84話 4月30日 ライル=?
目の前にいる人物の名前を呼びながら、ディアナはそーっと顔を上げる。
ただでさえ背が高いライルは、座って見上げるとまるで大木のようだ。
いや、彼は背は高いけれど体つきは標準に比べると細身なので、大木というのはすこしおおげさか。単に、ディアナのライルに対する印象が、彼女にそう見せるだけなのかもしれない。
そんな、ディアナの目には樹齢ウン百年の大樹ばりに映るライルは、黒みがかった紫の瞳でじっとディアナを見据えている。
彼がどうしてここにいるのか、そしてわざわざ声をかけてきたということは、何かディアナに話したいことがあるのか。いくら考えてみても、まったくわからない。
「あの…?」
「……おっと」
居心地が悪くなって、ディアナがもう一度声をあげるのとほぼ同時に、ライルが突然しゃがみ込んだ。
彼の大きな体も、学園の庭師によって、きれいに整えられた茂みにすっぽりとかくされる。おそらく、注意して歩かない限りは、その姿を見られることはないだろう。
「わわっ」
長身のライルに、すぐそばでしゃがみ込まれて驚いたディアナは、思わず体をのけぞらせた。
「しっ」
その時に小さくあげた声をとがめるべく、ライルは、唇に人差し指を当てる。
「…!」
ディアナも、今、レダンに見つかるわけにはいかなかったと、両手を口に当て、こくこくうなずく。
……あれ、でも。
「……ライルさま」
ディアナは、なるべく声を出さずにすむよう、自分のパーソナルスペースぎりぎりまでライルに近づく。
「ん?」
「ライルさまは、どうしておかくれになるんですか?」
そう。ディアナにはかくれる理由がある。
レダンに見つからないように、イベントが起こるか確認し、ディアナが巨大ぶたさんのおやつにならないようにするための、対策を練る必要があるのだ。
だとすればライルは? ディアナと同じように、かくれてレダンの行動を観察する必要があるのだろうか? その理由は?
ディアナの問いに、ライルはにやりといたずら好きな子供のように笑った。
「知りたい?」
「いえ、そんなには」
「即答かよ」
「ええまあ」
淡泊に答えるディアナに、ライルはあきれた声を出した。
「まあ、そういうやつだよな。お前は」
「?」
その言い方が、まるで以前からの知り合いに対するもののようで、ディアナは首をかしげた。
「殿下とわたしってー………」
「何?」
「今年の四月に、イジュージア学園でお会いしたのが初めてですよね?」
「サルーイン嬢とはね」
「??」
ライルの答えに、ディアナはますます首をかしげる。
……殿下の言い方からすると…、わたし自身と会うのは学園に来てからだけど、わたしのことは前から知っていたみたいに思えるけど………ということは?
「わかりましたっ」
ディアナは、控え目なしぐさで小さく両手を合わせる。手をたたいて音が出ないように、配慮したつもりだ。
「殿下は、うちの母に会ったことがあるんですね?」
ディアナは、自信満々だった。だって、ライルが今履いている赤茶色のブーツは、きっと母が王家に献上したモノなのだ。防御力抜群な上、くるぶしあたりまで水に漬かったとしても、地面を歩いているかのように普通に動けるという貴重な皮を持って来た母に、話のネタとして、たとえば家族構成やら、ディアナがやらかしたあーんなことやこーんな話を聞いていたとしても、まったく不思議ではない。けれども。
ライルの答えは、ディアナがドヤ顔でお届けした予想を、あっさりと覆した。
「………君の母君とはお会いしたけれどね。娘が二人いるって聞いたくらいかな」
「えっ…! ………そうですか……」
ライルの答えに、ディアナは、ちょっとお転婆がすぎてよそ行きのドレスを汚してしまった時に、母親にもらったげんこつ並みの衝撃を受け、しゅんと肩を落とした。
けれども、同時に考えてしまう。ならばどうして目の前の殿下さまは、ディアナの思考を読み取ることに長けているのか。
以前、ディアナは思ったことが顔に出やすいと言われたけれど、それだけでは説明できない何かがあるような気がした。
「……殿下ってもしかして…」
「何?」
「読心術を会得していらっしゃる? それともサイコメトリー? あ、もしかしてメンタリストとか?」
「おいおいおい……」
ライルは、ディアナの発言を手で制すると、あきれた様子で自分のこめかみを押さえる。
「読心術はまだいいとして、サイコメトリーとメンタリストは、この世界にない言葉だからな? 不用意に使わないほうがいい」
「えっ、そうなんですか?」
「そう。ついでにさ、そのわざとらしい敬語もやめて欲しいんだけど」
「えっ…! わたしの敬語、変ですか?」
ちゃんと文法習ったはずなのに…! と愕然とするディアナに、ライルはため息で答える。
「敬う気持ちがないのがバレバレ。ま、それはしかたないけど」
「…!!」
……むう…っ、またしてもばれているぅ…。
やっぱり心を読んでいるらしいライルに若干引きつつも、ディアナはライルの横顔をじっと見た。
……今日のライルさま、……何て言うかちょっと……話しやすい気がする…。……ていうか、もしかすると、前から話しやすかったのかもしれない。ことごとく思考を読まれるから、わたしが必要以上に警戒してただけで……。
ディアナが考えている間も、ライルは、緑の隙間からレダンを見続けている。
「………動きはないみたいだね」
「動き…?」
ライルもレダンを見に来たのかと、ディアナは驚いた。ライルにレダンを観察する必要があるということか。
……え、待って? ライルさまがマッスーオさまを見張る? ということは? ……マッスーオさまがお好き? そんなまさか。でも、ゲームではこの時期にはライル殿下にも婚約者がいたのに、現状はいない。と言うことは…?
「また、変な事考えてるみたいだけど、違うから」
「…うっ」
ちょっとBでLちっくな世界に妄想が行きそうになったところを、ライルに引き戻される。
自分の予想が外れていたことに、安心半分、残念な気持ち半分という複雑な気持ちを抱きながら、ディアナはまたちらりとライルを見る。
……前世にもいたんだ。わたしの考えることをよく察してくれた人。今、機嫌がいいとか悪いとか、体調をくずしてるとか、そういうのにすぐ気づいてくれる人が。そうそう、夜中に突然お腹が痛くなって、動くどころか声を出すこともできなくて、ベッドの中で痛みに耐えてたら、………部屋に来てくれたんだっけ。自分も痛そうな顔しながら、救急車を呼んでくれて……。聞いても絶対にうなずかなかったけれども、たぶん、わたしが痛いとあの子も痛くなっちゃうんだなーって思ってた……。……ああ…そっか。だから、あの時医務室にいたんだな………。………ああ……、そっかあー……。だから、つまり、そういうことなんだね………。
「………っ」
ディアナは、込み上げてくる涙をこらえるために、きゅっと唇をかみしめた。
そんなディアナを見て、ライルはため息交じりに言う。
「……ったく…。気づくの遅いんだよ」
「………うん…っ…」
ディアナは、ぽろりとこぼれ落ちたひとつぶの涙をくっと指でぬぐうと、今はライルの姿をしている彼に言うのだった。
「ひさしぶりだね、みのる……」
すると、みのると呼ばれた第二王子ライルは、くいっと形のいい眉をひそめて言うのだった。
「………ほんとだよ、バカみのり」
次回のタイトルは『なかよし(?)姉弟再会。』で~すっ。
ライル「…ていうか、とっくに再会してたんだけどな」
ディアナ「ライルがみのるだって当ててくださった方、ありがとうございました~」




