第43話:ドラゴンじゃない。
「それで、二人して。何してるのかな……」
ノエルさんが目を細め、私とアレクシスさんの方に顔を向けていた。
「何って、夜ご飯。いえ、魔物狩りです」
「魔物退治をしておりました」
皆が休んでいる場所に、サラマンダーを運び込んだ途端。
凄まじい悲鳴や掛け声が森に響いたが、私とアレクシスさんは悪くない。
――何より、今では肉を焼こうと率先して解体が行われていた。
「オーガとか、ボアとか、普通の魔物を討伐しに行ったと思ったら、ドラゴンを倒して来るとは……」
「ノエルさん、ボアはともかく、オーガは普通に考えれば手強いですよ?」
「サラマンダーだって立派な、ドラゴンなんだよ。一度サラマンダーが火を放てば、その火は消えずに森を焼き払うと言われる程のね……。それを、山菜採って来ましたみたいに、言わないでくれるかな」
ノエルさんが鼻の付け根を指で挟み、少し下を向く。
「でも、首を切ったのは、アレクシスさんです」
「サラマンダーの炎を難なく止めたのは、団長殿です」
「あの時の光か。やっぱり、あの光は君達だったのか……」
どうやら、ノエルさん達が居た場所からも、氷を通った火の光が見えていたらしい。
「氷が溶かされて、少しピンチでした」
「少し?」
「ほんの少し……」
「まぁ、食材が増えた事は喜ばしい。その点だけは、礼を言うよ」
「いえ、お気になさらず。それよりもノエルさん、食べましょう! サラマンダーの肉は柔らかくて美味しいと、アレクシスさんが言ってましたよ」
「アレクシス。君だったか……」
そして遠くから肉の焼く音が聞こえ、私達は三人で移動するのだった。
――焚き火の周り置かれた木の上にブレンダさんとルークが座り、既に焚き火で肉を焼き始めている。そして、頬を緩めたルークは今にも食いつきそうな勢いだ。
それを少し離れた場所で、背筋を伸ばして座るブレンダさんがしっかりと監視している。
「まだ、火が通ってませんからね。お二人とも」
お二人?
少し悩んだ私は空いていた場所に座ると、自然とノエルさんが隣に座った。
「サラマンダーの切断面は、恐ろしい程に綺麗でした。お見事です」
「動きを引き付けてくれた、団長殿の魔術あっての結果だ」
アレクシスさんがそっと答える。
何だか、ブレンダさんとアレクシスさんの間に、見えない壁がある気がする。
距離感が他と違う様な……。
「流石ですお二人とも! クローディア団長はどんな魔術で、敵を足止めされたんですか!?」
嬉しそうに立ち上がったルークが聞いて来るが、そんなに凄い事をした訳ではない。
「足止めって言っても、前みたいに氷の壁出して。そしたらトカゲが火を吹いてくれたから、動きを勝手に止めただけだよ。私は何もしてない様なものだって」
流石に聞くのが二度目だからかノエルさんはそっと焼いている肉に手を伸ばすも、ブレンダさんとルークの二人が動きを止めて私を見ていた。
「ね? 何もしてないでしょ?」
「トカゲですか……。自分、いつか自分の手で倒したいと思っていましたが、それはドラゴンであって。トカゲを倒したいと言うのは、違う気がしてきました……」
「大丈夫です、ルーク。私も一度で切れと言われても出来ないので、そう悔やむ必要もありませんよ。副団長と団長殿が桁外れに強いのですから」
「うん、何だかごめんね、二人とも」
凄く落ち込んだルークが静かに座り直す。
そして私は焼かれるお肉を見て、ドラゴンだと思い込む様に頑張ってみるのだった。
「そろそろ食べようか」
焼き加減を見ていたノエルさんが、手に取った串刺しの肉を渡してくれる。
「ありがとうございます」
「熱いから、気を付けて」
――美味しそうな焼き色に変わったドラゴン……の肉は、とても美味しそうだった。
「いただきます」
私だけそう小さく言ってから、肉を一口食べる。
噛んだ瞬間に溢れ出した脂が口の中で広がり、柔らかい肉の感触が歯から伝わって来る。
「美味しい、流石……ドラゴン!」
ルークはお肉に齧りつき、他の三人は想像通り静かに食べていた。
「クローディア団長、アレクシス副団長、本当にありがとうございます。このお肉とても美味しいです!」
礼を言うルークが周囲にも届き、他の皆からも感謝の声が聞こえて来る。
「良いって、遠慮しないで食べてよ。沢山あるから」
何と言っても、倒した魔物自体が大きいのだ。
皆で取り合う勢いで食べないと、消費する方が難しくなる。
振り返った私は遠くで氷の台座に置かれた、サラマンダーの頭部と顔を合わせた。
――ありがとう、トカゲくん。
やはり、私の中でサラマンダーが、ドラゴンになるという事はなかった。




