76話 4月28日 75日、がまんしよう。
もはや定番となりつつある、一日語学授業を受けた後のエルカ村訪問を経て、ディアナは寮へと帰りついた。
そして、一緒に村の作業をしたファルシナと、食堂へ直行する。
時刻は十九時にさしかかるころで、食堂が一番込み合う時間だ。
それでも空いている席があったので、しっかりと確保し、カウンターへ食事を取りに行こうとしたのだけれど。
「………?」
どうもあちこちから視線を感じる。
実は、今朝からうっすらみんなに見られている気はしたのだけれど、自意識過剰かと思っていた。けれども、教室にいても、廊下を歩いていても、昼食を食べていても、まわりの人たちの視線がまとわりついているように思えた。
今だって、確かにこちらを見ている人も、視線を向けるとあわててそっぽを向いてそらすし。
……何か居心地悪いなー…。ファルシナさまが一緒でなれば、混んでる時間をさけてごはんを食べてもいいくらい。ていうか、わたしなんかした…? ヒロインのファルシナが注目を浴びるならともかく、なぜわたし…?
とまどいつつも、お肉やら野菜やらキッシュやらをトレイに乗せ、ファルシナと一緒に席に着く。
いただきます、と手を合わせてから、つみたてのしゃきしゃきレタスにフォークを刺した。
「………」
……み、み、見られてるぅー…。
貴族生まれの貴族育ちなので、テーブルマナーに問題はないと思われるけれど、食べているところを大人数にじっくり見られるのには慣れていない。
どこかむずがゆいような居心地の悪さに耐えながら、ディアナはレタスを口の中に入れた。
「すっかり渦中の人ですね、ディアナ様」
「!!」
突然、うしろから耳もとでささやかれ、ディアナはびくりと肩を震わせる。
「アルテア様………」
犯人の名前を呼んだのは、ディアナもでもとなりに座るファルシナでもない。犯人の後ろに控える家庭教師だ。
「……後で、マナーの授業を追加いたしましょう」
ガーナは、ぴくぴくとひきつるこめかみを押さえながら、迫力のある低い声で言った。
「はぁーい」
アルテアにしてはめずらしく、子供のような返事をしながら、ディアナとファルシナと向かい合わせになっている空席を差す。
「ご一緒してもよろしいかしら?」
「もちろんです!」
断る理由などないディアナとファルシナが元気にうなずくと、アルテアが席に着き、ガーナが持っていたトレイをアルテアの前に置いた。
アルテアは、いただきますと手を合わせ、まずはカップに入ったスープを飲んでひと息つくと、にっこりとディアナに笑いかけた。
「噂になってますわよ、ディアナ様」
「………うわさ?」
「三日前のことですわ」
首をかしげるディアナに、ウィンクしながら答えるアルテア。
……先日?
ここ数日間で、何か注目を浴びるようなことをしたかと、自分の行いを思い出してみる。
……ん?
それでも思い当たらず、悩んでいると、となりの席に座るファルシナがディアナにささやく。
「あれですよ、あれ」
「あれ…?」
なんのことかわからなず、ディアナはこてりと首をかしげる。
「あの、ファルシナさま。あれとは一体なんでしょう?」
「「………ふふっ」」
ディアナが尋ねると、ファルシナとアルテアが目を合わせて笑った。それから、アルテアが口を開く。
「先日、ディアナ様、公開告白なさったでしょう?」
「公開告白?」
ディアナが今ひとつぴんと来ないでいると、ファルシナがはずんだ声で付け加えて来た。
「討伐授業の時、講堂の前で告白したじゃありませんか」
「討伐授業……講…堂…? ………………ん?!」
……お、思い出したー………っ。
そういえば、魔物討伐の授業の前に、講堂周辺でディアナはやらかしていた。
ライルのせいでやらかされた、と言った方が正しいかもしれないけれど。
ディアナが顔を赤くして固まったのを見て、アルテアとファルシナも察したらしい。
「素敵だったわ。青空の下での、愛の告白」
「そうですねっ。お日様がさんさんと二人を照らして、まるで祝福しているかのようでした…!」
アルテアはうっとりと、ファルシナがはつらつと、先日目の当たりにした告白劇を語る。
「見ていたら、広めたくなりますよねー、あれは」
「そうね。もう学園中の人が知っているんじゃないかしら」
「………ええっ!!」
アルテアの言葉に驚き、しかしディアナは首を振る。
「で、でも、討伐授業からまだ三日しか経ってませんよ? 学園全体に広がるというのはさすがに………」
慌てるディアナのとなりで、ファルシナがちちち、と人差し指を振る。
「甘いですね、ディアナ様。人の噂なんて、光の速さで駆け抜けるものですよ?」
「そうそう。わたしだって、当事者がディアナ様でなければ、王宮のお茶会で話していたと思いますし」
「おっ…」
王宮のお茶会、それはまさか、あれだろうか。アルテアのお妃教育の一環として、現王妃さま自らが音頭を取り、たびたび行われている、フロンド王国最高峰のお茶会のことではないだろうか。
「でも、ディアナ様、照れ屋さんですから…。話が広まり過ぎて、わたしが王宮でお茶会を主催した時に、来ていただけなかったら寂しいので、わたしの口からは言わないことにしました。」
……! アルテアさま…!
