65話 4月24日 これもイベントなんですか?
「ごきげんよう。クライヴ様、ディアナ様」
「ごきげんよう」
前にベアトリス。その三歩うしろにイルマ、という、それぞれの家柄に則した位置取りをする二人。
休日だからか、私服のワンピースに身を包み、どこか浮かれた表情でディアナたちに近づいてくる。
「ごきげんよう、エトフォート嬢、ダントン嬢」
「ごきげんよう」
クライヴの挨拶返しにディアナが続く。心なしか、クライヴの声が低くなったように思えるけれども、ちらりと顔を見てみたら笑顔を浮かべていたので、気のせいかもしれない。
「まあ…! これが噂の魔動翼機ですのね…!」
ベアトリスが、屋上に停めてある魔動翼機に、熱のこもった目を向ける。
「ええ。そうですわ、ベアトリス様。クライヴ様は、風の力を使って、これを動かすのですよね?」
ベアトリスの質問に答えつつ、クライヴに近づくイルマ。
「動かせるのは、おれだけではありませんよ」
クライヴは、笑顔で答える。
「ですが、王族に使える近衛兵の中でも、魔動翼機を動かせるものは限られていると聞きました。クライヴ様の優秀さが際立ちますわ」
「………」
イルマの言葉に、ディアナもこくこくうなずく。
……そう言えば、ゲームでもそんな設定だった気がする。うん、さすがクライヴさま。めちゃめちゃ優秀。
クライヴがほめられて、ディアナはとてもうれしかった。
クライヴを生んだ母親が死んだあとに、フィクトル家に嫁いできた後妻は、残念ながら血のつながりのない息子にまで愛情をそそぐことができない人だ。実子をフィクトル家の後継ぎにするために、婿養子という形で、クライヴを家から追い出してしまうくらいなのだから、当然、母子のスキンシップなんてほとんどなかっただろう。
大きな家で、きっと小さなころからさみしい思いをしてきただろうクライヴ。
そんな彼が、すこしでも誰かに認められたり、誰かと笑顔で過ごせるのなら、それでいいのだ。
……クライヴさまをほめるなら、遠慮なくどうぞ!
顔をほころばせながら思っていたディアナだったけれど、次のイルマの発言で、うっかり笑顔が固まってしまったのだった。
「クライヴ様、よろしければ、ベアトリス様とわたしを、魔動翼機に乗せていただけませんか?」
……は?
「え?」
ディアナが心の中で声をあげるとなりで、クライヴが実際に声を出す。
「ぜひ! お願いいたしますわ、クライヴ様!」
機体をながめていたベアトリスも、いつの間にかイルマのとなりにいて、甲高い声をあげた。
「……………」
ゲームになかった状況を目の当たりにして、ディアナは正直あせっていた。
……え? なに? なんなのこれ? ヒロインじゃなくて、悪役令嬢がイベントに参加? もし、悪役令嬢たちが魔動翼機に乗ったら、クライヴさまとの親密度はどうなるの? 上がっちゃうの?
さきほどは、イルマにクライヴをほめてもらえてうれしかった。
けれども、もし、このままヒロインの代わり? にイルマとベアトリスがイベントを進めたとして、どちらか一人がクライヴと恋に落ちたら………。
しばし考えて、はじき出された答えは。
……あれ。別にいいのかな…? ………だって、ヒロインとクライヴさまがくっつくから、逆ハーレムルートが成立するわけで。もし、ベアトリスさまかイルマさまと両想いになったら………。逆ハーレムルートは、ヒロインが、攻略対象者全員をとりこにするのが条件なんだから、成り立たなくなるんじゃ?
