95話 5月5日 悪役令嬢VS悪役令嬢?
ゲームの内容を思い出し、ディアナが息を飲んでいると、イルマがニヤリと笑いながら言った。
「あの方、エンノルデン様が視界に入ると、何かとちらちら見ていらっしゃいますのよ」
「………」
……いや、ちがった。ていうか、それだけ?
言いがかりにも近い意見に、ディアナがあきれる中、婚約者のシーラがむすっと口をとがらせた。彼女もイルマと同じように思っているのだろう。剣呑な空気の中、さらにベアトリスが口を開く。
「それをおっしゃるなら…、あの方、レダン様のことも、よく見ていらっしゃる気がします」
「まあ…! マッスーオ様まで? …まったく、一体何人の男を手玉に取ろうとしているのかしら、あの方は」
「本当に…!」
「いっそ、数えてみましょうか。えーっと、まずカーサ殿下にマッスーオ様、エンノルデン様にフィクトル様、そしてヨハンネス様………ああ、マリス・レスタンク先生とも親し気にしていらっしゃいますわね。それに…、女性とは一定の距離を置いているライル殿下とも、よく会話をされているみたいだし」
……あー…。けっきょく攻略対象者全員の名前が出ちゃったよ…。
ディアナが心の中で頭を抱えていると、ベアトリスが甲高い声をあげる。
「まあ…! 教師やライル殿下にまで…! なんて節操のない方なのかしらっ!」
わなわなと肩をふるわせ、怒りに震えるベアトリスだったけれど、ディアナはその沸点がどこから来るのかがわからない。
……そもそもさ、マリス先生には婚約者がいないんだから、フリーのヒロインが親しくなったとしても問題ないんじゃないかな? この世界では、男女とも十五歳から結婚できるわけだし。もちろん、大人と十八歳未満の子供がいたしても、罰せられるような条例もないしね。それに、みのるライルもまずないない。なんでかって聞かれると、ただの勘だけれどもね?
「これは、とても許せることではありませんわ! そうは思いませんこと!? サルーイン様っ!」
「………」
ますますヒートアップするベアトリスを、遠い目で見てしまうディアナ。
……いやあ…。問題を大きくしてるのはそちらさんでは……ていうか、そもそも問題が存在しない気が……。
ベアトリスからすれば、レダンと他の女の子が仲良くするのは問題なのだろう。だがしかし。
……ファルシナさま、見たかぎりでは、マッスーオさまとはほぼ接点がないような気がするんだけれども…?
「エトフォート様、ここだけの話ですが、わたし、オランジュ様の本命はマッスーオ様かもしれないと思っています」
「! やっぱりダントン様もそう思われますか?! そうですよね、わたしもあの方、何かとレダン様のことを見ていると思っておりました!」
……えー…。そうかなあー………。
ディアナが首をかしげていると、どうやら怒りが頂点に達したらしいベアトリスが、大きな声で叫んだ。
「オランジュ嬢…、世間知らずにも程がありますわ! ここは、彼女よりも上位貴族のわたしたちが、淑女のあり方というものを教えて差し上げないと!!」
………いやー…、廊下でどなるあなたも、淑女というにはー……。今ここにマナーの先生がいたら、まちがいなくお説教されまくりますよー。
手厳しいマナー教師の吊り上がった目を思い出し、ディアナは肩をすくめる。
「わたし、決めました! 明日…いえ、今日にでも、オランジュ様をお呼びして、お話をいたしましょう! サルーイン様もぜひご一緒に!」
「え」
「この中で一番オランジュ様と仲がよろしいのはあなたです。そのあなたが、貴族たるものどうあるべきかを教えて差し上げなくて、どうするのですか!」
……ええー…。
まるで、道路の真ん中に立てられた電信柱のような、一見筋が通っていそうで実はそんなことないベアトリスの主張に、ディアナは白目をむきたくなった。
……貴族たるもの、と言われてもー…。わたしもけっこう甘やかされて育ったしなー…。
フロンド王国では、ベアトリスの言うように、貴族のマナーももちろん大切なのだけれども、それよりもっと重点を置かれているのは『強さ』なのだ。
だから現時点で、この国で一番強い結界を張れるディアナの母に真向から対立する貴族はまずいない。
そんなわけで、娘であり、サルーイン家の跡取りに指定されたディアナも、今は何となく一目置かれる存在となっている。
……お母さまは、わたしよりもむしろクライヴさまのお力に期待していると思うけれどもねー。
ディアナ自身、現時点で母に遠く及ばないのは知っているし、この先どんなに修行しようとも、母に追いつけるとは到底思えない。
……だって、海岸に、攻め込んでくる超大型船よりもはるかに大きい、氷の壁を張れるんだよ? そんなのマネできるわけないもん。
それに、歴代のサルーイン家の中でも、ディアナの母が特別に魔力の才能を持っていただけで、その前の当主たちは、領の騎士たちと協力して巨大な岩の壁を作っていたそうだ。
だから、ディアナの魔力も、そこまでのレベルに達すればいいだけであり、母も自分かそれ以上の力をディアナに求めているわけではない。とディアナは思っている。
そして、母はディアナを、実にのびのびと育ててくれた。やりたいと言ったことは、多少のおてんば行為でもほとんど許してもらえたし、読みたいと言った本も次々と買い与えてくれた。今考えると、中には平民が書いた、帝国に対しクーデターを起こす本なんかもあったりして、これ、貴族の子供が読んだらだめな本だよね? とあとから思ったりもした。
