48話 4月19日 ロナンドとディアナとライバル(?)と。
フロアに着いた時、ちょうど前の曲が終わったところだったので、ロナンドとホールドを取り、次の曲を待つ。流れてきた音楽は、比較的ゆっくりとした曲調だったので、ディアナはほっとしながらステップを踏む。
「………お上手ですね」
曲の半分ほど踊ったところで、ロナンドが言った。
「え?」
ディアナがなんのことかと首をかしげると、ロナンドがすぐに答えてくれる。
「ダンスですよ、サルーイン嬢」
「えっ…?」
意外なほめ言葉に、ディアナはふるふると首を動かす。
「いえ、正直言って、ダンスはあんまり……。さっきも、ステップをまちがえて、クライヴさまにご迷惑をおかけしましたし……」
「ああ。見ましたよ、少しだけですが。仲がよろしくていらっしゃるんですね」
「えっ……。よさそうに見えましたか?」
「ええ」
「そっ…、そうですか…」
ディアナの問いに、ロナンドがはっきりとうなずいてくれたので、自然と笑みがこぼれてしまう。
「うれしい?」
「はいっ」
「………素直だねえ。ああ、うっかり敬語が抜けたな」
ディアナの即答に、ロナンドが、失敗した、と苦笑する。
「女性とダンスを踊る時だけは、一応敬語を使おうと思ってたんだけどね」
そう。このダンスパーティは、将来を有望視されている学園生たちが、やがて地位を得て、貴族の集まりに行くようになっても困らないよう、マナーの勉強も兼ねている。
なので、基本的には、丁寧な言葉遣いをよしとされるのだ。
そういえば、ゲームのロナンドは気取らない人で、ヒロインにも早々に敬語撤廃を求めていた。
だから、敬語が抜ける方が、むしろ彼の素なのだろう。
「もともと堅苦しいのは苦手だし……、貴方と話す時は、普通でいいかな?」
茶目っ気のある笑顔で求められ、ディアナはこくりとうなずいた。
「ええ、かまいません。打ち解けていただけたようでうれしいです」
「ありがとう。じゃあそうさせてもらうよ」
「はい」
そう言って、くるりとターンをしたところで、曲が終わった。
お互いに、ダンスを踊ってもらったお礼をすると、フロアから出てロナンドとも別れた。
………さて、クライヴさまはっと………げ。
発見したクライヴは、まだフロアの中にいて、数人の着飾った女子生徒に取り囲まれている。おそらく、次のダンスに誘って欲しい子たちだろう。
……まあ、クライヴさまったら、もてもてさーんっ………。って、どうしよう?
ディアナは首をこてんとかしげた。クライヴには近づけそうにないし、残念なことだけれども、ディアナと次のダンスを踊ってくれそうな殿方もいない。
……よし、困った時の、壁際だぁ~。
ディアナは、とりあえず壁の花……いや葉っぱにでもなっておこうかと壁際に移動する。
壁周辺には、あきらかに華やかな場に慣れていない少年少女が、二十人ほどいた。彼らはおそらく、平民、またはさほど裕福でない家の子供たちだろう。
社交界の勉強をしたことがない子たちは、当然ダンスも踊れない。なので、初参加となる今日のダンスパーティでは、着飾って歩いたり軽食を食べたりと、とりあえず会場の雰囲気に慣れるように努めるのだ。
ちなみに、ドレスや燕尾服は学園が貸してくれる。本当は、ディアナたち貴族にも届け出さえすれば貸してくれるので、その気になれば経費の節約も可能だ。
まあ、貴族というのは基本的に見栄っ張りなので、財政がよほどひっ迫していない限りは、自前で用意するのだけれども。
ちなみに、レンタル衣装の中には、卒業生が一度だけ着て寄付してくれたものもけっこうあるらしい。
もしかしたら、ゲームの中では、悪役令嬢Dも寄付していたのかもしれない。前世の記憶を思い出したディアナとしては、一度着たドレスも、リフォームすればもう一度、いや二度三度生まれ変われると思うし、何より来月届く、クライヴからもらったドレスは永久保存版にしたい。……無事にゲーム期間を生き残ったら、の話だけれども。
そんなことを思いつつ、とことこと歩いていると、うしろから声をかけられた。
「サルーイン様、ご機嫌よう」
「……あらダントンさま、ごきげんよう」
ディアナは振り返って相手を確認すると、そっと膝を折った。
目の前にいるのは、悪役令嬢E、イルマ・ダントン。
スタイルの良さを生かしたかったのか、鎖骨から肩を大胆に露出しさせたドレスに身を包んでいる。腰から裾にかけて、波のようにドレスが広がっていくデザイン。当然この日のために作ったものだろう。
……うわあ、きれい。藤色のドレスが、水色の髪の毛にすっごく合ってる。
巻いた髪を、頭の上の方でお団子に結い上げ、襟足におくれ毛を残している。
……ん?
