第六章 天明八年 初夏 (下)
「我慢しきれず私が疑っていることを教えてしまったのは、不味かったかもしれません」
康二郎は三日前の一部始終を語り終えてから、そう付け加えた。
「その程度なら問題あるまい。さて、どうやって尻尾を掴むか……ここはやはり今流行りの隠密だな」
神保左内は宙を見ながら続けた。
「焦ると、ことを仕損じる。ここは時間がかかっても慎重にことを進めねば。今、進藤家が使っている人宿の名はわかるか?」
「私には名前を言わなかったのですが、大和屋のあの様子では把握していると思います」
「よし。まずは大和屋で今も進藤家に奉公人を斡旋している人宿の名前を聞いてきてくれ。手の者を何人かその店の寄子にしておいて、次に進藤の屋敷へ人を入れる話が出たら、斡旋されるよう仕向けておく。半期で入れ替わりが一人、二人はあるだろう。来年の季変わりで計四人は入れたいところだ。最初はあまり大人数を割けないのが辛いな……
この悪事を暴けば……ここまでの悪党は他にいないと思いたいが、他に似たような悪事をやっているか、やろうとしている者共への良い見せしめにもなる。なるべく掛かりを集められるようにしよう。
謎の集会に毒か薬が絡んでいるとなると、町方も巻き込んでの大捕物になるかもしれぬ。さっそく明日、この件専任の御徒目付を選ぼう」
動き出すと早いようだ。目付方の、公儀の本気が見れるのかと康二郎はワクワクしてきた。
「大和屋は使えるようだな」
「油断ならないところもある主ですが、我が野田家はこれまでに色々手助けしてもらっています」
「我が野田家か……これで進藤家の話はひとまず終わりだ。宴の始まりが遅くなった。今夜はここへ泊まっていきなさい。返事も一晩泊まってみた方が決めやすくなるのではないかな。赤坂へ使いを遣ろう」
康二郎に返事する間を与えず、左内は手を叩いて人を呼んだ。
康二郎を案内した若党がすぐに顔を見せた。
「知佐に宴を始めると呼んできてくれ。それから赤坂の野田殿のお屋敷へわしの手紙を持っていかせる人選を頼む。手紙はこれからだ」
承知いたしましたと若党が下がると、すぐに硯、筆、紙を持って背丈は五尺少々くらいと小柄だが、顔も体つきも厳つい侍が現れた。年は左内と同じくらいに見える。
「お前が持ってくるとはな」
左内は驚いていた。
「こうでもしないと若様に挨拶させていただけそうにありませんので」
――若様とは誰のことだ?まさか俺?まだ返事はしてないぞ!
左内はしぶしぶの風で男を康二郎に引き合わせた。
「これが当家の用人、浅見理右衛門だ。通称、あさりえもん。なにかと漁るからだけではなく、浅蜊をはじめとする貝が好物なのだ」
浅見理右衛門は、厳つい身体を深く折り曲げ、康二郎に向かって丁寧に頭を下げた。
「当、神保家の用人を勤めております、浅見理右衛門と申します。康二郎様にはようやくお目通り叶いました」
そこで顔を上げた理右衛門は満面の笑みを浮かべていた。厳つい顔が笑うと思いの外愛嬌のあるおかめ顔になった。
「呼びもしないうちに自分から出てきてよく言うな」
左内が後ろから突っ込みを入れた。
「本来ならば、お屋敷へお見えになったときにまずはわたくしがご挨拶したかったのですが、お前がその面を先に顔を見せてはまとまる話もまとまらなくなると殿に叱られ……」
「誰も叱ってはおらぬ」
「仕方なく影からお姿をちらと拝見し、改めてお呼びくださるのを今か今かと待つこと一刻(約二時間)。このままではお目通り叶わぬまま終わるのではないかと案じていたところ、幾之助より殿が書き物をなさると聞き及び……」
「わしが幾之助に指図しておるのを盗み聞きしたのであろうが!」
「これは千載一遇の機会と、素早く紙と筆を持って参った次第にござります」
「言い訳の上手さに飽きれて二の句が告げぬぞ……」
「殿、早く手紙をお書きください。使いの者の戻って来るのが夜中になりまする」
理右衛門が横目で左内を冷ややかに見ながら言った。
康二郎は必死に笑いを堪えていた。
――いつか見た芝居より数段面白い……
そこへぞろぞろと人がやって来た。奥様とやえの後ろに膳を捧げた女中と若党が五人続いている。
奥方は理右衛門を見るや、明るく言った。
「おや、理右衛門、今まで何をしていたの?」
康二郎は笑いを堪えきれなくなった。
翌朝、康二郎は少し痛む頭で目覚めた。
――やはり飲み過ぎたか。
宴は康二郎に左内、知佐だけでなく、理右衛門とやえを加えた五人で楽しく進んだ。
途中で左内は康二郎が神保家へ養子に来たら、康二郎のために二、三人、奉公人を増やすつもりでいるから、まずは伊兵衛を雇うと言った。家族で長屋に住むよう手配すると。康二郎との繋がりだけでなく、進藤修理亮のことも頭にあるようだった。
康二郎は配慮に礼を言ったが、養子の返事は保留し続けた。
知佐は心に思う人がいるなら遠慮なく言ってほしいと言ってきた。
言われて康二郎の頭に咄嗟に浮かんだのが昔見た又兵衛の娘だったから、自分でも驚いた。もちろん康二郎を人形呼ばわりした妹ではなく、姉の方である。康二郎と同い年ぐらいだったから、もう嫁にいっているかもしれない。
