2.何も持たない少女(2)
「なぜ、できないの?」
それがお義母様の口癖だ。
「…ごめんなさい、お義母様」
「ティナはね、お魚は白身しか食べられないのよ。あなたは誰?ティナではなかったの?」
「……少し大人ぶって見たかったの。でも、やっぱり無理だったわ。全然美味しくないもの」
「まあ!ティナったら。あなたはいつまでもそのままでいいのよ?」
どうやら満足のいく言葉だったようだ。
ティナが食べられないならメニューから外してくれたらいいのに。
お義母様は時々こうして私を試す。ちゃんとティナとして行動できているのかチェックするのだ。
髪だって茶色に染められた。ティナごっこは中々にハードだ。
「ティナ。その、ごめんな」
義兄のエイベルがたまに謝ったり慰めてくれるが、助けてはくれない。義父は義母が喜べばそれでいい人だし。だから諦めるしかない。
昔のティナと変わって欲しくないくせに、優秀であって欲しいお義母様は貪欲な方だと思う。
「今日のテストを見たわ。なぜ100点ではないのかしら」
「ごめんなさい。お義母様にお借りした本が面白過ぎて、つい、夜ふかししてしまったの」
「……それは私も悪いのかしら?今回は許しますけど、次は駄目よ」
「はい。頑張りますね!」
……危なかった。また部屋から出してもらえなくなるところだったわ。次は頑張らなきゃ。
学習の機会を与えてもらえるのは本当にありがたい。
でも、求められるレベルが高いのよね。
クリアしないとひたすら部屋で勉強をさせられる。そうすると、空腹時のほうが集中できるからと食事が減る。
私の一番苦手な方法なのに!
……お義母様の中でのティナは、子供の頃と同じように無邪気で、食事の好き嫌いをして、でも成績はよくてマナーも完璧。そんな不思議な成長を遂げているようだ。
「ティナじゃないんだけどねぇ」
あれからもう5年が過ぎた。
迎えはまだ来ない。
髪色が違うし、たぶん名前も違う。探しようがないのか。……そもそも探していないのか。
誰か。誰か誰か。
それでも求めてしまう。私を私として見てくれる人を。
義兄に子供が生まれた。
義母の関心は、次第に孫に移っていった。
「……そのうち追い出されちゃうかしら」
なんとも世知辛い世の中だ。
結局はただの身代わりだもの。ペットのように貰われてきて、躾けられて。最後には捨てられる。
「もしくは嫁がされる、かな」
それなりに私には投資しているから。
平民ではあるけれど、かなり裕福な家庭だもの。貴族との繋がりもあるようだし。
「ヨボヨボのおじいちゃんと脂肪たっぷりのおじさまだとどちらがマシかなぁ」
16歳になる頃にはスッカリと冷めた人間になっていた。
だってもう9年も過ぎた。
家族はきっともう探していない。
この家にはもうすぐ捨てられる。
私には未だに何もない。空っぽのままなのだ。
パシャリ
「あ」
しまったわ。ぼうっとしてお茶をこぼすだなんて。お義母様に叱られてしまうわね。
「大丈夫ですか?」
「ええ、手袋が濡れただけです。お恥ずかしいですわ」
仕方なく手袋を外すと、
「あら、珍しい形の痣ですね」
「ええ。百合の花みたいでしょう?」
だから孤児院ではリリーと呼ばれていました。とは言えません。
まさか、たったこれだけのことが両親に結びつくとは、この時は思いもしませんでした。
「……家族が見つかった?」
「ええ。先日の男爵家でのお茶会で痣を見られたのでしょう。男爵がお知り合いだったみたいで、たまたまお嬢さんからその話を聞いて連絡してくださったそうよ」
……家族に会えるの?
「すぐにでも会いたいと連絡が来たわ」
「……あの、私は」
どうしたらいいのかな。
「王都からいらっしゃるから、でも手紙を出してすぐに出発すると書いてあるわ。早ければ明日には到着するのではないかしら」
「……そうですか」
「あら、嬉しくないの?薄情な子ね」
……それはあなたの方でしょう?
駄目だ、涙が出そう。
とっくに諦めたつもりだったのに、引き止めてくれることを期待してしまったわ。
私は結局本当の娘にはなれなかった。それだけなのに。
「……まだ実感がわかなくて」
「ああ、そういうものかしらね」
私がこの家に来て8年。その終わりはこんなにも呆気ないものだった。
それでも。家族は私を探してくれていた。
それだけでいいじゃない。
諦めないでいてくれてありがとう。早くそう伝えたい。
「え……、だれ?」
……凄いわ、神様。
あなたはどこまでも私の心を折り続けるのね。
今度こそと、やっとだと思ったのに。
結果、私はムーア伯爵の娘で間違いなかった。
ティナでいるためにずっと髪を茶色に染めていたことを失念していた私が悪い。
それでも。ずっと夢見てきたのだ。
会いたかったと、見つかって本当に嬉しいと抱きしめてほしかった!
とうとう耐えきれずに涙が溢れる。
頭の中にはずっと『だれ?』という言葉が繰り返される。
ただの間違いだと笑えない私がいけないのかな。
でも、
「会いたかったわ、フィリスっ!」
ごめんね、もうその言葉が空々しく感じる。
私は本当にフィリスなの?
記憶は戻らない。だれ?と繰り返される声。
ああ。私の会いたかった誰かは、もう、ただの夢だったのだと、諦めるしかなかった。




