第37話:晩餐会
入った大広間の天井は高く、豪華なシャンデリアが吊るされている。
その眩しい光が、壁だけでなく空間の四隅までも照らし出し、細かな装飾を輝かせていた。
――良かった、テーブルじゃない。
大勢の人が立っているのを目にすると同時に、所々に料理が纏めて置かれているのを確認する。そんな状況の中で会場に入って来た私達に、参加者全員の視線が集まっていた。
議会に呼ばれた時とは違う、圧を感じてしまう。
あの時とは違い、見下すのではなく値踏みする様な視線。
「これはこれは、ノエル王子に、クローディア殿」
最初に近づいて来たのは、議会を纏めていた宰相のガルシアさんだった。
「お待ちしておりました」
「ガルシア・ドルン宰相。こちらこそ、この様な場を設けていただき、有難く思います」
「ダンジョン踏破という功績を考えれば、この程度の催し、どうという事はありませんよ、ノエル王子。それにクローディア殿も、余り苦手ではないご様子で」
ガルシアさんが私の方を見て、不敵な笑みを浮かべる。
「そう見えるのでしたら、ノエル王子のおかげかと思います。ここに来るまで、かなり緊張していましたから」
「やはり、ノエル王子は慣れていますな」
「流石、ノエル王子ですよ」
そんな事を言っていると、隣に居たノエルさんが少し困った顔を見せた。
「二人とも、楽しそうに僕を困らせてないでくれるかな。」
「これは失礼いたしました、ノエル王子。それでは、ごゆっくりとお楽しみください。クローディア殿もまたのご機会がありましたら、その際は」
少し頭を下げたガルシアさんが離れていく。
忙しいのか、それとも他の貴族に気を遣ったのかは分からない。
「クローディア。向こうに行こうか」
自然とノエルさんに連れられて、再び誰かに話しかけられる前に部屋の中央に移動した。
私一人であれば、絶対に端に居る自信がある。
それなのにノエルさんは迷う事なく、空けられて居た中央のスペースで立ち止まった。
目の前には豪勢に置かれた料理が沢山ある。
そのどれもが、美味しそうだ。
「好きなの食べて良いよ」
「ノエルさん、いくら何でもこの注目の中。そう簡単には手をつけられませんよ」
来た瞬間よりは和らいだものの、まだ視線が集まっている。
そこに近寄って来たウェイターが、トレイに乗せた飲み物を私達の方に差し出した。
トレイには、ワインの赤と白に加えてロゼ。
それにシャンパンであろう、泡立った飲み物が置かれている。
「飲み物ぐらいは、いただこうか」
「ロゼをお一つ下さい」
「それじゃ、同じ物を」
ノエルさんが二つのワイングラスを手に取り、片方を私に渡した。
「ありがとうございます」
ノエルさんに礼を言いつつウェイターさんに目配せすると、小さくお辞儀したウェイターの人がその場を離れて行く。
「良かったんですか。同じ物で?」
「その方が、楽しめるかなって」
目を合わせているようで、ちゃんと見られている感じがしない。
ノエルさんは割と嘘が下手だと、思ってしまう。
きっと半分は本当で、もう半分ぐらいは嘘だと思った。
「私の好みは、毒に当たらないと?」
「君は幸運の女神様でしょ?」
迷う事なくノエルさんが答える。
だったら、後はそれに任せよう。
「そうですね。それじゃ――」
「――乾杯」
グラスとガラスが小さな音を立てた。
そしてノエルさんと私が、一口ワインを口にする。
飲みやすく口当たりが良く、ほんのりと甘みがした。
これだと、かなり飲めてしまう。
食べ物に集中しよ……。
「飲みやすいので、これは危険です」
「確かに。程ほどにしないとだね」
ノエルさんが私をからかい、私が食べ物に視線を向けた。
けれど、何かを手にする前に――周囲で微弱な魔力が発生した事に気づき横を向くと、先ほどのウェイターではない男性が――トレイを持ったまま倒れそうになっている。
そしてトレイに乗っていたグラスが宙に投げ出された事で、中に入っていた液体がノエルさんの白い衣服に向かって動いていた。
「凍れ――」
ノエルさんと液体の間に白い冷気が現れ、そこを通った液体が瞬時に小さな氷の粒となってノエルさんにぶつかる。白い繊維に色が付く事もなく、氷の粒が床に落ちては更に細かく砕けていった。
「大丈夫ですか、ノエルさん? あっ……」
自然とノエルさんと言ってしまう私。
それを見てノエルさんは、起こった出来事など気にしていない様に笑った。
「ありがとう、クローディア。おかげで汚れずに済んだよ」
周りの喧騒が一瞬収まったかと思うと、無事に何事もなかった事で小さな驚きへと変わり始める。
「いえ、これぐらい。大した事ではありません」
いつの間にかノエルさんの後ろに回っていたアレクシスさんが、周囲を警戒していた。ブレンダさんとルークが転んだ人に意識を向けているのだから、この人だけは魔力に気づいたのだろう。
私も周囲に意識を向けるも、それらしい人物は一人も見当たらなかった。
いたずらと言えば、いたずらだけど、王子に対して行うのだから度が過ぎている。
「アレクシス、もういい」
ノエルさんがそう言うと、アレクシスが少し離れた位置にゆっくりと戻っていく。
「あれが王国に居た……」
「ただの平民と思っていたが、どうやら違った様ですな」
「にしても、あの一瞬で――」
一度静かになった場に喧騒が戻った事で、私の耳は聞きたくもない話し声を拾っていた。今直ぐに、耳を閉じたい気持ちだけど、そういう訳にもいかず黙って聞き流す。
「大丈夫ですか?」
ルークが転んだ男性に話しかけ、起き上がらせていた。
すると、起き上がった途端に身体の向きを変えて、直ぐに頭を下げた。
今にも倒れそうな程だ。
「ノエル殿下。誠に申し訳ございません」
「良いから、そのまま戻ってくれるかな」
「ですが……」
「何事もなかったんだ、良いじゃないか。それに、君も転びたくて、転んだ訳じゃないでしょ?」
ノエルさんがそう尋ねると、ウェイターが深く頷いた。
「謝らなくて良いから、周りが何か言う前に戻って」
その言葉を聞いた男性が、静かに身を翻し大広間から逃げる様に歩き出す。
「クローディアも、もう大丈夫だから。周り気を張らずにね。――晩餐会は、まだ始まったばかりだよ」
「そうですね」
ノエルさんの言葉に甘え、私は入って来た時と同じように少し警戒を解いた。
確かに、ずっと気を張るのは疲れてしまう。
「食べましょうか。魔力を使ったせいか、お腹が減った気がします」
「魔術って、そんなに消耗が激しいのかい?」
「冗談です、ノエルさん」
何だかんだ言っても私の緊張は、入って来た時よりはほぐれていた。




