第37話 マトリサイド・ロッド
「もうすぐ、木丈霞町ですよ」
アレックスさんが俺たちに言った。
もう、トンネルか……
「正は木丈霞町のことが嫌いで、ボーイを歩かせているようですが、私はちゃんと家まで送っていくのでご安心を」
「何でそんなことを知っているんですか?」
「いえ、ただの憶測です」
アレックスさんが答えた。
憶測でそんなことが分かるのかよ……
アレックスさん、怖い……
ガヤガヤガヤガヤ……
トンネルを抜けてすぐのところにある横断歩道を、たくさんの人が渡っていた。
何処かに、人が集まっているみたいだ。
「何かあったんですかね?」
アレックスさんが不思議そうに言った。
「竜司先輩! すぐ近くに南の端の地蔵があります! きっと、飯地先輩がそこで事件を起こしたのです!」
神上未咲が俺に言った。
「何ですって! すぐに向かいましょう!」
キ、キィィィィィィィ!!!
アレックスさんが急ブレーキをかけて、車の向きを変えた。
「うわあああああああ!!」
「キャァァァァァ!!」
俺と神上未咲は驚いて、思わず叫んでしまった。
アレックスさん、他人が乗っているんだから、もう少し穏やかに運転してください。
ものの数分もしないうちに、人々が集まっているところに着いた。
その近くには、やはり地蔵があった。
「ここですね」
アレックスさんはそう言いながら、車を降りた。
俺と神上未咲もそれに続いた。
「いったい、何があったんですか?」
アレックスさんが見知らぬ人に声をかけている。
俺にはとても真似できない行動だ。
「今日、『神上家』がここに集まるっていう噂が流れて、町民の何人かが集まっていたんです。そうしたら……」
「そうしたら?」
「突然、『杖』を持った男が現れて、町民の1人を動けなくしてしまったんです」
飯地が、また人を犠牲にしたんだ!
俺は急いで、人だかりの中に入っていった。
「ちょっと、竜司先輩!」
神上未咲もついてきた。
俺は人だかりをかき分けて、奥へと進んで行った。
人だかりの最奥部まで行くと、1人の女性が倒れていた。
「嘘だろ……」
俺はその女性を見て絶句した。
「母さん……」
その女性は、俺の母さんだった。
何で、母さんが生贄にされているんだよ。
何で、飯地は母さんを生贄にしているんだよ。
「ボーイ、どうしましたか?」
アレックスさんが後ろから来て、俺に訊いてきた。
「これが『杖』の生贄になった人の姿ですか。ちょっと失礼」
アレックスさんはポケットからカメラを取り出し、母さんを撮った。
「あれ? この人、何処かで見たような……」
「俺の母さんです」
俺が言うと、アレックスさんが沈黙した。
「まさか、竜司先輩の母さんがこんなことになるなんて……」
神上未咲が母さんを見て言った。
俺たちはそのまま黙ってしまった。
それから、アレックスさんに家まで送ってもらった。
家に帰って、インターホンを押しても、母さんが返事をすることはなかった。
俺は鍵を使って家に入った。
家の中は、異様な静まり方をしていた。
もう母さんに会えないという実感は、まだ湧いてこなかった。
飯地……
絶対に許さないぞ……




