第12話:異変
陽が沈んだダンジョン前。
教会とは違う雰囲気に包まれていた。
いつもの二人と、もう一つ人影を捉える。
ノエルさんが居た。
「お疲れ様です、皆さん」
「クロ殿! お疲れ様です」
「お疲れ様です!」
いつにも増して、二人の挨拶が強い気がする。
「お疲れ様、今日はゆっくり出来た?」
教会で子供たちと過ごした事を思い出し、私は元気よく返した。
「はい、色々ありましたけど、良い日になりました。ありがとうございます」
私がそう答えると、ノエルさんは小さく微笑んだ。
「それは何よりだ。でも……残念な事に、ダンジョンの方は順調……とは、いかないみたいだ」
「また、何か異変が起きたんですか?」
ノエルさんの言葉を聞いて、『魔物が少なかった』という話を思い出す。
あれが続いているのだろうか。
「全く居ないんだ。――魔物が」
ダンジョンで魔物が急に少なくなる事なんて、王国では聞いた事がなかった。
ノエルさんの反応からして、帝国だけが違うという事はなさそうだ。
「それなのにすまない。明日、大規模の調査隊を送る事にしたから、皆は休ませている。だからせめて、今日は僕も付き合うよ」
「何言ってるんです、ノエルさんこそ休んでて下さい」
ノエルさんが、じっと私を見つめてくる。
特に変な表情をしている訳でもなく、じっと真剣な面持ちでだ。
「だめですよ。何を言っても許可しません。休んで下さい」
「そうだね。なら悪いけど、有難く休ませてもらうよ」
「そうして下さい。その方が、私も――」
「どうかした?」
「何でもないです。ご自愛ください」
「君もね。それじゃ、二人とも、彼女がおかしな戦闘始めたら、直ぐに連絡するように」
「かしこまりました。ノエル様」
「お任せ下さい。必ず、ご連絡いたします」
しなくて良いから。
それに、おかしな戦闘って……。
「私を何だと、思ってるんですか」
「心配してるんだよ。それじゃ、おやすみ。クロ」
「おやすみなさい」
まるで猫でもあしらう様に、ノエルさんは離れて行った。
ノエルさんが居なくなると直ぐに、静かになる。
*
ノエルさんが帰ってから数時間、私はようやく口を開いた。
「ねぇ二人とも、昼の人達は、魔物と遭遇してないのよね?」
「はい、そう聞いております」
ダンジョンから魔物の気配が全くと言って良い程しなかった。
言葉でそう聞いていても、多少時間が経てば動いている個体など何かしらは感じとれる。
それが今は、何もない。
ダンジョン内部に意識を向けて、探してこれだ。
浅い部分には恐らく魔物は居ない。
「そっか。でも、明日調査するんだっけ」
「はい。ノエル様率いる大部隊が、調査に入られます」
だったらその時に同行すれば良いか。
そんな事を考え、私は再び椅子に深く腰掛けダンジョンに意識を向けた。
*
飲んでいた紅茶が空になり、新しいのを入れようとした時だった。
突然、ダンジョンの方から奇妙な感覚を受け、持っていたティーカップを地面に落としてしまう。
「クロ殿! 大丈夫ですか!?」
直ぐに駆け寄ってくれた人に目もくれず、私はただダンジョンの入口を見ていた。
――中から吹き出す様に流れる風。
それに一緒に運ばれて来た魔力はどす黒く、受け入れがたいものだった。
葉のざわめきや虫の鳴き声など、辺りの音が不思議と消えていく。
「二人とも、何か感じる?」
「何かとは、何ですか?」
まだ気づいてない。
でも、ダンジョン内からこれだけ異質な魔力を放っている。もしこれが出て来たら、離れてるとは言え街の方にまで影響しかねない。高密度の魔力を植物が受ければ、どうなるのかも分かったもんじゃない。
「食べ物は、荒らさないでよね……」
普段であれば出て来そうな魔物を倒すのが、私の仕事だ。
つまり、魔物を倒す場所は別に決められていない。
仕方ないか。
「私ちょっと、行ってくる」
「クロ殿!? どちらに」
「どちらって、そんなのダンジョンに決まってるでしょ。仕事なんだから」
「お待ちください! でしたら一度、ノエル様に報告してから、指示を――」
「ごめん。そんな時間は、ないみたい」
魔力を放っている魔物は、ゆっくりと地表に近づいていた。
多分、ノエルさんを起こしてる間に、かなり上がって来てしまう。
それだと倒せなかった時に、足止めが難しくなる。それだけは、どうにか避けないと。
「無理そうだったら、足止めして逃げて来るから」
「逃げて……つまり、緊急事態って事。ですか?」
伝令役の一人が、不安そうに私を見ていた。
「大丈夫。私がどうにかするから」
このダンジョンの中で、何かが変わってる……。
何かは分からない。
けれど確実に、魔物に変化を与えていた。