又兵衛亡き後、まもなくそのご母堂も亡くなり、寡婦は二人の娘をつれて八王子の実家へ戻ってしまった。その後の消息は知れない。康二郎が気になっていることの一つである。
康二郎の方も気になっていたことを左内に尋ねた。徒目付で十分対応できるような帳簿を預かるために、わざわざ目付の左内が野田家へやって来た理由だ。
「実はあの訪問は、野田家だけでなく、御徒目付を調べる目的もあったのだ。あの時、わしに同道した御徒目付の一人がどうも胡散臭くてな……」
それ以上の詳しいことは話してもらえなかったが、康二郎は謎が解け、気分はすっきりした。
楽しく飲み食いしながらも、康二郎は冷静に考えていた。左内と知佐が仲睦まじいのも、二人で困難を乗り越えたからこそなのだろうと。
この時代に九百石もの御家で跡継ぎが産まれないのは、いたたまれない時があったに違いないのだ。周囲からの圧力も相当なものだったろう。
理右衛門とやえはそんな二人のよき理解者で居続けたのだと、信頼の裏返しと感じる、主夫婦との遠慮の無いやり取りを見て思った。
この屋敷の養子、嫡男になることがどういうことなのか、改めて考えようとした。
――何故、自分なのだろう?
ふと、久しぶりに木に登りたいと思った。あの長屋脇の椎の木に。
「養子の返事とは関係なく、ぜひまた遊びに来てくださいね。本当に楽しかったの」
知佐は別れ際に康二郎の手を取って言ってきた。華奢な、守りたくなる手だった。
左内は「ここへきて例の件を手伝ってくれ」と言ってきたから、康二郎は「それなら養子でなくともできますね」と嘯いた。
「それはそうだが、息子となれば、こき使い安い」
左内は不敵とも見える笑みを浮かべながら返してきた。
「伊兵衛とその家族を守るためなら、立場など関係なく尽力します。私にできることはなんでもお申し付けください」
康二郎は真顔で返した。伊兵衛が命の恩人であることは、昨夜の宴で左内に教えていた。
「命の恩人とはいえ、そこまで言い切るとはな。まるで親兄弟か恋人のようだ」
左内は冗談めかして言ったようだが、康二郎は笑う気にならなかった。
「昨夜申し上げたように、伊兵衛は命の恩人であるうえに、色々教えてくれた先生でもありますが、何より一緒にいて心休まる人です。離れていても、常に幸せであってほしいと心から願う人。そう感じる人、そんな思いを抱く人を親兄弟と呼ぶなら、伊兵衛は私にとって、親兄弟です。伊兵衛だけでなく、その妻子も私に安らぎと喜びを与えてくれる」
康二郎は言葉にするために、自身の心を見つめていた。
「伊兵衛を母や又兵衛様のように失いたくはない。いつかは別れがくるけれど、あの時ああしていればと後悔するようなことは、絶対にしたくない。それが今の私の気持ちです」
康二郎を見つめる知佐の目が潤んできた。
左内もしばらく黙って康二郎を見つめた。
帰りは潜り戸から外へ出た。
目の前に下り坂が二つ見えている。早朝から坂を人や荷車が行き来していた。
向こうにはもう一つ勾配のきつい坂がある。
康二郎は一番向こうの、段があるから荷車の通らない、堀沿いにある九段坂を帰り道に選んだ。
来るときは赤坂から北に向かい、麹町へ抜けて千鳥ヶ淵沿いを通って来たのだが、神保屋敷の椎の木に登って見えた景色から、帰りは遠回りになっても九段坂を降り、朝日に輝く神田を抜けて城の東側の賑やかな町屋を通りたいと思ったのだった。
坂の入り口で立ち止まり、自分は何に迷っているのだろうと、康二郎は思った。
一番の不安は自分に九百石のお家を継ぐことができるのか、それだけの器なのか、である。
その家に生まれ育った者と違い、外から入る者へ向けられる目は厳しい。
だが父も兄も、嫌なら何時でも戻って来ればよいと言ってくれている。
浪人として、或いは町人として町屋で暮らすのは、何時でもできるといえば、何時でもできるのだ。
伊兵衛とその家族を守ることは野田家の次男よりも浪人の立場の方がやりやすいように考えていたが、神保家の嫡子となれば、和之助の言ったとおり、再び中間として雇うことができるし、家族を屋敷内に住まわせることもできる。
三百石の次男坊の中間と九百石の嫡子の中間では、全く異なってくる。腹立たしくも、それが世間というものだ。
伊兵衛を苦しませた身分や世間的な立場の力を康二郎が手に入れることができるのだ。
知佐はとても楽しかったと言った。
康二郎も最初のうちは緊張したけれども、途中からは初めて訪れた屋敷とは思えない寛ぎ方ができた。
突然兄の言葉が浮かんだ。
「当たり前だが、お前はお前が来る前の俺を知らない」
あの明るそうな神保家の雰囲気も、康二郎が現れる前はあんな風ではなかったのかもしれない。暗かったとは思わないが、何かが大きく違ったのかもしれない。
自惚れるわけではないが、伊兵衛に言われた、兄がうまい例えだったと誉めた、大木の例え。
――今度はあの屋敷の人たちに木陰を与えるのが俺の運命なのだろうか?伊兵衛に言わなければ。どんな顔をするだろう?
