盟は失えど縁は変わらず
砂と岩ばかりの荒野に、何らかの残骸らしき物体が無数に散乱していた。
残骸の色は、いずれも鉄そのもの。飾り気などまるで感じられず、ただひたすらにそうあるべきを追求したようなデザインと言えた。
よくよく観察してみれば、これらの残骸は複数の人型が破砕したかのような形をしている。だが、誰が何のために、そのような行いに走ったのか。
その答えは簡単だ。荒野に散乱する残骸の中央部。そこには一人の少女が倒れ込んでいた。この場の残骸達に与えられた役割は、彼女を極限まで消耗させる事だったのだ。
「ハァッ......ハァッ......!」
指一本も動かせないほどの疲労、魔力を魔法に変換出来ぬ程の消耗。荒野に倒れ込んだマルティナは、これ以上無い程に全てを出し切っていた。
魔力感知を持つ者がこの場を観察すれば、いずれの残骸にも大した魔力は宿っていない事に気が付くであろう。そして、マルティナの消耗具合。これがもし実戦であれば、マルティナは敵本体かさらなる残骸の応援によって命を落としていたに違いない。
しかし、マルティナの顔には焦りも絶望も無かった。あるのは限りない悔しさと、己の未熟を自覚した羞恥だけ。
それもその筈だ。なぜならマルティナは、望んで荒野を訪れたのだから。この限界を引き出す訓練を通じて、あらためて相手の力量を思い知ったのだから。
「兵を失った敗残の将が、苦し紛れの戦いを敵軍に挑む。名誉を守るためなら立派な死に様だと評価したい所だが、それは君の望むべき散り際では無いのだろう?」
倒れ込むマルティナに、ゆっくりと近付く影がある。
桃色に近い赤毛にゴシック式の軽装鎧。その身から発せられる魔力は、万全のマルティナを容易に超えている。
一度は悪魔殺しと敵対し、二度目は悪魔殺しと共闘を果たした魔王。凡百のハプスベルタが、楽し気な様子でマルティナを見下ろしていたのだ。
「当たり前でしょ。悪魔殺しは百人しかいない人類側の特記戦力。例え世界の命運を分ける戦いであったって、適当な少数戦で使い潰していい戦力じゃないわ」
どうやら消耗はしていても、言い返す元気は残っているらしい。マルティナはハプスベルタを睨みつけながら、この惨状とは全く異なる理想を口にした。
「分かっているじゃないか。なら、私との指揮訓練に破れておきながら、おめおめと逃げ帰らなかった理由はどこにある?」
「簡単よ。次の戦場は、逃げる事が許されない。私達が逃げる程に、世界は失われていくんだから......!」
マルティナがハプスベルタとの訓練で想定していたのは、次なる戦いであった。
大都市圏に魔王が顕現し、おまけに相手は創造魔法で生み出した世界を引っ張り出している。率いる兵は、いずれも使い魔なんかとは比べ物にならない大戦力。そして、悪魔殺しが退けば退くほど、現世という世界は存在を別世界に塗り替えられていく。
例え敗北しようとも、これ以上に世界を奪われる訳にはいかない。自分の命すら使い潰して、魔王の侵略を抑え込む。そういった想定を自分に課して、マルティナはハプスベルタとの訓練に臨んでいたのだ。
「あぁ! そういえば、夢の魔王が世界を引っ張り出したなんて言ってたな! まったく、君達の周りは愉快が尽きない。今も同盟が有効だったなら、私も喜び勇んで戦場に馳せ参じたというのにな!」
訓練こそ喜んで引き受けてくれたハプスベルタだが、すでに彼女自身は日本を後にしている。
ダンタリアがハプスベルタに結ばせた契約は、あくまでも名誉の魔王を討伐するまでの同盟。それが終わってしまったのなら、今度は彼女が悪魔殺しから狙われる標的となる。
そのため悪魔殺し達が気付いた頃には、ハプスベルタはダンタリアの手で日本から脱出していたのだ。
本気を出したダンタリアに掛かれば、追跡など出来る筈がない。こうしてハプスベルタは姿を消し、残る繋がりは翔が受け取った謎の招待状だけになる筈であった。
しかし、魔力感知を持つマルティナは、ハプスベルタとの繋がりが完全に失われた訳では無いと気付いていた。いつぞやダンタリアが用意してくれた訓練のための異空間。その入り口が、いまだに機能していた事を把握していたのだ。
新たな魔王の出現に頭を痛めながらも、異空間の確認を棚上げする訳にはいかない。そうして異空間への移動を行ったマルティナは、彼女の侵入に気が付いたハプスベルタの合流によって異空間が機能している事を知ったのだ。
「調子の良い事ばかり言って。あなたが同盟も無しに現れたんなら、即刻討伐の対象に決まってるでしょ?」
翔の創造魔法が準備を終えるまで、マルティナには自由に動ける時間が生まれている。本来なら十字教の本部に問い合わせて夢の魔王の情報を得たり、師である大戦勝者に記憶を掘り起こして貰うのが最善であったのだろう。
