94話 5月5日 悪役令嬢ず、襲来。
学園生活二度目の、自由研究の日。
昼下がりの日光をレースのカーテン越しに感じながら、ソファに腰を落ち着けつつ、のんびりと読書を楽しんでいたディアナの前に、その厄災…に近いものは訪れた。
「サルーイン様、少しお時間よろしくて?」
肩とスカートのすそにレースがほどこされた、真っ赤なワンピースに身を包み、現れたのは悪役令嬢B、ベアトリス・エトフォート侯爵令嬢だった。
その後ろには、上品な立て襟がついた真っ青なワンピースを着こなす悪役令嬢Cこと、シーラ・バンニング。そして、まるで小鳥のような黄色いふわふわしたワンピースを着た、悪役令嬢Eのイルマ・ダントンが立っていた。髪には黄色い小鳥の髪飾りがついている。
「………」
ディアナも、同じ形の白い髪飾りを今日もつけている。ディアナにとっては、クライヴからもらった大切なものだ。
「何かあったんですか?」
寮の扉に体の半分をかくした状態で、先頭にいるベアトリスに訊ねてみるディアナ。
ちゃんと扉を閉めて部屋から出ないのは、威圧的な雰囲気をかくさない人達と、なるべく距離を置きたいと思っているディアナの心情の表れなのだけれども、それを思い図ってくれる人は、今この場には一人もいない。
ディアナに質問されたベアトリスは、待ってましたとばかりに、得意気な笑みを浮かべてこう言った。
「実は……、わたくしさっき見てしまいましたの。あなたの婚約者、クライヴ・フィクトル様が、ファルシナ・オランジュ様と一緒に遠乗りからお帰りになられたところを」
「…!」
ディアナは、驚きのあまり体が硬直してしまい、声も出ない。
「まったく…。婚約者がいらっしゃる男性と二人きりでお出かけになるなんて…。オランジュ様は一体どのような教育をお受けになってきたのかしら?」
「あら? オランジュ様は、幼少の頃、平民として育てられていたのでしょう? だとしたら、教育なんて受けているわけありませんよね? そもそもこのお話は、あなたが教えてくれたのではありませんか、ダントン嬢」
「ああ、そうでしたわ。確か、オランジュ家に引き取られたのも、つい最近のことらしく…。入学前からわたしもそれを知っていましたから、多少の粗相は気にしないようにしていたのですが……他の方の婚約者と馴れ馴れしくするのは、さすがに許されることではありませんわ」
「……」
確かに、この世界で他人の婚約者と二人きりになるのは、はばかられる行為だ。けれども。
「あの…。オランジュさまは、クライヴさまと何をしていらしたんでしょうか?」
いまひとつ、核心がつかめていない気がして、ディアナはベアトリスに聞いてみる。
「えっ?」
ベアトリスは、目をまるくした。
「ですから、フィクトル様とオランジュ様が、二人きりで遠乗りからお帰りになったところを見たのですっ」
もう一度説明してくれたけれど、ベアトリスの言い方は、まるで、ものおぼえの悪い生徒にいらいらしながら、何度目かの説明をする教師のようだ。
教師なら、生徒の不出来を責める前に、まず自分の教え方に問題がなかったか、もっとわかりやすい教え方はないものかと研究をしていただきたいところだけれども、ベアトリスは生徒なので問題ない。
むしろ、確認のためとは言え、同じようなことをもう一度聞いてしまい申し訳ないと、心の中で謝りつつ、ディアナはいくつか質問を投げてみる。
「遠乗りへは、お二人で出かけられたのでしょうか?」
「は? あなた、わたしの話をちゃんと聞いていらした? 出かけたところなんて見ていないわよ」
「お二人は、どちらへお出かけになったかは、ごぞんじですか?」
「知らないわよ、そんなの」
……やっぱり。
ディアナは、心の中で小さくため息をつくと、ベアトリスに向かって言ってみた。
「でしたら、お二人が帰り道で偶然一緒になった可能性もあるわけですよね?」
「そうよ? あら、あなたは平気なのかしら? たとえ偶然だとしても、ご自身の婚約者が、ダンスパーティの最中でもないのに、他の女性と行動を共にするなんて」
「えっ…」
それは確かに。とディアナも思ってしまった。何故って、おそらく、ディアナがクライヴと女性が一緒にいたと聞いても平然としていられるのは、相手がファルシナだったからだ。
学園へ入学してから一か月、ファルシナと接して来て、彼女がとても誠実な人だと知っている。
だから、クライヴと一緒に歩いていたからと言って、二人の仲を疑う気は起きなかった。
「しかも、お相手は、あのオランジュ様よ? あの方、先月のダンスパーティで、カーサ殿下と踊っていらしたじゃない? 入学早々殿下の関心を得るなんて、いったいどんな方法を使われたのかしら?」
「そうでしたわね。確かダンスパーティでは、殿下の方からオランジュ様を誘っていらしたものね。しかも、ご自身からオランジュ様に近づいて行かれたし。……本当、いったいどうやって殿下のお心を射止めたのかしら」
……え。射止めるという表現は、さすがにまだ早……くもないか。おとといの生徒会室での様子だと。カーサ殿下、けっきょく、わたしたちが魔伝鳥選びをしている間も、ファルシナさまを離さなかったもんね。しまいには、ファルシナに魔伝鳥をプレゼントするとか言い出すし。さすがにみのるライルが止めてたけど。
