第2話 ただの木の枝じゃないの!?
第四王女であるラティ・カーバンクルは僕の幼馴染みだ。身分の差はあるけれど、僕にとって大切な人だ。
どうやらラティの近くにいる王女護衛隊はワイバーンにやられて戦闘不能に陥っているようだ。
ワイバーンはブレスをチャージしている。確実に命を刈り取る高エネルギーの波動。その熱気がワイバーンとの距離がある僕ですら伝わる。
このままでは、僕の大切なラティが死んでしまう!
「ラティ――!!!」
「あ、アーク君?」
「逃げるんだ!!僕が時間を稼ぐから!」
僕はワイバーンに対峙する。怖くて心が折れそうだ。でもここで逃げたら天国のお母様に顔向けなんてできない。
僕は近くに落ちている木の枝を拾う。まずはワイバーンのヘイトをこちらに向けなければ。
「おい!! こっちだ!!」
頼む! なんでもいい!! 僕に第四王女を守る力をくれ!!
『ジョブスキル:レアリティ変更が発動します』
【ただの木の枝】→【ただの木の枝(???)】
頭の中で何かが表示された。でも今はそんなことを気にしている場合じゃない!
「ダメ!! アーク君止まって!! 今は逃げて!!」
ラティは僕に気づいて、大きな声で静止をかける。静止をかけている場合じゃないだろ! ラティが生き残るためには、僕に気にせず逃げる事のはずだ!
ワイバーンは再びブレスをチャージしている。
まずはラティの方向に向かないよう左右に分散するように動こう。だとしたらこのスキルが有効のはずだ。
『初級剣術スキル:ヒットアウェイ』
剣術スキルの基礎の基礎。
火力はないけれど、生存に重きをおいたこのスキル。特に対モンスター相手に気を引くだけならば有効だ。生きてさえいればチャンスは巡ってくるかもしれないんだ。
「うおおおおおおっ!」
とはいえ僕が持っているのはただの木の枝だ。
当たり前の話。木の枝では鉄を打って作成した剣を折る事はできない。剣で木の枝を斬ることはできても逆はない。せいぜい引っ搔き傷ができるくらいだ。
そして残念ながら木の枝よりも強固な鉄の剣ではワイバーンの鱗に傷をつけることはできなさそうだ。
その事実を証明するようにラティを守護していた王女護衛隊の近くには剣の切っ先が折れて転がっている。
しかも王女直属の騎士団の装備となれば、鉄の中でもより優れた鉄を素材として使っている。こんな木の枝でワイバーンの気を引ければ万々歳なのだ。
でもいい。これで攻撃をお腹の辺りに当てて気を引いて……、
『GUAAAAA!』
「え……?」
僕の初級剣術スキルでワイバーンは真っ二つになった。
「うそ……アーク君。あのワイバーンを木の枝で一撃なんて」
ラティは僕を驚いたような目で見る。
いや、驚いているのは僕の方だ。
辺りを見渡すとラティの護衛達もキョトンとしていた。だってワイバーンが木の枝で絶命したのだから。一体何が起こったのだろう。
しかしハッと我に返ったように一人の長い銀髪の女騎士が僕の元に駆け寄り頭を下げた。
「第四王女護衛騎士隊長エリザがザマール公爵家三男アーク様にご挨拶申し上げます」
「あ、エリザさん。ご無事ですか?」
エリザさんはラティの護衛の騎士で、僕が小さい頃からラティの護衛をしている。そのせいか、一緒に遊ぶ僕のことも良くしてくれた。僕にとっては少し歳の離れた姉のような存在。
「はい、なんとか……アーク様、この度は助かりました。さすがは【剣聖】の御子息。まさかあの強大なワイバーンを木の枝で一振り、しかも初級スキルで倒すとは……アーク様はまさしく稀代の天才でございますね!」
「やっぱり、アーク君はすごいね」
ラティは頬を赤らめている。うっとりとした目で僕を見ているのは僕の気のせいだと思うけれど、僕はこの二人に正直に言わないといけないと思う。
「えっと、実は……僕は【剣聖】じゃないんですよ」
「は……? いや、そんなまさか。先程ただの木の枝でワイバーンを一振りで倒されていた訳ではありませんか?」
