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96話 5月5日 三人のお茶会。

 ディアナは、寮の食堂でファルシナと一緒に夕食を取ると、そのまま彼女を自分の部屋へと誘った。

「ぜひ! 行きたいです!」

 きらきら笑顔でうれしそうに言うファルシナに、多少の罪悪感を抱きながら、ディアナは食堂を出て自分の部屋へと歩き出す。

 そこへ、悪役令嬢三人組が歩いて来た。ディアナたちの動きをうかがい、タイミングを見計らっていたように思える。ディアナが小さく身構えていると、ベアトリスがすっとすぐそばまで寄って来た。

「―――――きちんと確認してくださいね。サルーイン様」

「……ええ」

 ディアナの返答を聞き、納得したのか、ベアトリスたちはあっさりと立ち去った。

 その時、だれ一人として、ファルシナと目を合わせようとはしなかった。

「………何かありましたか? ディアナ様」

 小声で尋ねてくるファルシナに、ディアナはしゅんと肩を落とす。

「はい…。実は、今日はそのことで部屋にお誘いしたんです。あの、……申し訳ありません」

 せっかく喜んでもらっていたのに、と思いつつ頭を下げれば、ファルシナがいいえ、と笑ってくれる。

「どんな理由でも、誘っていただけてうれしいです」

 花のような笑顔で言われれば、ディアナもうれしくて笑ってしまう。

「ありがとうございます。わたしも、ファルシナさまにお部屋に来ていただけてうれしいです」

 そう答えながらファルシナを見れば、こちらを見ていた彼女と自然に目が合うと、ふふっ、と互いの口から笑みがこぼれた。

「あ、先にわたしの部屋に寄って行ってください。ちょうどおいしいお菓子があるんです!」

「わあ~本当ですか? 楽しみですっ」

「ええ、おいしいですよ~。なんせ、王宮御用達の商品みたいですから」

「それは……。わたしが食べてしまっていいのでしょうか?」

「いいんです。殿下も、みんなで食べるといい、とおっしゃっていましたし」

「そーですかぁ…」

 どうやらファルシナは、某王太子殿下のプレゼント攻撃に合っているらしい。

 ……他の男性はともかく、カーサ殿下だけは、着実に…というか確実に? 攻略していってるよね、ファルシナさま…。まあ、こないだ生徒会室で見たかぎりでは、ファルシナさまがというより、カーサ殿下がファルシナさまを攻略しようとしているようだけれども。だからこそ、事態が複雑になるというかー…。

 もんもんと考えつつも、ファルシナの部屋にいったん立ちより、大きなかごいっぱいに入ったお菓子を入手してディアナの部屋へと向かう。

 かごを持つのは、ファルシナのメイドだ。

 ディアナたちよりも多少年上に見えるその女性は、よけいな口を一切はさまず、今も、ファルシナの言うがままに、しずしずとディアナたちの後ろを歩いている。

 ……おお…! ファルシナさまが伯爵令嬢っぽい…! いやいや、本物の伯爵令嬢さまだよね、ファルシナさまは。

 そんなことを思いつつ、ディアナの部屋の前へ来たので、メイドからかごを受け取っていると、そのうしろに、見慣れた姿があった。

「あら…?」

 ディアナが小さく声をあげると、その人物もこちらに気づいたらしく、うれしそうな笑顔を向けられた。

「まあ…、ディアナ様、ファルシアン様。こんばんは」

「こんばんは。アルテアさま」

「こんばんは、アルテア様。今、お帰りになったのですか?

 アルテアと、そのうしろに控えるガーナが、うすいストールをはおっていることに気づいたファルシナが尋ねる。

「ええ。今日は、夕食も王宮でいただきましたから」

「そうでしたか」

 おそらく、食堂が閉まる時間を心配したのだろうファルシナが、安心したように息をつく。

「お二人はどうなさったのですか? そのお菓子は…?」

 ディアナが抱えている、大きなかごの中に、めいっぱい詰め込まれているお菓子を見て、アルテアが目を丸くする。

「これは…、たくさんいただいたので、ディアナ様にも召し上がっていただこうと思いまして」

「そうでしたか。そこのお菓子はとてもおいしいですよ。わたしも好きです」

「………」

 どうやら、アルテアも知っているお菓子らしい。いったいどこで知ったのか。シャブリエ公爵家でもよく買い求めるものなのか、それとも王家のお茶会で出されて知ったのか………。

 ……後者だと、今、ちょっときまりが悪い。……いや、別にだれが悪いというわけではないんだけれども。

「これから、ファルシナさまとお茶会をするんですけれど……、よろしかったら、アルテアさまもご一緒にいかがですか?」

「えっ、よろしいのですか?」

 もはやこれは、お誘いする流れだな。と思ったディアナが、サーフィンのごとく波に乗ってみると、アルテアがうれしそうに顔のところで手を合わせた。

「はい、もちろんです。アルテアさま、ファルシナさま、どうぞ中へお入りください」

 ドアを開けて二人を促すと、アルテアは、ガーナに目配せをする。するとガーナは、「かしこまりました」と小さく答えて立ち去った。おそらくアルテアの部屋に戻るのだろう。

「どうぞ、お座りください」

 入室した二人にソファに座ってもらい、テーブルにかごを置くと、ディアナは簡易な給湯室へ向かい、お茶の用意をする。来客用ではないけれど、先日おいしいお茶を買っておいたので、それが役立ちそうだ。

