ワタヌキニホネヌキ
──“ゆうきくんが挑戦する謎はひとつ”
──“わたしの正体を暴いて下さい”
戦々恐々とする僕とうって変わって、あかねさんは実に楽しそうだった。僕とコンタクトを取っている間にも、あかねさんはHoratterに好きなキャラクターについての考察だったり、友人から貰ったお菓子のこと、そして鷽についてのあれこれをつらつらと書き出している。
その投稿を見ていて気づいたけれど、あかねさんは何一つ決定的なものをHoratterに上げてはいないのだ。
好きな色について語ることはあっても、好きな服を着た写真を上げることはない。
あかねさんの上げる写真というのは、服単体を適当な場所で取った物しかないのだ。これが例えば『着用して撮った写真』だったのなら、その写真からはその人の体型だとか、身長とかが割り出せる。けれど、服そのものならその人についての情報なんてあまり手に入らない。せいぜい服の傾向がわかるくらいだが、流行にのった服であるなら似たような物がごろごろしている昨今だ。服一つ取ったところで、“彼女”に迫るのは難しい。
対する僕は、服を着た写真をアップしていたから、あかねさんは容易に僕の体型や身長を検討することが出来ただろう。
現在地云々の投稿もそうだ。
あかねさんは「○○わず」と“今までいた場所”について語ることはあっても、僕のように「○○なう」と“今いる場所”について語ることはなかった。
──つまり、そういうことなのだ。あかねさんはお気楽に、ほかの大多数と同じようにHoratterを楽しんでいるようでいて、実際は誰よりもずる賢かったのだろう。そしておそらく、僕みたいな“玩具”を見つけるのを目的としていた。
パソコンのモニターの前で、僕は深くため息をついた。
こんなことになるんなら、Horatterなんかしなかったのに。
「どったの兄貴、すげえ暗い顔してるけど」
「なんでもねーよ」
たまたま僕の部屋の前を通りかかったらしい弟が、僕の部屋をのぞき込んで言う。
ふーん、と弟はつまらなさそうに返すと、「そういえばさ」と話を切り出してきた。
「俺、さいきんHoratter始めてさ」
「へえ」
「兄貴、Horatterのアカウント持ってる?」
「Horatterはやらないって決めてるよ」
「へー? 実はやってたりするんじゃないの」
興味津々と言った弟に僕は嘘をついて、会話を終わらせようとする。今一番聞きたくない単語だったし、何よりこんなことになってるなんて知られたくもない。
にやにやとしながら、「本当にないのか探してみようっと」と言った弟に、「他にやることがあるだろ」と呆れた風を装って返した。
このタイミングでこの話を持ち出した弟が憎い。
そのあとも会話は少し続いたけれど、適当に答えていれば弟はどこかにいってしまった。
その日の夜だ。あかねさんから、一つ目の“ヒント”がコンタクトで伝えられた。
──“Horatterにある都市伝説”って知ってます?
──知りませんよ。
──あー、ゆうきくん、そういうのに興味なさそうですもんね~。
──早く、ヒント下さい。
──はいはい。せっかちですね。ヒントはその“都市伝説”です。
あかねさんいわく、Horatterに存在する都市伝説とは、「Horatterには幽霊が操作するアカウントがある」というもので、オカルト否定派の僕からすれば何とも眉唾だった。霊体がどうやってパソコンのキーを叩き、スマートフォンタッチ式の入力をするのかわからない。そもそも霊体がHoratterで何をするというのか。
──まさか、自分がその“幽霊です!”なんて言いませんよね。
あかねさんならやりかねない。
あかねさんは常に、楽しむことに全力を傾けているようだった。これはここ数日、嫌でもあかねさんの動向を意識せざるを得なくなってから気付いたことだ。それと同時に人を混乱させたり驚かすことも大好きなようで、ついさっきも見慣れたタカアシガニのアイコンを、得体の知れない釣りの餌みたいな画像に変えた上で、「鷽月あかね」の名を「アオイソメ@鯉の腹の中」なんてふざけた物に変えている。
混乱が収まったと同時にあかねさんはもとのタカアシガニにアイコンを戻し、名前も鷽月あかねに戻していたが、僕とあかねさんの共通のフォロワーさんがあかねさんのアイコンに驚いていたのは僕にも筒抜けだ。
──まさかあ。ゆうきくん、オカルト否定派でしょ?
