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第39話:温かい


 朝陽の差し込む新しい部屋。

 ベッドで目を覚ました私は、昨日の事を思い出していた。


 晩餐会の記憶がないという事もなく。 

 ――あの後私は、ブレンダさんとルークに護衛されたまま帰宅した。


 改めて見渡した新しい部屋は、前居た部屋よりも遥かに広く。

 それに加えて建物全体を使って良いとなるのだから、耳を澄ませばとても静かだ。


「あぁ……何してるのよ、私……」


 ふと、ノエルさんに支えられたテラスでの出来事を思い出す。

 それは余りにも、団長らしくないと言えばらしくない。

 ――ブレンダさんやルーク。それにアレクシスさんにも見られていたと思うと、今日から第三騎士団の皆にどんな顔をして会えば良いか分からなくなってしまう。


「あぁああっ――」


 後悔をしても、誰にも届く事はない。

 なんたってこの広い、建物には私しか居ないのだから。


「って、こんな事を叫ぶ為に、広い家に変えてもらったんじゃないよ! もぉお!」


 寝起きの過ちだと思い、諦める事にした。

 正確には、晩餐会での醜態なのだが。


「ふぅ……良し。今日から頑張ろう」


 そう意気込んだ私が、部屋の扉を開ける。

 目の前には廊下と言えば廊下の、木目の床が目に入った。

 しかし、扉を出た目と鼻の先に壁や扉があるのかと言うとそうでもない。


 ――部屋を出た私の目の前には二階部分がない吹き抜けが広がり、その少し下には圧倒される数の本棚が恐ろしい程に並んでいた。

 ノエルさんが抑えてくれたこの屋敷は、前の持ち主の趣味で本が多いらしく。

 寝室を出た目の前には、図書館さながらの光景が広がっている。


 部屋を出て右に進めば、本がある場所に繋がる階段があって、左に行くと書斎やその他の部屋。風呂や食堂、そういった屋敷内の各部屋へと繋がっている。


 廊下を進むと直ぐにもう一度吹き抜けに着き、広い空間が私を明るい光と共に迎えていた。

 正面玄関は二階から見える様になっていて、ちょうど書斎を出て少し左に進んだ先だ。これで来客があっても、部屋を出て少し左に行くだけで直ぐに分かる。嫌なら、右側に行けば寝室と図書館があるのだから、現実逃避も出来る訳だ。


 ――そうは言っても、今の私には代わりに扉を開けてくれるメイドさんも居ない。


「水場は、どこだっけ……」


 何度か扉を開けては閉め、いくつも部屋を確認して、ようやく見つけた水場で顔を洗う。


「ふぅ、さっぱりした」


 食堂で何かを食べようとするも、何もない。

 そりゃそうだ。

 来て早々に、晩餐会やその準備や第三騎士団の皆と交流したり、時間がなかった。


「外に出て、何か食べよ」


 そうと決まれば早かった。

 私は軽く身支度を済ませ――朝の街に向かって歩き出す。


 *


「これ、一つください」


 鍋で温められていた、干し肉と豆。それらが煮込まれた物を一つもらう。

 木の碗に注がれて売られた。


「すみません、この椀は?」


「返してくれるなら、返してくれ。持って帰るなら好きにしな」


 椀込みの料金だと考えれば、少し高いのも納得だ。

 それに良く見ると、木で作られた椀の削りは甘い。


「分かりました」


 そう言って、私は次の美味しそうな物を探す。


「おいあんた。今のって――」

「何だよ、あの嬢ちゃんがどうしたって言うんだよ」


「あんた、知らないのかい。次の第三騎士団の団長さんだよ!」

「何だって!? 第三騎士団って言ったらノエル王子の所じゃねぇか。――俺何もサービスとかしてねぇじゃねぇか! ノエル王子にはいつも、良くしてもらってるのにどうすんだよ――」


 後ろから話し声が聞こえ来た気がするけど、私は気にしない。

 なんたって今は、美味しそうな食べ物がいっぱいあるんだから。

 それに、お金を払って食べるという当たり前の事をさせてほしい。


「このスープ……美味しいけど、パンが欲しくなってきてしまう……」


 干し肉と豆だけだと、流石に物足りない。

 そして私は、少し離れた場所の階段付近で、パンを沢山持っている子を目にする。

 その子は、階段を通る人に次から次へとパンを売っていき、何とも手際が良かった。


「私にも、一つくれる?」


「あっお姉さんは、この前買ってくれた」


「覚えてくれたの?」


「はい、とても美味しそうに食べてたので」


「そっか、ありがとう。それじゃまた、私にも一つ良いかな?」


「はい!」


「忙しいのにごめんね。それじゃ」


 流れ良くパンが売れているのなら、私が長いする必要はない。

 そして私は、一人で美味しそうな他の食べ物を探す。


 スープを飲んで、パンを食べる。


「うん、やっぱりこの組み合わせは間違ってなかったな」


「おっ分かってる嬢ちゃんじゃねぇか、それ良いよな」


 突然隣に居た男性に話しかけられる。

 歳は六十程だろうか、短い白髪にベレー帽をかぶり、新聞片手に私と同じ物を食べている。


「美味しいですよね。これ」


「俺は、いつもこの組合わせよ。それにしても、嬢ちゃん見ねぇ顔だな。どこかの店の新入りか?」


「新入りってか、最近近くに越して来たばかりで、美味しい匂いにつられて歩いて来ました」


「ははっなんだそりゃ! 最高じゃねぇか。なぁお前ら! 良い匂いが街に広がってるってよ」


「そいつは良いね! 売上上がったじゃねぇか」

「これで今日は、良い酒が飲めるってもんだ」

「こらッ! あんた達、まだ朝だからね! 飲んだ奴は、川に放り投げるからねッ!」


 途中厳しそうな女性の声が聞こえて来るも、この場所は全体的に賑やかだった。

 良い場所だな。


「嬢ちゃん、笑わせてもらった礼だ、良い事教えてやる。聞くかい?」


「はい……何ですか?」


「向こうのあの渋そうな親父に、とっておきの茶を一つ。って言うと、うめぇお茶を入れてくれるんだぜ」


 何を教えられるのか少し不安だった私は、話を聞いた途端立ち上がっていた。


「分かりました。直ぐに、行ってきます」


 言われた場所で私は迷わず、とっておきの茶を一つ、と伝えた。すると店主であろう渋いおじ様は、アイツは川に落として良いからと笑いながら、私に一つのティーカップを渡してくれる。


「美味しい」


「そりゃ良かった、また来な」


 待ちきれずそっと一口飲むと、香辛料の香りが口の中で広がり、良いお茶だと感じた。


「ありがとうございます」


 そのままそれを持って、私にお茶を教えてくれた人のそばに戻る。


「美味しいです、これ。教えていただき、ありがとうございます」


「礼は要らないって、こっちこそ朝から元気もらったんだ、そのお礼だよ」


 そう言って、おじさんが楽しそうに離れて行く。

 本当にこの辺りの人達は、良い人が多いな。

 改めて、そう思うのだった。


 いけない。

 時間的にそろそろ動かないと、間に合わなくなってしまう。


 限界までゆっくりとお茶を飲んでから私は、その場を後にする。

 向かう先は勿論――第三騎士団の皆が居る駐屯地だ。



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