 茶葉を入れたポットにお湯をそそぎ、部屋へと足をふみいれると、ファルシナとアルテアの二人は楽しそうに会話をしていた。

「わあ、いい香り…! フレーバーティですか?」

「はい、ラズベリーティーです」

 甘い中にほのかな酸味をただよわせるその香りが気に入ったのか、ファルシナが大きく息を吸う。

 ディアナは問いに答えながら、ポットを手にして、あらかじめ温めておいたティーカップに、とくとくと濃いめの赤色をしたお茶をそそぐ。

「どうぞ」

「ありがとうございます」

「ありがとうございます。ディアナ様」

 アルテアとファルシナの前にカップを置き、そして、自分にも用意する。

「では、いただきましょうか」

「はい、いただきます」

「いただきます!」

 アルテアがつつましやかな、ファルシナが元気な声をあげる。

「おいしいです!」

「ほんとうに」

「ありがとうございます」

 ……性格出るな~。

 同じ意味なのだけれども、やっぱりファルシナが元気に、アルテアがつつましく感想を口にするので、ディアナはちょっと楽しい気分になった。

「ところでディアナ様。わたしにお話とは?」

 ファルシナが、さっそく本題に入る体制を見せた。

 ……早っ。ファルシナさま、けっこうせっかちさん?

 すこしの間、お菓子を楽しみたい気持ちもあったけれども、ディアナからは切り出しづらい内容でもあるので、ここはありがたく本題に入っておこうと思う。

「実はですね……、お昼過ぎに、ベアトリス・エトフォートさま、シーラ・バンニングさま、イルマ・ダントンさまがお部屋を訪ねていらして……」

「…えっ…! そ、それでっ?」

 ファルシナがあせった様子を見せながら、続きを促してくる。

「はい…、実はその…。ファルシナさまの交友関係についていろいろと言われました…」

「た、たとえば、どのようなことをっ?」

「その……。わたしは誤解だと思うのですけれど、婚約者のいる殿方に馴れ馴れしくしていらっしゃると、おっしゃっていました」

「!!!」

 ファルシナは、大きく目を見開き、ひっ…、と引きつった声をあげた。

「だ、大丈夫ですか? ファルシナさまっ」

 ディアナは、向かいの席から立ち上がり、ファルシナの傍へと向かう。

 ファルシナのとなりに座っていたアルテアは、ファルシナの背中にそっと手を添えた。

「ファルシナ様、ディアナ様もおっしゃっていましたが、わたしが見たかぎりでは、そのようなことはないと思います」

「そうっ。そうなんですっ! ……ですが、お三方の……特にエトフォート様とダントン様の誤解が激しくて………バンニング様は、ほとんど何もおっしゃらなかったんですけれど……」

「バンニング様は、無口な方ですから」

「そうなんですか…」

「あ、あの…、ディアナ様…。具体的に殿方のお名前はあがったのでしょうか…?」

 浅い息をしながらも、ファルシナに問われ、ディアナは具体的な名前を挙げる。といっても、結局ゲーム『イリュージアの光』の攻略対象者全員なのだけれども。

「………うわぁー…」

 名前を聞いて、がっくりとうなだれるファルシナ。アルテアは、「まあ…」と小さく驚いた。

「マッスーオ様とは同じクラスですけれど……、ファルシナ様と仲良くされている印象は、まったくありませんねえ……むしろディアナ様を気にかけていらっしゃるとは思いますけれど……」

「は?!」

 ちろり、とディアナを見ながら、何やらあやしい言葉をつむぐアルテア。

 それまでは、外野にいたはずなのに、突然当事者にされたディアナがあせりの声をあげる横で、ファルシナが言う。

「あ! わたしもそれは思います。マッスーオ様、ディアナ様にやさしいですよね!」

「ええっ!? ま、待ってくださいっ。わたし、マッスーオ様にやさしくしていただいた覚えなんて………あ」

 否定しようとしたところに、そういえば、前にお茶もらったな、と思い出してディアナが固まる。

 ………えっ。でもあれって、ただ、小鳥事件で落ち込んでるわたしをはげますために……、え、でも、ゲームのヒロインは、レダンのお茶とか、薬草に対する知識を褒めちぎった結果、お茶をもらえたりするんだけれども、わたし、そんなこと一切してない……。性格的にも、そんなに親しくない女の子に、いきなりお茶をあげたりしなさそうだし………。

「……思い出されました?」

「はい………」

 アルテアにいい笑顔で問われ、ディアナはしぶしぶうなすいた。

「マッスーオ様は、よくも悪くもディアナ様に関心をお持ちになっているようですね。魔法の授業の時は、いつも同じ属性のディアナ様と張り合っているようですし」

「えっ?!」

 アルテアの言葉にディアナが驚くと、ファルシナが目をまるくした。

「えっ。もしかしてディアナ様、気づいていらっしゃらなかったんですか? わたしはてっきり、マッスーオ様は、ディアナ様をライバルと認めていらして、そのライバルが理不尽な目にあったから、ディアナ様のうしろには自分もついているのだとまわりに示すために、皆さまの前で、ディアナ様にお茶の差し入れをなさったのかと思っていました」

「わたしも、ファルシナ様と同意見です」

「………そ、そうだったんですかー…」

 あのお茶に、そこまでの意味が込められていたとはつゆ知らず、ディアナはふひー、と息をつく。

「では、マッスーオ様にお礼をしなければいけませんね」

「あら、それは必要ないと思いますよ、ディアナ様」

「そうですよ。お茶をいただいた時に、きちんとお礼をされていたじゃありませんか」

「そ、そうですかね…?」

「ええ。むしろ、あまり蒸し返さない方がいいかもしれません」

「……わかりました」

 幼少のころからレダンと交流があっただろうアルテアが言うのだからまちがいない、とディアナは思った。

次回のタイトルは『攻略対象者たちとヒロイン。』で~す。


ディアナ「……なのにどうしてこんな話に~っ?!」

アルテア「それはほら……」

ファルシナ「ねえ?」

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