第40話 隣国の勧誘(カンユウside)
「許さない許さない許さないぃぃいいいいっ!!!!」
ジャポリの街の郊外の森で私、カンユウは叫んでいた。
「あのアークとかいうガキもリュミエールとかいう教会のガンも!! どいつもこいつも私をコケにしやがって! 許さない! 許さないぃぃいいい!」
リュミエール……聖女のジョブを持つ教会のトップに君臨した女に私は破門を受けた。これがなにを意味にするか。それはもう聖職者としての権限を全てはく奪され、神に選ばれているという誇りそのものを失うことを意味した。
つまり私は元聖職者……平民以下に成り下がったことと同義なのだ。
「しかしどうしたら、あいつらに復讐をできる……? どんな形でもいいから後悔させてやりたい……」
私はイライラのあまり、爪を齧っていた。無作為に噛んだ爪は不格好で不揃いの形になっていた。爪の形だけみたら浮浪者と言われてもおかしくはない。
「失礼。あなたがカンユウ卿でお間違いないでしょうか?」
私は声をかけられた。男の声だ。声をかけられた相手は高価な素材で作られていたであろう黒いタキシードを身にまとい、仮面を付けている。
この男に話かけられるまで私は気配を察知することができなかった。単純にイライラしていたのもあるが、この黒のタキシードを纏った男自身が気配を消す事に長けていたのもあるのだろう。
「誰ですかな? 申し訳ありませんが今は迷える子羊を救えないのです。私の神は今、大変機嫌が悪いのです。なので恨むならば神を恨んで下さい」
正直に言えば、その姿に不信感を覚えただけなのだが、今はそれどころではない。
「随分と無慈悲な神様なのですね……ですがカンユウ卿。私達はずっとあなたを見ていました。真に神の意向に沿えるのであれば、この手紙を読んでからでも遅くはないと思いますが」
そう言って黒のタキシードを纏った男は胸ポケットから一通の手紙を取り出す。
「これは?」
「私共が神に捧げるご挨拶……とでも言っておきましょう」
「ご挨拶、ね……」
私は強がりつつもほんの少しの不安を抱いて手紙を開く。
「なるほど……? つまり隣国の新たなる法王に推薦をしてくれると? しかし……どうして私に?」
「理由は簡単です。あなたは神の意向に沿って行動し……なによりも強欲だからです」
「強欲ですと……?」
私は強欲と言われ更なる苛立ちを感じる。強欲なんて聖職者と対極にあるような言葉だからだ。
「えぇ、強欲です。ただし良い意味で。だから適任者である事は間違いないのです。前から目を その欲のおかけで我々愚鈍な民に神の教えを説いているのですから」
「……続けなさい」
「しかし、これを受ければカンユウ卿は最高神官……いえ、法王になるのです。法王になればカンユウ卿の思うまま。どんな理想郷も作る事が可能になるのです」
「どんな理想郷も?」
理想郷――私はその言葉に心動かされずにはいられなかった。
「えぇ、どんな理想郷も、です。そのためには是非ともこの国の悪ある神を共に打ち倒しましょう」
私は黒のタキシードの男の言葉に受け入れる。自分の行動の正当性を見出すために。
「悪なる神……そうだな! 私の神は間違っていない。間違っているのはこの国が信じている神だ!」
結果的に私はかつて信じていた神を裏切ることになった。いや、もしかしたら最初からそんな神はいなかったのかもしれない。私の神以外は全て偽りだ。
「分かりました。受けて差しあげますよ……では案内をお願いしても良いですね」
「承知致しました。それでは行きましょう……我が帝国……クロイド帝国、その主、帝王様の元にご案内致します。ですがその前にこれをお受け取り下さい」
黒のタキシード渡してきたのは紅い宝石はめ込まれたブレスレットだった。
「これは?」
「これは紅魔晶のブレスレットでございます」
「紅魔晶……何故これを?」
従来の私であれば、魔に関するものであるから敬遠していたはずだ。だけど今は妙にその魅入られてしまう。
「我がクロイド帝国では紅魔晶とは力の証であるのです。故に我々の仲間という証と思って下さい。現に私も付けていますから」
黒のタキシードを着た男は腕を捲る。たしかに、私と渡されたブレスレットと同じものをつけていた。
「そうですか……それではありがたく頂戴しますね」
私は紅魔晶がはめ込まれたブレスレットを付ける。付けた瞬間から妙に力が漲ってくる。
「それでは、改めて向かいましょう」
そうして私と黒のタキシードを着た男は帝国に消えた。
この裏で起きた出来事が、後にジャポリの街との戦いの火種になったことは、この二人以外に誰も知ることはない。