そんな自由な環境で育ったディアナが、かたせまくるしい貴族のあり方を教えることができるかと言えば、答えは否。さすがの母も、将来は王族に会うこともあるだろうわたしのために、ひととおりの貴族マナーは身につけさせてくれたけれども、あくまでそこまで。
自分でも、内心でちょっとめんどう。と思っている貴族マナーを人に教えるなんてこと、ディアナにできるわけがないしやりたくもない。
そんなわけで、ディアナは苦笑いでベアトリスに言うのだった。
「申し訳ありませんが…。一人を大人数で取り囲むようなことは……いたしかねます」
「なっ…!」
できるだけおだやかな口調を心がけたのだけれども、ベアトリスは顔を赤くして口ごもった。
すると、横からイルマが笑顔で言う。
「そんな…、取り囲むなんて大げさですわ、サルーイン様。わたしたちはただ、オランジュ様に、貴族のしきたりと言うものを知っていただきたいだけですのよ?」
「…っ、そ、そうよね。わたしたちは別に、オランジュ様に意地悪がしたいわけではありませんからっ」
落ち着いたイルマの口調に、ベアトリスも調子を取り戻す。
けれども、ディアナもここで負けてはいられない。そもそもディアナにはファルシナの行動に意見する気はないし、何より、悪役令嬢と一緒になって、ファルシナを責め立てる気なんてまったくない。それをしてしまった時には、巨大ぶたさんのえさになるルートに乗ってしまう可能性は大なので。
だから、ディアナもがんばった。
「けれど…。大人数で取り囲まれれば、それだけでショックを受ける方もいらっしゃいます。ですから、まずはわたしがファルシナさまと二人の時に、ファルシナさまが殿方たちのことをどう思っていらっしゃるのか、訊ねてみます。もし、その返答が、未婚の貴族女性にふさわしくないものなら、ハイエール先生に申し上げて、ファルシナさまにひととおりのマナーを教えていただけるよう、お願いするのがいいかと思います」
ゾフィーナ・ハイエールは、マナーの教師だ。彼女は伯爵夫人なのだけれども、複雑な家庭…おもに家族問題…の事情があり、現在イリュージア学園で働いている。
そして、たまったうっぷんを、マナーを知らない生徒をねちねちと叱ることで吐き出すところがあるので、正直、生徒の間では評判が悪い。けれども、紅茶を淹れたりする時の所作など、立ち振る舞いは見とれるレベルで美しいので、実力は認められている。
「……そうね。わたしはそれでいいと思います」
小さな口を動かして、しかしはっきりと言ったのは、悪役令嬢Cのシーラだった。
決して大きな声ではないのだけれど、彼女の声は確実にディアナたちの耳に届いた。
「バンニング様?」
信じられない、と言った風で名前を呼ぶイルマに、シーラは静かに言った。
「だって、マナーを知らないなら、専門の方に教えていただくのが一番でしょう? それに、ハイエール先生の厳しいレッスンを受けるのなら、それ自体が罰になると思います」
「………そうですわね」
続いて、ベアトリスがうなずいた。
「オランジュ様に今必要なのは、厳しい教育ですわ」
……えっと。なぜかファルシナさまが、ハイエール先生の壮絶な個別授業を受けること前提に話が進んでいるけれども……たぶん、そうはならないと思われますよ? みなさん。……さて。無事に二人の同意はいただきましたけれども。あとのお一人さまはいかがですかね? 悪役令嬢Eさん?
ディアナがちろりとイルマに視線を向ける。するとイルマは、顔を引きつらせながら、なんとか笑顔を作った。
「当事者でいらっしゃるエトフォート様とバンニング様がおっしゃるなら、わたしに異論はありませんわ」
……表情と言葉が一致してないけれども……とりあえず同意してくれたから、まあいいか。
ディアナは、心の中でほっと息をついていると、イルマが言った。
「では、オランジュ様への確認をお願いいたしますわね。サルーイン様」
念を押すように言われて、ディアナの気持ちがすこし後ずさる。
……わー…。復活早いなあこの人。その強靭なメンタル、見習いたいかも。
なんてことを思いつつ、とりあえずにっこり笑って答えておく。
「はい。承知いたしました」
ディアナが了承すると、安心したのか、ベアトリスがふう、と小さく息をつきながら言った。
「ありがとうございます。では、わたしはこれで失礼いたしますね。サルーイン様」
「はい」
「ではわたしも。ごきげんよう、サルーイン様」
「ごきげんよう。シーラさま」
ディアナが返事をすると、悪役令嬢三人組は背を向けて去って行く。
ディアナもさっさとドアを閉めて鍵を施錠すると、よろよろとした足取りで移動すると、備え付けのソファにばふんと座ってつぶやいた。
「……………つ……疲れたー……」
せっかく無理をせずに休んでいたのに、出かけた方がましだったかもしれない休日となってしまったことに、ディアナは複雑な想いを抱くのだった。
次回のタイトルは『三人のお茶会』でっす。
ディアナ「お茶会楽しみっ。三人て、だれとだれとだれかな?」
ライル「お前とパメラとサタンオーク?」
ディアナ「それはかなりいや。」




