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82話 4月30日 ファルシナの心づかい。が気になる。

 暖かい陽射しにほどよく温められた食堂で、ディアナはファルシナと食後のティータイムを楽しんでいた。

「……いやだ、ディアナ様ったら。そんなこと、わかっていましたよ?」

 ファルシナが口に手をあてくすくす笑う。

「多分、アルテア様もライル殿下も、誤解していなかったと思います」

「そうですか、よかったです」

 ファルシナがはっきりと答えてくれたので、ディアナもほっと息をついた。

 休日の寮の食堂は、昼時と言えども人影まばら。それをいいことに、ディアナは昨日の誤解を解くべく話したのだ。

 そう、何も考えずにそのまま口にしてしまった、「ベッドの上でなぐさめていただきました」発言だ。

 お亡くなりになった血塗れの小鳥が机に入っていたことで、ディアナはかなり傷つき、しばらくはひとりで歩けないほどだった。

 そこへなぜか教室にやってきたクライヴに姫抱っこをされて、医務室に連れて行かれ、ベッドに横たわるように言われてもひざを抱えてべそべそ泣いていたら、クライヴがぎゅっと抱きしめてくれた。クライヴの胸にすっぽり包まれて泣き止んだらベッドに寝かされて。

 もうすこしそばにいて欲しいとお願いすると、クライヴはディアナが眠るまでどころか、目を覚ますまでずっと手を握っていてくれた。

 眠るまでもずっと空いている手で頭をなでてくれたので、ディアナは安心して熟睡できたのだった。

 そのまま午前中いっぱい眠って、授業をサボってしまったのは、まあ仕方のないこと……だろうとディアナは自分に言い聞かせている。クライヴの方も、一般科目の講義だったようで、休んでしまった影響はほとんどないと言っていた。

 語学や歴史や地理などの科目なら、上位の貴族はみな、幼少期から家庭教師をつけて勉強済みだ。

 ディアナも、一般科目に関しては、家でならったことの復習の意味合いが強いし、クライヴの言葉にうそはないだろうと思った。まあ嘘だったとしても、ディアナを気遣うからこそ出たものだと思われるので、深く追求するのは野暮というものだろう。

 そんなわけで、まあ結果オーライと結論づけたディアナだった。

 そして今、ディアナの誤解をまねきかねない発言を、みんなが曲解なく受け取ってくれていたと知り、ほっとする。

 食事はもう済んだのだけれども、安心したせいか、まだお腹に食べ物が入る気がする。この際だから、ファルシナも誘ってデザートでも頼もうか。

 そんなことを考えていると、ふとひとりの女性がディアナの視界に入った。

 赤茶色の髪を、まるで巻貝のように束ねた気の強そうな女性は、ぐるりと食堂内を見回していたけれど、やがてぴたりと視線が止まった。ちょうどディアナがいる辺りで。

 そして、吊り目の三白眼でギロッと前を見据えると、まっすぐディアナたちの方へと向かって来る。

 ……えっ…?! な、なに? こわそうな人が、こっちにくるぅ…っ!

「? ディアナ様?」

 女性に背中を向けていたファルシナも、ずんずんと進んでくる女性の迫力に気圧されたディアナに気づき、首をうしろに回す。と。

「あらロッテ、どうしたの?」

 ファルシナは、なぞのこわそうな人の名前をあっさりと呼び、首をかしげた。

 すると、ロッテと呼ばれた女性は長身をふたつに折り、ファルシナに礼を取る。

「お食事中申し訳ございません、お嬢様。実は、旦那様が今こちらにお出向きになっていらっしゃるようで、都合がつくなら面会したいとおっしゃられてますが、いかがいたしましょうか?」

「えっ、お父様が?」

「はい。現在は東南門にいらっしゃるようです」

 驚くファルシナに、ロッテと呼ばれた女性は静かにうなずく。

 ゲームには登場しなかったけれど、彼女は、ファルシナが家から連れて来た侍女なのだろう。よく見ると瞳の色がすこし濃いめの茶色だ。おそらくある程度魔法が使える人なのだろう。

「ああ、申し訳ありません、ディアナ様。紹介しますね。彼女はロッテ、ここ、イリュージア学園の卒業生で、現在は我が領の騎士です。ロッテ、こちらはディアナ・サルーイン辺境伯令嬢よ」

「えっ…?」

 ……騎士…? ……侍女ではなく?

 ファルシナが連れて来た女性の身分に驚くディアナに、ロッテがひざを折った。

「ただいま主よりご紹介いただきました、ロッテと申すものです。以後、お見知りおきいただければと存じます」

「はい。こちらこそ、よろしくお願いいたします」

 ディアナもロッテに会釈したけれど、内心は驚きでいっぱいだ。彼女、声が低い上に長身で、存在感が半端ない。しかも何より瞳の部分に白目が多くて、おそらく本人にそんな気はないのだろうけれども、威嚇されているような気分になる。

