第7話 盗賊団からの解放
「ユリナ……いや、能無し。まずはおめぇが殺してこい」
「は、はい……」
ユリナと呼ばれた少女は僕に短刀を向けて、
「ご、ごめんだけど、死んで!」
彼女の腰は引けていた。きっと人を斬ったことはないのだろう。
「そういうところが盗賊らしくねぇんだよ!」
「キャッ!!」
その予感はあっていたのか、ライザはユリナと呼ばれた少女を後ろから蹴り飛ばした。前蹴りの軌道で放たれた蹴りは小さい少女を吹っ飛ばすには十分すぎる威力だった。
「オメェには美学ってやつが足りねぇ! 盗賊の美学ってやつがなぁ!!」
「う、ううっ……」
「せっかくよぉ! ジョブ付与の儀で盗賊の職を授かって親に売られたおめぇを! 殺さずに生かしてやってんのによぉ!! ちっとは仕事しろよぉ!」
ライザはユリナに手を挙げようとしていた。日常的に暴力を振るっているのというのはすぐに分かった。だから僕は、
「ぐはっ!」
僕は距離を一気に詰めて、ユリナを抱きかかえるように助けた。
「テ、テメェ……ぶっ殺してやるよ!!」
ライザは僕に殺意のこもった視線を向ける。僕はユリナの小さな身体をゆっくりと下ろす。僕が許せないのは、
「黙れよ。こんな小さい女の子に手を挙げて……お前は人じゃない」
「こんなに怒ってるアーク君は初めて見たんだけど……」
ラティは驚いたように僕を見ていた。たしかに怒りを誰かにぶつけるのは初めてかもしれない。公爵家から追い出された時は怒りよりも悲しみの方が勝っていたから。
「このガキが!! 人が優しくしてりゃあどこまでもつけあがって!!」
僕は【刃こぼれした剣(SSS)】を抜いた。ライザはその剣を見ると、ゲラゲラと笑った。
「なんだぁ!? そのボロッボロの剣は! ……はぁ。俺も舐められたもんだなぁ」
ライザは剣を抜く。長剣というには大きく、大剣というには小さい。
「俺はメタルブレイカーで殺してやるよ」
ライザが剣を抜くと【メタルブレイカー(R)】の青いウインドウが表示された。
僕は一つの仮説を立てた。ひょっとしたら僕の【レアリティ変更士】は今までレアリティを上げることしかしてなかったが、下がることもできるのではないだろうか?
そう考えると青いウインドウが僕に尋ねる。
『【メタルブレイカー(R)】のレアリティを下げますか?』
僕は心の中で『はい』と答えると、
『対象と距離が遠いため発動できません。対象と範囲50センチ以内で発動してください』
と出た。距離が離れていると発動できないのか……肘から手の先くらいの距離ならば問題はない。そこまで難しいことではないはずだ。
それに未だに3日前に摂取した【ドーピング(SSS)】のおかげで身体の調子はとても良い。
この調子ならライザの攻撃に合わせて発動した方が良さそうだ。
「おい。ビビって声も出せねぇのか?? このメタルブレイカーはなぁ! どんな武器でも壊すことができんだよ!! もちろん武器ではなく、お前を壊すこともなぁ!?」
そう言って、ライザは僕に斬りかかってくる。
「死ねぇええええ!」
ライザがメタルブレイカーを上から振りかぶる。僕はなるべく対象の距離を縮めるために一歩前に踏み出した。この距離なら問題ない。
『【メタルブレイカー(R)】のレアリティを下げますか?』
僕は再び心の中で『はい』と答えると、
【メタルブレイカー(R)】→【メタルブレイカー(N)】
と表示された。これで条件はクリアした。
念のため、僕はライザの剣を流すつもりで上段への攻撃受けるのだが……。
「お、俺のメタルブレイカーが逆にブレイクされてるだとぉおおお!?」
ライザが持っていた【メタルブレイカー(N)】は粉々になっていた。
SSSレアの枝は鉄よりも強固のワイバーン鱗こと切り裂けた。刃こぼれしているとはいえ、SSSレアの木の枝と同じレアリティに変更した鉄の剣だ。レアリティを最低まで下げた武器で叶うはずがない。
ライザは僕のことを睨めつける。
「てめぇ! どんなイカサマして――ぶはっ!」
僕は言い終わる前にライザの顔を軽くぶん殴った。これ以上、声も聴きたくない。
この後、ライザは捕まるだろう。どんな罰が下るか分からないけれど。これからの人生をかけて精一杯、罪を償ってほしい。ラティを侮辱したのだから当然だ。
「か、カシラがやられた!! 逃げろぉおお!」
盗賊団のうちの一人が叫ぶと盗賊団は蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていった。
ただ一人を除いて、
「私もカシラのように捕まるのですか?」
ウルフヘアーの銀髪の少女――ユリナが僕に尋ねる。
「君はどうしたい?」
ユリナは僕をじっと見つめて答える。彼女の腫れた頰が痛々しい。
「じ、自由になりたい……です。でも私、盗賊ですし。あなたを殺そうとしたんですよ……?」
ユリナは諦めたように笑っていた。人生に絶望したような、そんな顔だ。ジョブが決まってユリナの人生が変わってしまったのだろう。きっと僕だってそうなっていたのかもしれない。
「だったら少しでいいから僕達のこと手伝ってよ。今は少しでも人手が欲しいんだ。それで許すから」
だから僕は手を差しのべたいと思った。
「……え? こ、こんな私でもいいんですか?」
「もちろん!」
ユリナは涙を流していた。きっと僕より大変な思いをしてきたのだろう。
僕は思わずユリナの頭を撫でていた。
「アーク君。あとで私の頭も撫でて貰ってもいい?」
ラティは口を膨らませていた。僕は怒られるようなことをしたのだろうか?
「え? なんで……?」
「いいの。なにも言わずに撫でて」
「う、うん……」
有無を言わさないラティの圧に僕は頷くしかなかった。
「アーク様。ありがとうございます。ジャポリを苦しめていたライザから救って頂いて」
「あ、エドワードさん……」
「エドワードさん。少し質問してもいい?」
「もちろんでございます。いかなるご質問にも誠実にお答えさせて頂きます」
ラティは真面目な表情で問う。僕はラティが言おうとしている言葉を察して黙することにした。きっと僕が抱いた疑問と同じ内容だろうから。
「ありがとう。では聞くけれど、あなたはかつて騎士団長のエリザと互角以上の技量を持っていたのに、どうしてあんな野蛮な盗賊に遅れを取ったのです?」
エドワードさんはラティの問いに悔しそうな顔をした。何か重要な理由があるのかもしれない。
「私一人ではどうしようもなかったのです」
「盗賊の人数が多かったんです?」
「そういう意味ではございません。奴らはジャポリの民をアジトに連れ去り人質にしておりました。私とライザが戦えば多少なりとも時間がかかりましょう。その間に人質の命は保証できないのです」
「ひどい話……本当に下種なやつらだったのね……」
「ですが、ライザを倒した事で人質となった民は解放されます……本当にご立派にご成長されましたな」
エドワードさんは僕を優しい目で見つめる。指先で目尻の先の涙を拭きながら。
そっか……エドワードさんは僕のお母さんと面識があったと言っていた。あとで僕が知らないお母さんの事を聞いてみたい。
「あのぉ~お話のところ申し訳ないのですが~」
僕は声をかけられて振り返る。
「私は~、ジャポリ支部のギルド長フワリと申します〜。改めまして、この度はありがとうございました〜」
そこにはおっとりとした雰囲気を纏った女の人が僕に笑みを浮かべていた。