第14話:一人じゃない
仮面の破片が、地面にぶつかる音が聞こえる。
フード越しに見えた顔は、思いのほか人間に近い気がした。けれど、良く見える前に敵は、まるで光を嫌う様に直ぐに腕で顔を隠し、フードと腕の間から何かを訴える様な瞳を私に向けて来る。
また攻撃されるのかと思っていたが、次の瞬間には左手に持っていた水晶玉から黒い霧が発生し、魔物の体を包み込み、まるで霧のように跡形もなく消えていった。
後に残されたのは、裂かれた地面と周囲に漂う異質な魔力と、立ち尽くす私だけだった。
魔力を探っても捉える事が出来ず、私は手に持っていた魔力の剣を消す。
「本当に、魔物だったのかな……」
やはり、人間だったのでは、そう何度も思ってしまう。
でもどの道、地上に出ようとするなら倒すしかないんだ。
ゆっくりと息を吐き出してから、呼吸を整える。
それでも暫くは、心臓の鼓動がいつもよりも明らかに速いままだった。
*
その場に留まっていた私は、落ち着いてから魔力の痕跡を探し始めていた。
戦闘中や動いている時よりも、立ち止まりしっかりと意識を向ける。
どれだけ丁寧に行えば良いか、分からない探索だ。
全体的に広げていた魔力の探知をこの空間と少し先にまで狭め、ダンジョンの奥底に向かって一方に長く引き伸ばし始める。このダンジョンがどれほど深いか知らない私は、どれ程の時間が経って、全体の何割を探っているのかすら分からないまま調べ続けた。
――そんな私の元に、近づいて来る無数の魔力を捉えるも、地上の方から迫っていた。
「この数と、感じは……」
魔物と人が放つ魔力は、明確に違う訳ではない。
道の先に一つだけ反応があった場合に、確実に魔物と人を見分けるのは至難の業だ。しかし、それが異質な魔力だったり、数が多いのであれば話は変わって来る。
知性を持たない魔物の無差別な動きと、統率されている人であれば、人の集団か魔物の大群なのかは判別がついたりする。そして、今私に向かって来ているのは、ほぼ確実に人であった。
地上から来るだけでなく、恐ろしく統率された並びで魔力の反応が続いている。
それにしても、到着が早いと思った。
ノエルさんを誰かが呼びに行ってから、全員を叩き起こしてから装備を整えるまで殆ど時間がかかっていない事になる。多分、ノエルさんの指示で明日使う予定だった装備で、そのまま入って来たのだろう。
やがて先頭を走る騎士が見え、直ぐに数え切れなくなる。
――そして、その奥からノエルさんが姿を見せ、私に近づいて来た。
「ノエルさん、すみません。取り逃してしまい――」
「良かった、本当に……」
私の言葉を遮ったノエルさんが、安堵した表情を浮かべる。
「良いんだ。君が無事なら、構わない」
他の魔物が居ないとはいえ、だいぶ無理な速度で来たに違いない。
ノエルさんは息を切らし、肩で息をしていた。
「ご心配おかけしました」
「ほんとだよ! 君が一人で、ダンジョンに潜ったって聞いて、どれだけ焦ったか」
話しながらノエルさんが落ち着き始める。
「君は確かに強い、きっと僕達は居ない方が戦いやすいのかもしれない。だけど、君はもう一人じゃないんだ、帝国や皆の事を思ってくれているのなら、周りも信じてほしい」
誰かを信じる。
誰かから信じられ期待される事には慣れていても、私が誰かを本当に信じていたのかと言われると怪しかった。王国を出てからは、無意識に止めていたのかもしれない。
――信じなければ、裏切られる事も……。
「そんなに、僕達は頼りないかい?」
いつの間にか俯いていた私は顔を上げノエルさんと顔を合わせ、その奥に目を向けると、他の人達とも目が合う。
「いえ、そんな事はないです」
視線をノエルさんに戻し答えた私は、少しだけ彼らに近づけた気がした。
今更だったかもしれない。
「僕は、君の期待に応えたい」
もう迷いはなかった。
「はい。お願いしますね」