「………」
クライヴが、ヒロイン以外の人と両想いになれば、すくなくとも、ディアナがおおぶたの栄養になることは回避できる。
それはわかったのだけれど、ディアナの心中はすっきりしない。
……だって、だって…、もし、クライヴさまがヒロイン以外の子とくっつくことで逆ハーレムルートが回避できるなら、その相手は……………、……わたし…だって…、………いいのかもしれないし………。
となりに立つクライヴの熱を感じながらディアナは思う。
もし、できることなら、クライヴのとなりに立ち続けるのは、自分でありたい、と。
……けれど、だとしたらどうしよう……。
ゲームでは、悪役令嬢Dが魔動翼機を怖がった一方で、ヒロインがものすごく楽しんで乗ったことから、クライヴとの親密度が上がった。
今日、ディアナは魔動翼機に乗らなかったけれど、ベアトリスとイルマは、どうも興味を持っているようだから、乗ったとしたら、すごく喜んでしまうかもしれない。そうしたらクライヴは、ゲームのストーリーとは関係なく、二人に好感を持ってしまうだろう。
三人が空の旅を楽しんだからと言って、ディアナとクライヴの婚約破棄に直結はしないだろう。けれど、可能性は出て来る。
……イルマさまとベアトリスさまを、魔動翼機に乗せないで済ますには………。
何か、いい回避のしかたはないだろうか、とディアナが頭を悩ませている横で、クライヴが言った。
「お二人には申し訳ありませんが、この魔動翼機の所有者はライル殿下であり、わたしが自由に動かせるものではありません。ですから、試乗をご希望でしたら、まずライル殿下に試乗の許可を取ってください。それと、もしこのあと乗られるのでしたら、わたしは予定がありますので、運転は他の人に頼んでください。学園で弓矢の指導をしてくださっているウィリアス先生は、とても安定した飛行をされますよ」
「えっ………」
ベアトリスは、ことわられるとは思っていなかったらしく、唖然とした表情を浮かべる。
イルマも、納得のいかない顔をしていたけれど、きゅっと唇を引き締めて、一歩クライヴに近づいた。
「ですがクライヴ様、こうしてエトフォート侯爵家のご令嬢が望まれていることですし、少しくらいならかまわないのではないですか? ベアトリス様がお喜びになれば、公爵家のご子息であるレダン・マッスーオ様の覚えもめでたくなるでしょうし」
クライヴの髪の色、アッシュブロンドに近い色のワンピースのすそをひるがえしながら訴えるイルマ。
まあこれは、ようするにあれだ。いずれは公爵家に嫁ぐことになる御方の頼みなんだから、今後のお付き合いを円滑にするためにも、聞いておいた方がいいんじゃね?…という、お願いと言うよりは、ある意味持てる権力を存分に振りかざした、いわゆるパワハラだ。
……いくら、学園では身分に関係ないおつきあいをしようと言われていても、階級が上の人にマウントされたらねえ……。
「……………」
ディアナは、爵位の差という、あがらえない現実に直面し、ひっそりとため息をつく。そのとなりで、クライヴは自分の意見を述べる。
「ダントン嬢、あなたが爵位を重んじるのなら、なおさらライル殿下に許可をお取りください。先ほども申し上げましたが、この魔動翼機は、ライル殿下の持ち物ですから」
「………!」
クライヴの言葉に、イルマの顔がくやしげにゆがむ。
ベアトリスも眉を寄せて不機嫌をあらわにしていたけれど、やがてきびすを返した。
「ベアトリス様…!」
「今日はあきらめましょう、イルマ様。……クライヴ様のおっしゃることは、もっともです」
振り返ることなく告げると、扉の向こうへと姿を消すベアトリス。
「………っ」
イルマはバツの悪そうな顔で、ちらりとクライヴを見たけれど、すぐにベアトリスの後を追った。
二人の姿が完全に視界から完全に消えると、ディアナは気のぬけた声をあげる。
「………ふう~…」
「疲れた?」
「ええ、すこし」
クライヴの問いに、ディアナは肩をすくめつつ答えた。
「これからどうする? 部屋で休む?」
クライヴが気づかうように尋ねるので、ディアナはあわてて首を振った。
「いえ、それほどではありません」
ぱたぱたと手も振って、大丈夫アピールをする。
するとクライヴは、にこりと笑って言った。
「じゃあ……、校内のカフェでお茶でもどう?」
「……っ…!」
画面いっぱいにマリーゴールドの花を背負った豪華なスチルなど目じゃない、きらきらな笑顔を向けられて、断る理由などあるだろうか、いや、ない。
「……はいっ…!」
ディアナは、元気にうなずいて、クライヴと一緒に屋上を後にするのだった。
次回タイトルは『蠢く闇』です。
残酷…と思える表現があります。
『蠢く闇』の次ページの前書きに、あらすじを書きますので、
残酷な描写が苦手な方は、次回の話を飛ばしてください。