 ……こ、こわい…! けど、きっと見慣れてくれば大丈夫。そう、こういうのは慣れだよ慣れっ。

 すこしでも早く、ロッテに対する免疫をつけようと、ディアナはじっとロッテを凝視する。

 人によっては「失礼な!」と言われてしまいそうな行為だけれども、ロッテに気にした風はなかった。

「旦那様とは、お会いになりますか?」

「そうねえ…」

 再度問われたファルシナは、ほおに手を置きディアナをちらりと見た。もっともディアナは、ロッテをじっと見ていたので、ファルシナの視線には気づいていないのだけれども。

「ディアナ様」

「あ、はいっ」

 名前を呼ばれて、ディアナはなぜか背筋を伸ばす。

「何でしょう? ファルシナさま」

 ディアナが視線を向けると、ファルシナは思案顔をしつつ言った。

「わたし、これからお父様に会って来ようと思います」

「はい、いってらっしゃいませ」

 ディアナは笑顔でほほえむ。けれどファルシナの表情は戻らない。

「これから一緒に図書館へ行く予定でしたけれど……。申し訳ありませんが、わたしが戻るまで、寮で待っていていただけますか?」

 ファルシナが、申し訳なさそうに言った。おそらく、昨日ひどい目にあったディアナを心配してくれているのだろう。ディアナとしては、昨日の今日で、また何かあるとはあまり思えないのだけれども。

「あの、わたし、ひとりで先に図書館に行ってましょうか? 寮に戻られてから図書館に向かうとなると、だいぶ歩かれることになると思いますし」

 東南門とは、まさしく学園の東南側にある出入口。そして女子寮があるのは西の北…奥の方だ。図書館のある校舎は寮の手前にあるので、ファルシナが東南門まで行ってからまた女子寮に戻るとなると、目的地である図書館を大きく横断することになる。

 そう思って提案したのだけれども。

「ディアナ様…」

 ファルシナは、静かな声でディアナの名を呼び、椅子から立ち上がった。

 人気のない食堂に、ガタンと椅子が傾く音が響き渡る。

 倒れるかと思った椅子は、ファルシナの後ろに控えているロッテが、大きな手でぐわしっと握ることで無事だった。さすが騎士と名乗るだけあり、反射神経もよろしいようだ。

 ディアナがほっと息をつき、椅子の無事を喜んでいると、いつの間にかファルシナの顔がすぐそこにあった。

 ファルシナは、テーブルから身を乗り出してできるかぎりディアナに近づいたらしい。

「………」

 ちょっと後ずさりたくなったディアナだったけれど、強い意思をもってディアナを見据えるファルシナに、気圧され、とりあえずさからったらいかん、とおとなしくしておくディアナ。それにしも、どうしてこう、わたしの周りには迫力のある人が多いのだろうと、心の中でつぶやきながら。

 ファルシナは、突き出したおでこが、ディアナのそれとふれるかふれないかくらいのところで侵攻を止めると、緊迫した声で言った。

「ディアナ様? 昨日の事もありますし、学園にはいったいどんな危険がひそんでいるのかわかりません。教科書を破られたり、ロッカーを荒らされたり、提出物を盗まれたり………、小鳥の死骸を机の中に入れられるなんていやがらせは、まだかわいい方かもしれませんよ?」

「は、はあ……」

 ……だいぶヒートアップしてるなあー…。

 などと思いつつも、ディアナはおとなしくファルシナの話を聞く。

「そのうち、廊下を歩いている時に上の教室から花瓶を落とされたり、体育倉庫に閉じ込められてひと晩放置されそうになったり、焼却炉にごみを捨てている時に後ろから背中を押されたり、あげく、階段の上から突き落とされたりするかもしれないんですよ?」

「そ、そうですか……」

 ……ていうか、その辺のいやがらせ、どこかで聞いたことのあるような…というか、見たことのあるような? ……おもにゲームで。

 ファルシナが言った中のいくつかは、『イリュージアの光』の後半で、ヒロインが悪役令嬢に仕掛けられる攻撃だったように思う。

「……焼却炉の前で押されたりしたら……、もし余熱が残っていたら、火傷してしまうかもしれませんね……」

「でしょう!? 怖いでしょう!?」

 ファルシナの言ったいやがらせのひとつの結末を想像しつつ、ディアナがぽそりと言うと、ファルシナが興奮した様子でぎゅっとディアナの手を握ってくる。

「ですから、用心はするに越したことはありませんっ。ディアナ様は、わたしが戻るまで寮でじっとしていてくださいっ。いいですね?」

「はい」

 最後の、いいですね? は決して願望の意味ではない。お願いする体を取った強制だ。

 そんなファルシナの意図を察しつつも、何だかさっきから迫力があってこわいので、こっくりと強くうなずいておく。

 素直にうなずいたのがよかったのだろう。ファルシナは、「よかった…」と小さく息をついた。

「わたしが戻るまで、寮の中に居てくださいね」

「あ、じゃあ、部屋で本を読んでいます」

「わかりました。では父との面会が終わったら、お部屋に伺いますね」

 ファルシナは、にっこりと、まるで太陽がさんさんと輝かんばかりの笑みを浮かべ、軽やかな足取りで去って行った。ロッテも、「失礼いたします」とディアナに一礼し、ファルシナに続く。

「………」

 ディアナは、だんだん小さくなってゆく友人の背中を見送りながら、ひとりつぶやいた。

「………今のヒロインの笑顔、クライヴルートのスチルで見た………」

次回のタイトルは『中ボスとの遭遇?』で~す。


ライル「え? 中ボスって誰の事?」

ディアナ「………、…。(言えるかあ~っ)」

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