第41話:準備
陽が傾き、街の人々が家に帰ろうとする中。
私達、第三騎士団の皆は、慌ただしく馬車に荷物を積んでいた。っと言っても私は馬車の荷台だ。
「訓練って、街から離れるんですよね?」
荷台に座っている状態で、外に立っているノエルさんに話しかける。
周囲から見れば、王子に立たせて自分は座っているのだから、失礼にも程がある筈だけど、周囲もこの状況に納得しているのか、誰も気にかけてすらいない。
「そうだね。街から離れるけど、それでも帝国領内だから、君以外は土地勘が多少はあるかな」
「私だけ、不利じゃないですか……」
「不利って。そんな集団で戦う訓練じゃないから、安心して」
「分かりました」
私がそう答えているとノエルさんが遠くから呼ばれ、振り返った。
「ちょっと問題かな。見に行って来る。また後で」
話していたノエルさんは、忙しそうにどこかに向かって行く。
それなのに私だけ、妙にのんびりしている気がした。
最初は手伝おうとした私だったが、ノエルさんだけでなくブレンダさんやルークに押し込まれる形で馬車の荷台に座らされていた。そんな私の元に、一人の男性が近づいて来る。
どこかで見た事があるような……。
「これはこれは、クローディア団長殿。先日の晩餐会では、どうも」
そこで私は、晩餐会で話をしていた貴族ではない方の商人を思い出した。
「あぁ!あの……」
驚くまでは良かったが、言葉が途切れてしまう。
「そうです。あの商人です。改めて、エルトン。エルトン・ホワイトリーと申します。今回は訓練で街を離れるとか、私の商会から消耗品などを買っていただき、誠にありがとうございます」
本当に、取り引きしてたんだ……。
「今、胡散臭い商人とか、思いましたか?」
鋭い……。
「すみません」
私は素直に謝っていた。
「構いませんよ。実際、あの場に居た時は、他の貴族に合わせて、私も怪しげな商人みたいなものでしたから」
「わざとだったんですか?」
「わざと、というよりは、合わせただけですかね。あの場ではそうする方が得だと思ったから、そうしただけの事です」
確かに貴族に対しては、あれが正解なのかもしれない。
それを考えると、やはり商人は大変だ……。
「団長殿も、少々窮屈そうでしたね」
「知り合いが少ないもので」
「でしたら、次からは私は知り合いという、事になりますかな?」
「……そうですね。困ってたら、助けて下さいね」
なんだかんだ言ってこれでこの人は、公の場で私とも話す下準備をしていると思えば、商人としては凄い人なんだと分かる。
「それにしても、随分と急ですね……。いつもであれば、前日には教えて下さるのですが」
「前日でも、急ですよ?」
「……確かに、普通ではありませんな。失礼、慣れというのは実に恐ろしいです」
ノエルさんと関わっているからか、この人もどこか感覚がズレていたらしい。
個人や少人数でもない限り、この手の訓練を行うのならもう少し時間が必要な筈だ。
それなのにエルトンさんは、前日に慣れてしまった優秀な人なのだろう。
「エルトンさん、すみません。お聞きしても良いですか?」
「はい」
「全体の注文数って、把握してますよね?」
「えぇ、覚えていますよ。それが何か?」
把握していて当然とばかりにエルトンさんが直ぐに答えた。
そんなエルトンさんに私は、気になっていた事を聞く。
「いつもより多かった物って、ありますか? 減った物でも構いません」
「なるほど……考えましたな」
顎に手を当てたエルトンさんが考え込んでから、顔を上げた。
「今回は、戦闘用の消耗品だけでなく、食料なども多く運び込ませていただいております。理由までは聞いておりませんが、これだけで、大丈夫ですか?」
余り知られたくないのか、エルトンさんが小さな声で話してくれる。
「はい、大丈夫です。エルトンさん、ありがとうございます」
「それでは私は、その確認に行ってまいります」
エルトンさんが離れ、荷積みを行っている人達の所へ行く。
いつもより消耗品が多いというのは単に訓練が長いのか、別の意味があるのか。
――私が一人で考えていると、ノエルさんだけでなく、ブレンダさんとルークの三人が荷台に乗り込んで来る。そしてアレクシスさんが御者の隣に座った。
「お待たせ、そろそろ出発しようか」
「お疲れ様です、クローディア団長殿」
「団長。お疲れ様です」
ノエルさんに続き、ブレンダさんとルークが声をかけてくれるが、私はただ待っていたにすぎない。
「皆さんの方こそ、お疲れ様です。何もお手伝いせず、何だか申し訳ないです」
「それについてはお構いなく。基本的に魔術師の方には、街の外に出てから起きた問題に対して、対応してもらう事が多々あります。それを考えればこの程度の仕事、魔術師でない者が行うのが基本です」
ブレンダさんに教えられ、私は静かに納得させられる。
魔術師団だった頃は全員が魔術師であり、荷積みは皆で行っていたのでその考えはなかったと言えばなかった。それにしても妙に納得させられた感じがするのは、私が余計な事を考えているからだろうか。
「そうなんですね。でも、たまには手伝わせて下さいね。全く動かないのも、身体に良くないので」
身体を動かして体力を消耗するが、魔術師としての成長で考えると良い筈だ。
だから、ルークなんかは直ぐに上達してくれると思う。
……変な方向に向かってなければの話だ。
この前戦った時も、火の魔術しか見ていない。
それ以外をまだ使えないのなら、それはそれで不味い。
とても良い上達とは言えなくなってしまう。
「自分の顔に、何かついてますか?」
私がルークを見ていると、目が合った。
それだけなら良いが、ルークは首をかしげるでもなく、何かついてるのか聞いて来る。
「ううん、別についてないよ。ちょっと魔術の考え事してて」
どうやって、人に教えたら良いんだろうか。
――そんな事も考えながら私は、夕暮れに染まる街を出るのだった。