まだ伊兵衛はこの事を知らない。
――伊兵衛が再び俺の供として働いてくれるならば、九百石の重みも背負いきれるかもしれない。同時に伊兵衛とその家族のためになるのだ。伊兵衛に会って話をすれば、行くべき道がはっきり見えてくるのではないか。これまでも的確に言葉をかけてくれた伊兵衛だから。あやとふみにも会いたい。やりかけたことはやり遂げなければ。何よりも、伊兵衛とその家族のためになるのだから……兄上の絵のことも……
康二郎が売り込んだ和之助の絵は、試しに赤本で使ってみることが決まった。大いなる一歩だ。
和之助はというと、必ずしも乗り気ではないから、乗せないといけない。乗り気でないのは失敗を恐れての気がするからだ。
康二郎は伊兵衛から自信をもらっているが、その康二郎は兄に自信を与える役目だ。
――もちつもたれつ。相身互い。
康二郎の筆耕は、赤本の差し替えを仕上げて甘水堂へ持っていったら、一気に二冊の草双紙の文字を依頼された。こちらは養子の話を受けたら辞めねばなるまい。何より先方が畏れ多いと引くだろう。
遠く海の方を眺めていたが、ふと下を向いた。坂の上から見る堀の水面は遠かった。
昔荷車を引く牛が落ちたことからつけられたという堀の名前を思い出した。
康二郎は堀から坂の下りへと目を移した。坂の向こうに朝日に輝く江戸の町が遠くまで広がっている。
その景色を見ていたら、母の笑顔が浮かんだ。「行ってくるね」と、毎朝、出がけに見せていた笑顔だ。自分を後押ししてくれている気がした。
その時、康二郎は自分の中に母の存在を感じた。
この時、やっと気づいた。
――伊兵衛が言っていたのは、これか……
困ったことや苦しいことがあった時、康二郎はいつも母に祈っていた。母の魂が常に天から、空から、自分を見守っていると思っていたからだ、
だが、母のお松がいるのは天ではない。
母が短い年月の間にも康二郎に注いだ愛情が築いた何かが、心の中にある。揺るがない礎のようなものが。これからもその礎は、ある。決して崩れることはない。
そして、そのうえに又兵衛や和之助、伊兵衛との出会いで得た様々なものが重なっている。
これからも、それは確かな成長を続けるのだ。
伊兵衛が康二郎を例えた大木は、そんな心の中の礎の成長ではないのか。伊兵衛自身も成長を助けた大木なのではないか。
人は持ちつ持たれつ。互いに助け合い、成長し合う。
これまでに出会った人々との様々な関わり、そのすべてが自分を大木に育てている。そう思った。
――なんて、俺は幸せ者なのだろう……
泣きに泣いて心が折れそうになった別れも、幸せ者である裏返しなのだ。
康二郎は大股に坂を降り始めた。次第に駆けるように降りていった。
今日は忙しくなる。
―― 終わり ――
ブックマークなど、★をつけてくださった方をはじめ、最初から最後まで読んでくださった方、誠にありがとうございますm(_ _)m
「これで終わっちゃうの?」と思った方がいることでしょう……三千石の穀潰しは目付/公儀が本気で動き始めたら逃れられませんし、私が書きたかったことからは、ここでひとまずは幕を下ろすのがベストだと思いました。……が、七、八年前のこの話を一通り書き終えた時に、康二郎君のおおよその生涯が頭にあり、続編のしっぴつを考えてはいました。(伊兵衛の設定的に)これは公にするのは難しいかな~と思ったので、書いていませんけども。もしもご要望があるならば、そのうち書いてみます。
最後に覚えている主な参考文献を記しておきます。(一部しか読んでいないものが多いですけども)
断家譜、円遊日記、松鶴日記、柳営補任、国史大年表、寛政改革の研究、よしの冊子、江戸名所図絵、かげま茶屋、江戸岡場所遊女百姿




