第32話 レアリティ再変更
『魔法石をレジェンダリーレアに変更しますか??』
レジェンダリーレア? なにかは分からないけれど、僕が戦える力を望んだことにより、レアリティ変更士が僕に力を授けようとしていることだけは理解ができた。
だとしたらレアリティ再変更を信じるしかない。
「レアリティ再変更」
『【魔法石(SSS)】→【聖剣ホーリーセイバー(レジェンダリ)】に変更しますがよろしいですか?」
「はい」
【魔法石(SSS)】→【聖剣ホーリーセイバー(LR)】
「これは……!」
球状に仕上げた魔法石は剣の形へと変化した。グリップも何もない。魔法石だけで構成された剣である。
今までは形と名前はそのままに、レアリティと強さだけが変わっていた。だけど今回は姿、形、名前、そしてレアリティ……全てが変わっていた。これはいったい……。
『おめでとうございます。魔法石の本来の姿を取り戻すことに成功しました』
「なんだその剣は……そんな神聖力……貴様! 力を隠していたのか!」
「隠していた訳じゃないんだけどね」
「シラを切る気か! だがそれでも状況は変わらん! 貴様の背後の民を犠牲にできるとは思えん!」
バフォメットは右手で球状の闇魔力の球を作る。明らかな悪意の塊。僕は魔力の球が放たれる前に剣を振るった。
「ぐ、ぐああああ! 我の腕が!」
バフォメットの腕を僕は聖剣ホーリーセイバーの神聖力だけで斬る。結果としてバフォメットの右腕は地に落ちた。
「お前を召喚したやつも救えないけれど、痛みくらいは分かったんじゃないかな?」
バフォメットは人間そのものを見下している。だから対価とはいえ酷いことを平気でするのだ。これで人間の痛みが分かるはず。
「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れぇぇぇえええ! 我を劣等種である人間と比べるなぁぁあああ!」
「まぁ……だよね」
分かってはいたけれど、やっぱり反省なんてしないようだ。
「くたばりやがれぇぇぇえええ!」
バフォメットは残った左手で闇魔力の攻撃をしてくる。圧縮された黒いビーム。
対する僕は【聖剣ホーリーセイバー(LR)】構える。剣に導かれるように僕はバフォメットに向かい剣を突き出し、
「これで終わりだ……ホーリーバースト!!」
「ぐ、ぐぁああああ!!!」
虹色の光が直線状にバフォメットを貫く。バフォメットは神聖力によって肉体が分解される。
「こ、こんな……劣等種ごときに……!」
そう言い残し、悪魔を象徴する角だけが地面に落ちる。勝った。僕達は悪魔に勝ったのだ。
「はぁ……これじゃあお風呂場がめちゃくちゃだ」
幸いなのはお風呂が男湯の露天風呂だったこと。もしも室中にお風呂を用意していたなら屋敷で働いてくれている人にも被害があっただろう。それに今更だけど女湯だったらきっと色々な意味で大変だっただろう。
「アーク君!」「アーク様!」
「ラティにユリナ……? それにみんな……」
ラティとユリナは目に涙を浮かべていた。2人は大きく息を切らしている。ここまで走ってきたくれたことが嬉しい。特にラティは体力がないのだ。少し無理をさせてしまったことに申し訳なさを覚える。
「勝ったんだね……アーク君は英雄だよ……」
「ははは……英雄は言い過ぎでしょ」
別に僕は人類を救いたいとか、魔王を討伐する勇者になりたいとか、そんなことは思っていない。僕の手が届く範囲の、僕を大事に思っている人達の幸せを守りたいだけなのだ。
「本当は心配で仕方なかったの。頼むから無理だけはしないで」
「ごめん。心配かけて」
「ううん。私こそごめんね。だってこれは私のわがままだから」
ラティは泣きそうな顔をしながらも笑いかけてくれた。ラティを心配させないようにもっと強くならないと。