「オランジュ様……あの方、お尻が軽くていらっしゃるのかしら?」
……わあ。シーラさまがしゃべった…! めずらしい…! 発した言葉が、ご令嬢らしくないのは、気にしないでおこう。うん。わたしも似たようなもんだし。
ディアナがシーラの発言を流していると、イルマが得意顔で新たな情報を語り出す。
「それにオランジュ様ったら、ヨハンネス・メリカントとも、仲睦まじくしていらっしゃるようですわよ」
「まあっ! そうなんですの!?」
「ええ。学園の北にあるベンチのあたりで、楽しげにお話をしているのを見かけましたわ」
……ああー。それ、不可思議な植物がわっさわっさと生えている、例の花壇近辺ですね。
何となく事情を察したディアナは、はい、と小さく手をあげてみる。
「そこなら、わたしも行ったことがあります。うさぎや小鳥がたくさんいて、とても和みますよ?」
「えっ…」
イルマが意外そうな顔でディアナを見るが、ディアナも嘘は言っていない。確かに、最初の目的は、ヒロインとヨハンネスのイベントを見ることだったけれども。そして、動物はまちがいなくかわいいけれど、花壇に植えてある植物は、とても不気…いや個性的だったりするのだけれども。
……でも、動物はかわいい。うん。そこはまちがってない。
「ファルシナさまに、小さなうさぎがとてもなついていて…。わたしもすこしだけさわらせていただきました。よろしかったら、今度みなさんも足を運ばれてみては?」
ついでに誘ってみる。
この間見た時は、ファルシナとヨハンネスの間に、特にこう…ほのかな恋心的な雰囲気はただよっていなかったように思う。
特にヨハンネスは、ファルシナよりもむしろ、後から出てきたライルの方を気にしていたし、ファルシナの方も、子うさぎに意識が向いていたのは明らかだ。
もしも、二人がイルマたちの思っているような、恋人とまでは言わないまでも、それに近い関係だとしたら、もっとお互いに感心を持っていてもいいはず。
ヨハンネスにとって、恋人よりも忠臣蔵の方が大切なのだとすれば、まあありなのかもしれないけれども。
……いや、でも、こないだのメリカントさまは、絶対に、ヒロインよりもみのるライルの方が好きだったよ。
みのるライルを見つけて、息を飲んだ時のヨハンネスは、なんか色気があった。
もしゲームなら、この絵をスチルに入れて欲しいと言う意見が殺到するかもしれない。まあ、その時は乙女ゲームではなく、BでLなジャンルになってしまうのだけれど。
まあとにかく、ディアナが見たかぎりでは、ファルシナとヨハンネスは友人、へたをすればただのクラスメイトだ。
だから、実際にあの場所に足を運んでみれば、二人がお互いと会うために通っているわけではないとわかってもらえる…と思う。よほど疑り深い人でなければ。
「まあ…サルーイン様は、とても余裕でいらっしゃるのね。でも、覚えておかれるといいわ。オランジュ様は、いろいろな殿方と親しくなろうとしていらっしゃるのよ。フィクトル様やカーサ様だけじゃないわ」
どうやら、悪役令嬢Eには、ご納得いただけなかったようだ。イルマは、まるで犬猿の仲の相手と対峙したかのような、憎しみのともった瞳でディアナをにらみつける。
「オランジュ様は、バンニング様の婚約者、ロナンド・エンノルデン様にも、着実に取り入っているのよ」
「えっ…!」
それはディアナも知らなかった。
着実に、というと、イルマの情報を信じるならば、ファルシナとロナンドはすでに何度か会っていることになる。
……でも、いったいどこで?
ロナンドとヒロインの出会いイベントは、今思うと、みのるライルがうまくつぶしてくれていたし、その後、討伐イベントで一緒になったけれど、ヒロインファルシナはどちらかというと悪役令嬢Aアルテアと行動を共にしていて、ロナンドは二人の美少女を守るために、すこし離れた場所から二人を見守りつつ、周囲を警戒しているくらいのものだった。
……他に、ロナンドイベントって何かあったっけ?
ロナンドに関しては、出会いイベントが成立しなかったので、ルートは発生しないだろうと勝手に安心していたディアナだった。
けれども、よくよく考えれば、…いや考えなくとも、カーサのヒロインに対する夢中度からしてすでにゲーム通りじゃないのだから、他の攻略対象者についても、もうすこし警戒してよかったかもしれない。
……たしか、ロナンドとは、出会いイベントと混合実技…魔物討伐授業の前に、休日イベントがあったはず…。そう、朝、早起きして、授業でも使う大きな鍛錬場に行くと、ロナンドに素振りを教えてもらえるんだ。休日の早朝に頻繁に発生するし、参加しておけば親密度も上がるから、ロナンドはけっこう攻略しやすかった。まさかそこ…?!
次回のタイトルは『悪役令嬢VS悪役令嬢』です。
ベアトリス「おーほほほほほ! あなたごときがわたしに敵うとでも?」
ディアナ「それは断じて思ってませんけれども、ここは引くわけにはいかないんですぅ~!」
シーラ「腰は引けてるけど?」
ディアナ「そこは見逃してくださいぃ~」




