第44話 嵐の前の平和
「アーク殿、私、一つ見てみたいものがあるんだけど大丈夫?」
先ほどの出来事ごとから3時間が経過した。今はお昼を食べた後の話。リュミエールは見たいものがあると僕に尋ねてきた。
あれだけ屋台でご飯を食べたのに、まだ食べるのかと思えるぐらいにご飯を平らげていた。正直言いかけた。だけど食べ過ぎじゃないかと指摘すると時に女の子は怒るかもしれない。少なくともラティに言おうものなら、しばらくの間は機嫌を損ねる。
「大丈夫だけど何が見たいの?」
話を戻すが、リュミエールは何か見たいものがあるらしい。
「アーク殿が悪魔を倒した聖剣――それを見たいなって」
「え? どうして?」
「えっと、この世界を――無垢なる人々を危機から救った聖剣に感謝を伝えたくて」
リュミエールにその以外の感情はなさそうだ。
ないのだけど……『悪魔を倒した聖剣が見たい』と聞いた瞬間に何故か、ラティとユリナはなんとも言えない表情をしていた。
まぁ……たしかに見ようと思えばいつでも見ることができる場所にあるから、見飽きているのかもしれない。
「あ、今じゃなくていいよ? 時間に余裕がある時で……そんな聖遺物。すぐにみせられるものじゃないでしょ?」
リュミエールはラティとユリナの反応を見て、少しだけ遠慮をした。
「いやー、そんなことはないけど。じゃあ行こうか。近いし」
でも今回はリュミエールのための日だ。ジャポリの街を好きになって欲しい。だから申し訳ないけれど、今回は僕とリュミエールのワガママを通してもらおうと思う。
「ここだよ」
「すごい人……というか誰でも見れる状態にしているんだね」
「それはねぇ……すごいものがあったら興味が湧くでしょ?」
悪魔を倒した剣というのは思ったよりも効果はでかい。一魔除けのジンクスとして捉えている人もいるらしく、一種のご利益スポットとしての訪れる人は多い。
「これが悪魔を倒した剣――」
【聖剣ホーリーセイバー(レジェンダリ)】はとある台に刺さっている。
聖剣ホーリーセイバーが刺さっている台のレアリティもSSSにしているから、絶対に台から取れることはない。
【筋力】のステータスがSSSもある僕が全力を出しても抜けることはなかった。だから盗む事はできない。
「ねぇアーク殿? 一つ聞いてもいい?」
「なんですかね」
「聖剣を囲うように張っているこのお湯みたいなのはなに……?」
「お湯みたいなのじゃなくて、温泉だよ。聖剣から取れる足湯」
「どうして!? これ世界を救ったすごいものなんだよ!? そんなすごいものを足湯って!! アーク殿は何を考えてんの!?」
そうこれは足湯。でもただの足湯じゃない。なんて言ったってこれは――
「――元々は温泉を作り出す魔法石だったんだ。ただのお湯って言ったけど、神聖力は宿しているから、もしやと思ったんだよね。結果として観光資源にもなるし皆の憩いの場になるし……一石二鳥だと思ったんだ。結果としては大盛況で僕も嬉しいよ」
「ちょっと待ってね」
「ん?」
リュミエールは何かを確かめるように手で足湯に触れる。
「これ聖水じゃん!」
リュミエールはすごく驚いた反応をした。でも昨日もお風呂に入った時と一緒なのに……どうしてなんだろう。
「んー、まぁ聖剣から出てるから……まぁほら、でも結果としては大盛況だし……!」
「アーク殿は大盛況で嬉しいかもしれないよ!? でも足湯って!! 発想が斜め上すぎるよ!!」
「そうかなぁ……男女問わず入れるから良いと思うよ?」
「というか、ラティもユリナも誰も止めなかったの!?」
「止めたけどアーク君がやりたいっていうなら仕方ないよね」
「そ、そうですね……でもそういう豪快なところは……りょ、領主っぽくて、良いと思います……!」
「それ二人とも本当は止めてないね!?」
「まぁまぁ、とりあえず細かいことは足湯に入ってから」
僕はリュミエールの肩を押す。
「分かったよ! 入るよ! 入ればいいんでしょ!」
リュミエールはしぶしぶ白のソックスを脱いだ。
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「決めた。私ここを聖地にする」
リュミエールは足湯に入って10秒後にそんな事を言った。
聖女は思った以上にダメ人間かもしれない。ユリナの姉であるハルカ風に言うならば『チョロい』というやつなんだろう。
「いいよね? もうここを聖地にしちゃう。聖地と言っても名ばかりかもしれないけれど」
「いやいや、そういうことはもっと慎重に決めなよ……」
リュミエールは冗談で言っているのかもしれないけれど、この世界において教団のお墨付きを貰うことの意味は大きい。
「私が決めたことじゃなよ? 神様が決めたこと」
「神様?」
「うん。神様」
リュミエールはなんの迷いもなく言い切った。
僕は神様なんてものは見えない。僕にとって見えないものは信じきれない。
でもリュミエールは僕に見えない何かを見る事ができるのだろう。ただ、それは信仰というよりは友情に近いかもしれないけれど
「少なくともこの街には愛と優しさが溢れてる。本音を言えば、たしかにご飯が美味しいとかもあるよ? でもそんな単純な話じゃない。私だって仮にも聖女。それくらいの矜持はあるんだよ」
「それに今のジャポリは限りなく理想郷に近いんだ。食事も安定しているし、天職にも困ることはない。平和そのもので争いもない……対して教団は寄付金なんてものを集めて自分だけが良い思いをするためだけの腐った根城。このジャポリの街の方がよっぽど神様が求めた世界だよ」
リュミエールはちゃぷちゃぷと足で水しぶきをあげる。それが小さな身体に相まって妙に似合っていた。
「私はこの街が好きだよ」
そこに何も意図がないと分かってしまったから。仮にもリュミエールは聖女だ。
彼女が望めば手に入らないものはない。自分の自由ですら家出という形で勝ち取ってしまう。そんな彼女が僕に嘘を言う利点は何ひとつない。
「良かった。ジャポリを好きになってくれて」
僕は嬉しかった。いつかリュミエールがジャポリに旅行に誰かと来るとして、
「アーク様! 大変です!」
「あれ? ハルカさん?」
ユリナの姉であるハルカが息を切らして僕の方に走ってくる。
ハルカの慌てている様子に只事ではない何かが起こっているのを悟った。
「隣国から軍を率いてこの街に向かってきています」
今、ジャポリの平穏は破られようとしていた。
僕は忘れていた。平和なことがいかに幸せなことだったのかを。