アルテアの心遣いに、両手を握りしめて感謝の意を示すディアナ。けれども。
「ただ……、すでに、ノルデン公爵夫人がご存知で、真っ先にみなさまにお話してました」
「…な。え、待ってください。と、いうことは……?」
怯えながら問うディアナに、アルテアはにっこりと笑って答える。
「ええ。その日お茶会に参加していた王妃様やご婦人は、みなさますでにご存知ですわ」
「………!!」
……う、う、………うそ~ん…!!!
胸の前で握っていた両手が、机の上に落ちた。
幸い食器には当たらなかったけれど、ガツン、と大きめの音を立ててしまい、アルテアの後ろで控えるガーナのこめかみが引きつった。
けれど、手と一緒に視線も落ちてしまったディアナはそれに気づけないまま、呆然としてしまう。
「そんな…………恥ずかしすぎるぅ…」
……自分と婚約者の恋愛話のあれこれを、顔も知らない第三者がおもしろおかしく話すなんてっ…!
ディアナは、ぎゅっと目を閉じ、両手でほおをかくしてぷるぷると首を振る。
その際、「きゅうぅぅぅ~」と、まるで、子ねずみが、道に迷っておうちに帰れない…! と困りはてているかのような声を出したのは無意識だったりする。
「まあまあディアナ様」
すっかり顔が真っ赤になってしまったディアナに、アルテアがやさしく声をかける。
「ディアナ様のことは、四月のダンスパーティであのライル様と踊られた時から、何かと話題に登っていることですし、今さらですわ」
「え…?」
「ライル様、ダンスがお嫌いのようで、王家主催のパーティでも踊らないのに、学園の模擬パーティでディアナ様と踊られたから…。王宮でも噂になっておりますよ?」
「……え…」
「王妃様も、殿下のお心を射止めたご令嬢に会ってみたいとおっしゃっていました」
「! い、射止めてません! 誤解です!」
ここばかりは誤解されてはかなわない。ディアナは、やりすぎてむち打ち症になっても悔いはないレベルの決意を持って、必死にぷるぷる首を振る。
「ですが…、ディアナ様がライル様に何かと気をかけていただいているのは、事実ですよね?」
「気にかけていただいているというよりは………遊ばれているような………」
ライルは、ディアナを、からかいがいのあるおもちゃと思っているふしがある。
実際に、ライルがディアナの反応を見て楽しんでいるのを、ディアナは肌で感じ取っていた。
ディアナの言葉に、それでも、とアルテアは首を振る。
「社交がお好きでないライル様が、あえてあなたには声をお掛けになるんですもの。気に入られているのはまちがいないわ」
……それ、まちがいであって欲しいー…。
ディアナは、薄笑いを浮かべて切に願った。
それに、ディアナとしては、自分よりもアルテアの方がよっぽどライルと仲がいいように思える。
討伐授業の時だって、気難しそうなライルが、アルテアの言葉には素直にしたがっていた。
むしろ、ああいうのが気に入られていると言うのだと思う。それにアルテアも、ライルと話している時は、安心しているような、やわらかい雰囲気をかもし出していた。
……二人って、ちょっとお似合い。とか思っちゃったりしたんだよね………。
けれども、それは冗談でも言ってはいけないこと。
将来王妃となるアルテアが、婚約者の第一王子よりも、将来義弟となる第二王子に心を許しているように見える、なんてこと、たとえどんな拷問…くすぐりの刑とか…? に会おうが、決して口にしてはいけないのだ。
……人のうわさも七十五日って言うし、王子ズとアルテアさまの三角関係が話題になるよりは、わたしのよもやま話の方が、ギャグっぽくていいのかも。
王家の絆がゆらぐ大惨事を防ぐためなら、自分が矢おもてに立つのもアリかもしれない、ついついそんなことを思ってしまうディアナだった。
次のお話は『慟哭』です。
残酷な表現がありますので、苦手な方は同時に更新する78話をご覧ください。
77話のあらすじを、78話の冒頭に書いておきます。
78話のお話は『ハプニング。からの。』で~す。
ディアナ「今日は朝からがんばった!」
ライル「その努力が報われる日は来るのかねえ………」
ディアナ「む、むくわれるもんっ! ……たぶん?」
ライル「何で自ら疑問形だよ」




