その代わりを探していらっしゃったの。あなたなら字の読み書きや計算もできるし、ご満足いただけると思うわ」


亡くなったお嬢様の身代わり?


なぜかしら。胸がざわめく。

誰かの代わりとは、こんなにも不快なものかしら。


「さあ、お顔を見せて。ああ、ティナと同じ瞳の色だわ」

「本当だね。どうだい、この子なら満足かな」


……まるでペットを選んでいるみたい。

でもきっと、私から断ることはできない。それなら。


「よろしくお願いいたします」


カーテシーは体が覚えていた。

できる中で一番良いであろう挨拶を披露する。

ただのペットで終わりたくはないから。


「まあ素敵。ティナ、お家に帰りましょう」


……私をティナと呼ぶのね。

仕方がない。生きるためだ。もともとリリーだって仮の名前じゃない。

だって私は死にたくない。死ぬのが怖い。


そう、私は死の恐怖を知っている。


なぜかは分からない。でも。


()()()()()()()


私はどこに帰りたいのかしら。誰か待っていてくれるの?もしかして、今も探してくれているのかな。


誰か。誰か誰か。


私はここにいるよ。ちゃんと頑張って生きてる。


だからお願い……わたしを見つけて。



わたしの本当の名前を呼んでください。






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