僕はエリザさんに【剣聖】ではなかったこと。そのせいで公爵家から追い出され、公爵が所有している……王国内でも極東の地に追放されことを説明した。
僕が説明している間、エリザさんは拳を震わせていた。僕が一通りの出来事を話し終えると、
「そんな馬鹿なことがありますか……!」
エリザさんは小さく呟く。エリザさんは僕のために怒ってくれた。エリザさんが持つ綺麗な赤い瞳が怒りで染まっているようにも見える。
いっそのことエリザさんが姉だったら良かったのに。そんなことを思ってしまうくらいにはエリザさんは優しい人だ。
エリザさんは再度一礼すると、
「はぁ……失礼致しました。この件、私からも現国王陛下にご報告致します。申し訳ありませんが、速やかに騎士団の復旧と現国王陛下にご報告をしなければいけない関係上、ラティ王女様をお守り頂けないでしょうか?」
「エリザ。負傷した騎士の手当てと、もしも死者が出た場合は手厚く弔うようにしなさい……見た感じ死者はいなそうではありますが」
「ラティ王女。かしこまりました。それにしてもワイバーンを一撃で倒せるほどの実力を持つアーク様がラティ王女をお守り頂けるならば、私も安心してこちらの業務に専念できますね。すぐに終わらせますので、アーク様、何卒宜しくお願い致します」
「あ、はい。それは大丈夫ですけど」
「それでは失礼します」
エリザさんはそう言うと、かろうじて立ち上がった騎士達に指示を出して、この場を去っていった。
その後、ラティは僕に頭を下げていた。
「アーク君。私からもお礼を言うわ。この度は本当に助かりました。この件、エリザと同様にお父様にご報告致します。勿論、良い意味で」
「う、嬉しいけど、なんかいつもと違うとやりにくいな」
「やっぱり? 実は私もアーク君の前だと違和感しかないんだよね」
ラティは頭をスッと上げるとサファイアのような青い瞳をイタズラっぽく細める。
首に触れる長さしかない短めの金髪と青い瞳はいつ見ても綺麗だと思う。彼女の良いところは見た目以上に内面も美しいことだけど。
ラティは僕をチラチラと見る。何か気になることでもあるのだろうか? というか、僕の方が気になって仕方がない。
「どうしたの?」
「一つ聞いてもいい?」
「うん。いいけどどうしたの?」
ラティは大きく息を吸うと、カッ! と目を見開いて早口で捲し立て始める。
「アーク君が持ってる【ただの木の枝(SSS)】ってなに!? 本来SSSレアって神話級アイテムじゃない!? 【ただの木の枝】なのにSSSってどういうこと!? どうしてそんなの持ってるの!!?」
「え? これ、ただの木の枝じゃ……」
「違うわよ! これはこの世界に五つしかないレアリティ……SSSレアのものよ! そんなに雑に扱えるものじゃ……」
「ごめん。レアリティってなに?」
ラティは『しまった』と言わんばかりの顔をしている。
「ご、ごめん。今の忘れて」
ラティは手を合わせる。友達が接しているような言い方で忘れてとお願いをする。
でもダメだ。ラティがレアリティというものを知っているのなら……どんな些細なことでも良いから聞きたい。僕の人生がかかっているから。
「ラティ。お願いなんだ。レアリティってなにか知っているなら教えてほしい。僕が授かったジョブに関することなんだ。僕は一生、このジョブと過ごさないといけないんだ」
多分、こんなにラティに真剣にお願いをしたのは生まれて初めてかもしれない。事実、ラティは僕の懇願にたじろいでいる。
「う、ううっ……!」
「僕はこの力の事を知りたいんだ。ダメかな……ラティ?」
「……仕方ないか」
ラティは諦めたように溜息をついた。
「たぶんなんだけど……」
ラティは前置きをして真剣な眼差しを僕に向ける。
そして――。
「アーク君のその力は、とても強い力を持っている。たぶん、剣聖なんかよりも、ずっと」
はっきりとした口調で、そう告げたのだった。




