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わたぬきにほねぬき

 あ、と僕は顔をしかめる。

 少し遠くのコンビニに行った帰りだ。僕はとある道を通ってきたのだけれども、そこにある電柱に花が供えられていた。

 少し前にここで事件があったのだ。被害者は若い女性で、確か大学生くらいだったか。通り魔に襲われたというような話だった気もする。僕は手を合わせてそこを通り過ぎた。

 さて、誰にそんな話を聞いたのだったか――。


 そこまで考えて、ああ、と思い出した。あの弟だ。

 一月頃に「帰ってくるときに通学路ですげえ嫌な事件ががさー」とか言っていた気がする。夕ご飯にカニ鍋が出たときのことだ。

 カニ鍋なんて豪勢なものが出てくるのは初めてだったので、そこで話された弟の話もカニ鍋とともに覚えていたのだろう。うすらぼんやりと。


 湯だって赤く染まったカニは寒い1月の夜にはうれしく、その食事内容には似あわない話だったから、記憶のどこかに残っていても不思議じゃない。

 事件の内容までは知らないが、かなりえぐい事件だったとかなんとか。二か月もたってしまえば人の興味なんてどこかに行くもので、最近はその話をする人も見かけない。結局どんな事件なのか分からない。

 そこまで考えて僕はため息をついた。


「だったら学校帰りに買ってこいよ……」


 弟にねだられるがままに向かったコンビニは、弟の高校の目と鼻の先にある。帰宅途中でも寄り道をしてくることは容易だったはずだ。袋の中に入っているクレープアイスが恨めしい。こんなおしゃれなものなんて食べずに一本60円ぐらいのアイスバーでも食べていればいいのに。

 本当に性格悪いなと思いながらも、僕はがさがさとビニール袋の音をさせながら帰宅を急ぐ。

 冷たいサイダーが一緒に入っているとはいえ、アイスがとけるのはまずいだろう。


 


 家に帰ってきた僕に、弟は「サンキュー!」というなりクレープアイスを引ったくり、そしてそのまま自室にこもった。

 あんまりだと思いはしたが、今に始まったことじゃない。

 ふ、と息をついて、僕は再びHoratterを開く。


「あ、きてる」


 あかねさんからの返信。

 それはいつもと違って“コンタクト”ではなかった。

 リプライでの返信は、“このゲーム”が始まってからのあかねさんにしては珍しい。そうでなくても、普段からあかねさんはリプライをせず、誰かの投稿に自らそれに関する投稿をする事で返信をする事が多かった。 つまりは、“空中リプライ”。これは“空リプ”と言われることが多いが、“そらりぷ”なのか、それとも“くうりぷ”と読むのか、僕は未だに分かっていない。


 早すぎます、という僕のリプライに、あかねさんは“そうですか? でも早い方が良いかと思って”となんとも身勝手な言葉を返している。

 

 ──時間を下さい。

 

 そう打ったリプライもすぐには返ってこず、僕はいらいらとした。

 それから、母親に夕食だと言われるまでHoratterをしていたのだか、あかねさんからリプライが返ってくることもないばかりか、あれだけ多かったあかねさんの投稿は、その時間を最後にめっきり減った。


 あかねさんはあれから、全くと言って良いほどHoratterに投稿をしていない。けれど、僕のリプライにはちょくちょく返してくれていた。

 最初は“コンタクト”を送っていたのだが、あかねさんはそれには反応せず、僕はじれてリプライを送ったことがある。


 ──コンタクトじゃだめですか?

 ──ごめんなさい、今忙しくて、コンタクトが使えないんです。


 返ってきたのはそれだけで、なるほど確かにあかねさんに幾らコンタクトを送っても、一向に返ってこない。リプライのみに反応するような形だったから、忙しいのかもしれないと僕は思う。コンタクトはタイムラインには流れないから、確認するのが億劫だと言われれば納得もできるし、そもそも僕はコンタクトだのリプライだのを選べる立場にはいないのだから。

 

 ──わかりますた。


「あっ」


 わかりました、と打ったつもりが、痛恨のミスで「わかりますた」とふざけたようなリプライになってしまった。

 一回削除すべきかとも思ったが、どうせあかねさんのことだ。気にしないだろうと放っておいた。

 この日もすぐにはリプライが返ってこず、返ってきたのはリプライを飛ばして10分後。常にHoratterにいるんじゃないかと思われているあかねさんにしては本当に遅い。一般的な人から見たら大した遅さでも何でもないけど。


 ──ごめんなさい、対応できなくて。


 何だか急にしおらしいあかねさんに僕は寒気がしたけれど、ゲームを持ちかけたのは彼女だから、罪悪感があるのかもしれない。そんなものがあるならこんなことをさせるなと言いたいけれど。



 約束の日付になるかならないか、つまり4月1日になるかならないかの、3月31日の午後11時半。

 あかねさんがようやっと、Horatterに現れた。

 あんまり姿を見かけなかったからと、あかねさんのフォロワーさんが彼女に対して次々に「おかえり!」と声をかける。あかねさんはそれの全てに「ありがとう~」とハートマーク付きで返していたが、やっぱりタイムラグがある。こんなツイートの仕方をどこかでみたな、と思いながらも、僕はあかねさんに“コンタクト”をとった。

 彼女がHoratterに現れたのなら、コンタクトに対応できないこともないと思って。


 予想通り、あかねさんはコンタクトに応じた。

 答え合わせを、と急かすあかねさんに、僕はやはり考えあぐねている。この一週間、何度も考えたが──やはり答えは出てこない。ヒントもよく分からなかったし、それに関してリプライを送っても、返ってくる言葉は「ごめんなさい、対応できなくて」だけだ。判を押したかのように統一された言葉に、僕はいらいらしたのだった。


 ──ん、待てよ?


 “統一された言葉”。

 そういえば、先程の「おかえり!」にも、あかねさんは誰一人と違った言葉を返していない。

 普段のあかねさんなら、一人一人に違った言葉……最低でも、ひとりひとりに違った顔文字をつけてくる。カニみたいなのだったり、笑った顔だったりと。


 “タイムラグ”。

 あかねさんはHoratterに現れたというのに、何故時間をおいてから返信を返した?


 はっと頭にひらめく物があって、僕はあかねさんが返したリプライに目を通す。内容はすべて同じだから、そんなところに用はない。用があるのは──投稿時間。


「うわ、やっぱり……」


 投稿時間はすべて、3月31日の午後11時47分。

 「おかえり!」と言ってくれたフォロワー全員に、同じ時間で返している……ということになる。当然のことだが──それは、人間にはできない。


 ぞわりとした僕に追い打ちをかけるように、あかねさんからコンタクトがくる。キィ、と部屋の扉がなった気がした──洒落にならない。


 ──“気づいちゃいました?”


 絵文字も何もついていない。

 僕は返信しなかった──いや、出来なかった。

 あかねさんが最初に出したヒントが頭をよぎる。



  ──“Horatterには、幽霊が操作するアカウントがある”。





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