レアリティ変更で新たにレジェンダリーレアが追加されたのだ。まだ扱うには時間がかかるかもしれないけれど。努力すれば必ず使えるようになるに違いない。
「領主様……少しよろしいでしょうか?」
ユリナに似た顔立ち、そして長い銀髪の少女が僕に話かけてきた。
「ユリナのお姉さん……?」
「ハルカとお呼び下さい」
「僭越ながら私も領主様のお手伝いをさせて頂けないでしょうか?」
ハルカは僕に頭を垂れていた。ユリナの姉にそんなことはさせたくない。
「ハルカさん。頭を上げてください」
「いえ、そう言う訳にはいきません。もしも断られたら、私は住む場所もなく妹と離ればなれになってしまいます。道中はモンスターもたくさんおりますし。あぁ……ダメだと言われたら絶対に死んでしまいます。もう間違いないです」
「いや、まだ何も言ってないんだけど!? それに……もしも行くあてがないなら、こちらから提案していました。ユリナも喜ぶと思うので」
僕はユリナの方を見る。ユリナは泣いていた。でも悲しい涙ではなく、嬉しくて泣いている。今後の姉妹の時間を取り戻せるように僕も少しばかりではあるけれど頑張りたい。
「アーク様……ありがとうございます……!」
「そうですか……私からもお礼を言わせてください。本当にありがとうございます。ここまでユリナのことを思い遣って頂けるなんて私は感謝をしてもしきれません」
「別にそれくらい大丈夫ですよ」
「アーク様。申し訳ありません。私の失礼をお許し下さい」
ハルカは僕の頰に近づき、
「っ!?」
「これは私のほんの気持ちです。失礼だと思いますが広い心で許して下さい」
ハルカはイタズラっぽく微笑む。これってキス……? なにか柔らかくて温かい……いや、感触を思い出すと恥ずかしくなってくる。
「ちょっと!? なにやってんの!?」「お、お姉ちゃん!?」
「え? なにってキスだけど」
「い、いくらお姉ちゃんでも許されないよ……?」
「え? 嘘……まさかキスもまだなの……?」
「「「まだだよ!」」」
こうして今回の事件の幕は降りた。修理は大変だろうけれど、明日から改めて温泉事業を頑張りたいと思う。みんなの笑顔を守るために。
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「クソっ! なんだあの化け物は!!」
我、キーチクはバフォメットが敗北した事を悟った後、帰還スクロールを使用して闇商人の拠点に帰還した。右腕を犠牲にしたのにあのアークを殺せなかった! 右腕ではない! バフォメットを召喚したせいで身体も瘦せこけた。これでは闇商人としての威厳も失ったことと同じだ。
それに帰還スクロールは高価である。帰還に用いるための魔力の要求量が桁違いなのだ。だから普通に作成しようとしたら金貨1000万は下らない。|普通に作成しようとすれば≪・・・・・・・・≫。
「これでは奴隷500人も無駄にしたようなものではないか!」
生命力を魔力に変える禁呪を使って作ったのだ。
奴隷の命などどうでもいいが、これをまた作るとなると金がかかる。それに3号も失った。ただの奴隷に変わりないのだが、それでも無駄になると腹が立つ。
昔、露店で買い物をした時に、滑り落ち、転がり消えたコインのように。大したものでなくとも意味もなく損失になるのは憤りを感じるのだ。
「ええい! 五月蝿い!!」
地鳴りのような音が周囲に響く。ただでさえ大きな損失と無駄に出費で苛立ちが抑えきれないのに。
「なんだ。この音」
どんどんと大きくなる地鳴りに不安感を覚えながら我は窓の外を見る。目の前にモンスターが突っ込んできた。もちろん驚いたが同時に我の命を貪ろうとしていることだけは理解できた。モンスターの精神を操作した反動なのだろうと。
「死にたくな」
それが我の最期の言葉となった。言い切ることすら叶わずに。