──そうですけど。
──オカルト否定派にそんな悪戯しかけても面白くないですもん。ああでも、それも面白そうですね。
どこまでが冗談で、どこからが本気なのかがわからない相手というのが、どれほど怖いかを僕は思い知った。
──じゃあ、何がヒントになるって言うんですか。
──さて、何がヒントになるんでしょうかね。ゆうきくんはオカルト否定派ですから。
どこまでもはぐらかす気らしいあかねさんの、愉しそうな笑い声が聞こえた気がした。
僕にとってはひどく切実なこの問題も、あかねさんにはただの「いたずら」なのだろう。警察に通報も考えたけれど、通報してしまえば僕の身が危ぶまれるような気もして、結局僕は通報できなかった。
おそらく、それもあかねさんの計算のうちだ。
くそ、とモニタをまえに罵る。きっとこの罵倒はあかねさんには聞こえない。それがひどく悔しかったし、同時に気味が悪かった。
僕は今まで何人の“親しい他人”に、僕の情報をばらまいていたのだろう。
***
あかねさんとはしばらくやりとりが続き、あかねさんに迫ることもないまま時間が過ぎた。
三月の十日からつづいていたあかねさんの“謎解き”も、依然として謎が解けぬまま二週間が立ち、僕はやきもきとしたままの毎日を送っている。
あかねさんからはたまにコンタクトが来て、そのたびに新しい“ヒント”を渡された。
──“91日、または92日目におこることは?”
──“ピノキオの鼻が伸びたのはなぜ?”
──“カンガルー、うさぎ、鯖。跳ねる生き物の中で仲間はずれは? その理由は?”
正直、そのどれにもヒントと言えるような物はなかったと思う。
一問目に至っては何を示しているのかもわからないし、二問目は子供でもわかるレベル。三問目は恐らく鯖だが、それがヒントになるのかと聞かれたら僕は首を振るだろう。縦ではなく、横に。
僕がうんうんうなっている間にも、あかねさんはきっと楽しんでいるんだろう。
あかねさんは今日も、自分とその弟との会話について投稿している。
彼女には歳の離れた弟がいるのか、時折弟との話を見かけることがあった。随分とユニークな弟のようで、趣味は山菜摘みとオカリナを吹くことらしいから、どこかの隠居したおじいさんみたいだとあかねさんも言っている。
そんなあかねさんから、最後のコンタクトがあったのが“この日”。
“謎解き”をふっかけられてぴったり二週間経った今日だった。
──“あと一週間以内に謎を解いちゃって下さい。解けなかったらゲームオーバーですからね!”
ずいぶんと簡単に言ってくれてしまうものだ。
僕はあかねさんに「はやすぎやしませんか」とリプライを送った。いつもならすぐ返ってくるリプライも、今回はなかなか返ってこず、じれた僕は近くのコンビニにサイダーを買いに行こうと部屋を出る。
出たところで、隣の部屋で僕と同じくパソコンをしていたらしい弟に、「俺にクレープアイス」とお金を渡された。
「クレープアイスって、僕のいくコンビニより遠いとこにあるじゃん」
「良いじゃん、どうせ暇だろ」
「おまえもだろ」
「いいや。俺は今、女の振りしてバカな男をつってますー。暇じゃありませんー。Horatterってあれだな、“若いオンナノコです”ってきゃぴきゃぴしてれば騙される男が多くて面白いな」
「……性格悪いな」
我ながら酷い弟を持った。あかねさんのところのユニークな弟とは全然違う。
そう思いながら、僕は弟から貰った小銭をポケットにつっこみ、少し遠くのコンビニまで足を延ばすことにした。