だが、ごく短期間とはいえ戦いを離れていたハプスベルタが、訓練という名目で戦える機会を逃す筈がない。
あれよあれよとハプスベルタに言いくるめられ、マルティナはいつぞや行っていた集団戦の指揮訓練を開始。そうしてコテンパンにしてやられ、最後には砂だらけになって荒野に転がされている訳だ。
「だけど、ここまで無防備な魔王が近くにいても、君は殺気どころか敵意すら向けない。先ほどの発言と矛盾しているんじゃないかい?」
すでに同盟は終わり、マルティナを見下ろすのは、人魔大戦で顕現せし邪悪な魔王に過ぎない。本来なら訓練など話半分で無視してしまい、隙を見せた所で不意打ちなどを実行するのが理想であった筈だ。
だが、マルティナは非道に走らなかった。ただひたすらに自己の研鑽に励み、何なら魔王相手に消耗という隙すら見せていた。
「うっさいわね! ここであなたに手を出した所で、返り討ちに遭うのは目に見えてる。それに、せっかくなら技術を奪い尽くしてから踏み台にする方が、お得でしょうが!」
「くっ! くくっ! 魔王を相手にそこまで強く出られるのは、君の強さであり欠点だよ。まぁ、師と讃えられて悪い気はしない。精々存分にしゃぶりつくすといい」
ハプスベルタはそんなマルティナの大敗を笑う事はあっても、彼女のの命を奪おうとはしない。
マルティナもまた、ハプスベルタの討伐など微塵も考えていない。
そんな事をしてしまえば、二度と訓練は実行出来なくなる。話が通じる側の魔王に繋がるパイプを、完全に失う事となる。だからマルティナは手を出さない。この場におけるマルティナとハプスベルタは、単なる師と弟子に過ぎないのだ。
「これだけ消耗していたら、どうせ後はベッドに倒れ込むだけね。ねぇ、ハプスベルタ。あなたって夢の魔王に詳しい?」
訓練では大敗し、言い争いでもケチを付けられた。もうすでに恥の上限は超えていると考えたマルティナは、開き直ってハプスベルタに問いかけた。
「ハハハッ! いつもなら図々しいと一笑に伏す所だけど、訓練での散り際は見事だったからね。せっかくだから継承殿の真似をして、一度だけ質問に答えてあげるのも一興か」
そして、マルティナは賭けに勝った。
ハプスベルタの表情にあるのは、ワガママな子供を仕方ないと見守る母の顔。少なくとも不満の色は欠片も無く、無礼だと切り捨てられる可能性はゼロのようだった。
「っ! じゃ、じゃあ_」
マルティナが質問を口にしようとした時だった。
「ただし、私が知らなかったり分からない内容の質問は、そのまま分からないと口にするつもりだ。もちろん質問もそれでおしまい。故に、じっくりと悩んだ方がいい」
「っ!?」
ハプスベルタの追加した条件は、マルティナの声を遮るには十分な内容だった。
ハプスベルタは戦いを愛する剣の魔王。特に接戦とジャイアントキリングを愛しており、そのためなら多少のテコ入れを苦笑いと共に受け入れてくれる度量を持っている。
今回の気紛れも人類側に大きな不利が付けられているからこそ、楽しい戦いを望んで許可してくれたのであろう。けれど、ハプスベルタの発言によっては、有利と不利は覆る事になる。何なら人類側が夢の魔王陣営を、苦も無く討伐してしまう可能性だってあり得る。
故にハプスベルタは条件を付けた。分からないものには、素直に分からないと発言すると。これは裏を読み解けば、あまりにも夢の魔王の確信に迫る質問をしようものなら、分からないで切り捨てるという忠告とも取れた。
だからマルティナは口を閉じた。下手な質問は、この気紛れを台無しにしてしまう事に気が付いて。
「ほら、何か思い付いたんだろう? 遠慮せず、口に出してみるといい」
そう言って発言を促すハプスベルタであるが、その目は先ほどと違って笑っていない。まるでマルティナを試すような、戦士としての度量を推し量るような目に変わっている。
下手な発言は、機会の喪失に繋がる。かといって質問が遅れるのも、後日まで待って欲しいと提案するのも悪手だ。そんなものは即断即決が求められる戦士には程遠い。何ならハプスベルタを失望させ、この訓練の機会すら喪失する恐れがあった。
「......」
だからマルティナは考える。ハプスベルタが気に入るであろう答えを、必死に頭で構築していく。
そうして永遠にも感じられる刹那が過ぎ、マルティナは再び口を開いた。
「夢の国が抱える兵力。それを教えて」
「......なるほど」
ハプスベルタがニヤリと笑う。戦いに赴くのであれば、まともな戦士なら彼我の戦力差を把握するもの。マルティナの導き出した質問は、剣の魔王を納得させる事に成功するのだった。
次回更新は4/13の予定です。




