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四月一日に骨抜き

 



 ──嘘だろやめてくれ洒落にならない!

 そうは思いながらも、僕は自分の中に確固とした確信として存在を成しつつあるそれを吟味する。

 矛盾はない。


 例えば、あかねさんが“服を着用した写真”ではなく、“服の写真”のみをアップし続けた理由。

 これは、あかねさんが“服を着て写真を取ることができない”という存在だったら納得がいく。

 たとえば、幽霊とか。


 次、現在地。

 もしあかねさんが“僕の思ったとおりの存在”だったとして、“僕もその辺りにいるので会いませんか”というリプライが飛んでくることを彼女が予測していたら?

 きっと姿のない彼女は、それを避けたかっただろう。だから「今までいた場所」のみを投稿していたのだ。

 「今までいた場所」なら「会おう」と言われても比較的簡単に断ることが可能だろう。「もう家路につきましたので」、「帰りのバスに乗っちゃったんです!」などと言えばいい。


 弟の言っていた通り魔事件の話。

 ──あかねさんがHoratterをし始めたのは、少なくとも僕とかかわり合い始めたのは……あの事件が起こった頃ではないか?

 弟が口にしていたのは1月頃。僕とあかねさんはHoratterで知り合ってから二月(ふたつき)は経っている。──やっぱり、同じ頃だろう。


 ぞわぞわと背筋が粟立つ。

 きっと幽霊やお化け、霊魂の類なら、近隣にすんでいる僕の存在程度、捕捉するのはわけもなかったのではないだろうか? 

 生憎と僕は霊魂の類になったことはないから、その辺りがどうなのかはわからないが……。


 ──あかねさん、幽霊なんですか。


 コンタクトはすぐに返ってきた。


 ──どう思います?

 ──どう、って。

 ──あなたの持ちうるすべての可能性を使って、私の存在を否定して下さい。


 きしり、と廊下がきしむ音がした。脂汗が額ににじむ。

 どくどくと心臓がうるさかった。

 すべての可能性を持ち寄ったところで、あかねさんがこの世に『存在していると言い切る』ことは『できない』のだ。

 つまり、『存在』の『否定』。


 ──今ね、貴方の方へむかっているんです。


 あかねさんの、笑い声が聞こえた気がした。聞いたこともないのに。ぞんわりと震える肌は歓喜のそれではなくて、恐怖のそれだ。ひたり、ひたりと足音が背後で聞こえる。

 そういえば、さっき閉めたはずの扉が、なぜか開いてキィ、と微かな音を出していた──後ろは、振り向けない。


 ──結局、答えは出ませんでしたね。でも、楽しかったですよ。

 ──答え合わせ、です。


 二つ続けて送られた文章。

 背後の足音は僕に確実に迫っていた。ばくばくと鳴り続けた心臓は、きっと破裂してしまうだろう。目の前が暗くなった気がする。


 めまいすら覚えて──


「わっ!」

「ぎゃっ!」


 いきなり耳元で出された声は、僕のよく知る者のそれ。


「鷽月あかねは“存在しない”ぜ、兄貴」


 げらげらと笑い転げる弟が一人。

 脂汗をぐっしょりとかいていた僕に、「びっくりするほどうまくいってびっくりしてるよ!」と弟が爆笑していた。


「は……?」


 間抜けな言葉しか出てこない。


「鷽月あかねを名乗っていたのは俺。前に兄貴に言ったろ?“女のふりしてる”って」

「は──はぁ!? で、でも、服の写真とか」

「服の写真は、それこそHoratterで拾ってきた奴。“今日の服装”とかで検索したらごろごろ出てきたりするぜ。毎回体型が違うと怪しまれるから、服だけのにしたけど」

「現在地は──嘘っぱちか」

「勿論。言うだけなら誰にもわかりゃしない」

「じゃ、じゃあ──あの、リプライは?」

「矢継ぎ早だな? 無理もないか! ……兄貴、botって知ってるよな? それのプログラム使った。フリーの。だから兄貴が“わかりますた”って打ったときはビビったよ。“早すぎ”とか、“コンタクト”には返信出来るように組んでたけど、それ以外は“ごめんなさい、対応できなくて”って入れておいてよかったー。違和感なかったろ?」


 まあ個別でも一斉送信されちゃうとこが何とも言えないけど、逆にうまく働いたかな。

 あっけらかんとした弟に怒る気力も失せて、「何でこんなことを……」と僕は愕然として紡ぐ。弟はにんまりとわらって、弟は僕の開いていたパソコンのディスプレイを指差した。

 そこにはHoratterの画面が表示されている──丁度、“あかねさん”とのコンタクト画面。


 “答え合わせです。”


 そのコンタクトが送られた時間を指さして、弟はにんまりと笑った。


 「ヒントがわかんなかったらしいし、“答え合わせです”。まず、一つ目の“91日、もしくは92日”ってのは、とある日をグレゴリオ歴で表したものな。年の初めから数えると91日目なんだ。閏年だと92日目なんだけどさ」


 とんとん、と弟は投稿時間の投稿日時の部分を叩く。


「次。“ピノキオの鼻が伸びるのは”。それは当然、“嘘をついた”からだ」


 弟はニヤリと笑いながら、兄貴に解けるとは思ってなかったけど、と続ける。

 まぎれもなくバカにされているのがわかる。本当に性格が悪い!


「んで、仲間外れの問題。あれは勿論、鯖が仲間外れ。理由は“魚類だから”。ほかのは哺乳類だろ。鯖だけ“魚”ってわけ」


 弟はディスプレイの一部をなぞっている。


 ──『答え合わせです』――


 投稿日時、四月一日。


「知ってた? フランスでは、四月一日に子供が魚の紙を背中に貼って悪戯するの。“四月の魚”ってイベントなんだけど、この四月の魚、は鯖のことなんだってさ。なんでもこの頃によくつれるらしい」


 見事に騙されてくれたよな、四月馬鹿。


 本当に弟が憎たらしいと思ったが、それと同時に安心もした。

 つまり、鷽月あかねなんて人物は最初からいなかったわけで……


「鷽月あかね、つまり“嘘吐き()”。真っ赤()な嘘、ってわけ。文字専門創作クラスタ──フィクションはお手の物。俺のシナリオどうだった? 四月一日(うそつき)メロメロ(ほねぬき)なお兄さん?」

「……お前、ほんと後で覚えてろよ! お前の分のカニはないからな!」

「えっ?」


 全てはこの、はた迷惑な弟の『手間と時間をじっくりかけた』とんでもないエイプリルフールだった、というわけだ。



***



 この出来事から僕は、Horatterをやめた。

 情報を垂れ流すのも嫌だったし、弟にアカウントがばれている以上、続けるのも気恥ずかしかったし。


 ただその日の夕食にはあの時以来のカニ鍋が出て――。


 綺麗に内臓(カニみそ)を抜かれ、骨ともいえるべき部分も取られ。

 一本一本バラバラにされた足、そして体。

 鍋でぐつぐつ煮込まれて真っ赤に染まっていたカニは、弟の分を僕が少し多めにとることで、今回の悪ふざけにおける平和的な解決に一役買ったのだった。

 

 

 

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