イルマの髪の毛の一点を、ディアナは思わず凝視してしまった。
そこには、小さな小鳥の髪飾りが留めてあった。そう、ディアナが昨日クライヴにもらったものとまったく一緒の。真珠の髪飾りの上にちょこんと座っている小鳥は、わたしはここにいます! とばかりに自己主張しているように見える。
「ああ…これですか?」
ディアナの視線に気づいたイルマは、小鳥がいる場所に軽く手を添えつつ、笑顔で言った。
「これは、つい昨日、殿方にいただいたものなんです。このような華やかな場につけてくるには、すこし地味かと思いましたけれど、わたしに一番似合うから、とおっしゃってくださった殿方のご期待にお答えしようと、つけて見たのです。どう? おかしくないかしら?」
首をひねって、ディアナにしっかりと小鳥を見せるイルマ。
「………ええ…、よくお似合いだと思いますよ。では、わたしはこれで」
ディアナは、薄く笑って答えたあと、膝を折ってイルマの前から立ち去った。
「………ふう」
壁際に寄ってからひとつ息をつき、もう一度クライヴを探す。クライヴを囲む女子生徒の輪は、さきほどよりも広がっていて、その中にはイルマの姿もあった。
「………、……」
……別に、一番似合ってなくたって、クライヴさまからいただいたものなんだから、いいんだもん。
ディアナは、口をとがらせつつ、前を通った給仕から、グラスを受け取る。
すこし迷ったけれど、やっぱりジュースを選んだ。そうした方が、きっとクライヴも喜ぶだろうし。
「……」
口をとがらせたまま、グラスに口をつける。
目線で追ったクライヴは、フロアを離れ、大量発生している女生徒たちの相手をしている。
………つまんない。
別に、イルマが悪いわけではないのだけれど、さっきの発言が引っかかり、胸の中にもやもやしたものが広がってゆく。
「………ふー」
ちょっとはしたないと思いつつ、ディアナは、ジュースを一気に飲み干し、給仕にグラスを渡すと、すこしだけ開いていたアーチ型の窓を開き、庭へと出た。
なんとなく今は、クライヴを視界に入れたくなかったのだ。なんとなく。
そうして、とことこと階段を降りたところにあったベンチに座る。
「……そりゃあ、わたしは、そんなに美人じゃないかもしれないけどさあー…」
ディアナは悪役令嬢。しかもD、四番目だ。
Aのアルテアは、ゲームでも美しいという設定だった。けれどもBからEにいたっては、そのような評価はなかったと思う。画面に登場する絵ではそこまでひどく描かれていなかった、と思いたいのだけれども、あいにくその辺はまったく思い出せない。たとえば、クライヴはアッシュブロンド、第一王子カーサはさらさらの銀髪、など、言葉では、ゲームのキャラクターたちの、髪の毛の色や目の色などがわかっていても、実際に絵で見た記憶はすっぽ抜けてしまっているのだ。
……でも、それを言ったら、わたしの目と髪の毛の色って、ゲームと違うんだよなあ……。
ゲームでは、髪の色はブラウンだけれど、今、この場にいるディアナの髪には金色が入っている。
目の色も、ミルクチョコレートのような、薄めのカカオ色だったはずが、ちょっと濃い目だ。チョコレートにたとえるなら、カカオ七十パーセントくらいの明るさだろう。
……まあ、ゲームと実際が違うのは、わたしにとっていいことだし。そこは気にしないけれど……。
イルマのことは、やはり気になる。
殿方からもらった、とディアナに自慢した足で、クライヴのところに行ったイルマ。
……そんなにプレゼントが気にいったのなら、大人気のクライヴさまのところじゃなくて、プレゼントしてくれた彼にずっと引っ付いていればいいのに………。
「……つまんない」
今度は口に出して言ってみた。
……だって、どうせ誰にも聞かれていないしぃ~。
―――――と、思っていたのだけれども。
「じゃあ、少し話でもしようか?」
上からちょっとクセはあるけれど、やわらかい声が降って来た。
そして、大人一人分空いていたベンチ――――すなわちディアナのとなりに、すとんと誰かが腰を落ち着ける。
……えっ。
驚いて横を向いたディアナの瞳が見たのは。
「ライル、さま………」
フロンド王国第二王子ライル・ガウスが、やさしげな相貌に、うさんくさい笑みをはりつけている様だった。
次回タイトルは、『こぼれる胸のうち』です!
ディアナ「聞いてくださいよぅ~、ライルさまぁ~っ」
ライル「五月蠅い。」
ディアナ「………しゅ~ん……」




