47話 4月19日 パートナー変更。
「こんな所にいたんだ」
もはや、赤くなった顔をどうにかしようなどという余裕もなくなり、両手でグラスをにぎりしめていると、男性の低い声が聞こえて来た。
すこしかすれたその声に聞き覚えがあったディアナは、熱いほおを片手でおさえ、もう片方のほおをグラスでかくすようにしながら顔をあげる。
すると、クライヴの横に、さきほど寮で会ったロナンドがいた。そのとなりには、橙色のドレスを着た、シーラ・バンニングがすまし顔で立っている。
「ダンスフロアからすぐにいなくなったから、探したよ」
ロナンドはクライヴに、いたずらっ子のような笑顔を向ける。
ゲームの攻略者として登場したロナンドは、攻略者の中でも一番大人びていて、かつ真面目なイメージだった。
前世のディアナ、ようするに柊みのりのイチオシは、ほかならぬ彼だったりもする。
ゲームでは、辺境伯の後継ぎとして日々訓練に取り組む一方で、新たに後継に名乗り出た弟との仲違いに苦しんでいた。
……まあ、けっきょく弟くんたら、実はお兄ちゃん大好き子だったので、ヒロインが兄弟の仲を取り持つことによって、絆を取り戻すのだけれどもね。
ただ、それはハッピーエンドの時の話で、ノーマルエンドでは、行き違いからロナンドが弟を殺してしまうし、バッドエンドになると、弟の殺害にヒロインまでもが加担してしまうのだ。
ハッピーエンド至上主義のみのりは、バッドエンドはおろかノーマルエンドをプレイすることもなかったけれど、攻略サイトで結末やスチルはチラ見した。
かわいい弟を自らの手で殺害し、それを幇助した罪でヒロインも死罪になった時のロナンドの苦悩に満ちたスチルは残酷なほどに美しかった。
美男子はやつれても美男子なんだなと、その時思ったのだった。プレイしてないけど。
この世界のロナンドにも、弟はいるのだろうか。仲はいいのだろうか。ないことないこと吹き込んで、ロナンドと仲違いさせ、兄から爵位を奪えとそそのかす、連隊長ガウスは実在するのだろうか。
聞いてみたいことはやまやまてんこ盛りだけれども、今、この場ではさすがに切り出せない。
なにせ、同じ辺境伯とは言え、ディアナとロナンドは、今日が初対面なのだから。
「それはそうと、さっきはずいぶん楽しそうに踊ってたな、クライブ」
からかうようなロナンドの口調に、クライヴは真顔で答える。
「ああ。実際楽しかったからな」
実際、のところから、クライヴはディアナに視線を向けた。
とたんに笑顔になったクライヴに、ディアナはまた赤くなった顔をグラスでかくす。とは言っても、グラスが透明な上、ジュースも飲み干してしまったので、ディアナの照れた顔は、はっきりくっきり見えてしまっているだろう。
「……おおっと、仲がよろしいことで」
ロナンドの、灰青色の眉が若干下がる。
「ちょっと遊ぶつもりが、すっかりあてられた」
「遊ばないでくださいよ」
クライヴが呆れたように目を細めると、ロナンドは苦笑してクライヴの肩をたたいた。
「すまんすまん。ところでクライヴ、君の婚約者をおれ達に紹介してくれないのか?」
ロナンドの申し出に、ディアナは思わずこくこくとうなずく。ええぜひそうして欲しい。ロナンドとのつながりが出来れば、もし、エンノルデン兄弟が仲違いしたとしても、ヒロインよりディアナが先に誤解を解いたりなんかできるかもしれないし。
ディアナよりも格下の家の人ならば、こちらから話しかけても問題ないのだけれど、サルーイン家とエンノルデン家はほぼ同格。そうなると、この国では、婚約者のいる身で、女性の方から話しかけるのは憚られる風習がある。
「………」
クライヴは、なぜか冷ややかな顔をロナンドに向けていたけれど、やがてあきらめたように口を開いた。
「彼女は、わたしの婚約者、ディアナ・サルーイン嬢です。未来のサルーイン辺境伯でもあります。……これでいいですか?」
「ずいぶん簡潔だが……まあいいか。初めまして、サルーイン嬢。わたしはロナンド・エンノルデン。今のところは、エンノルデン辺境伯爵領を継ぐ予定だ」
ロナンドの自己紹介が始まるタイミングを見計らって、立ち上がっていたディアナは、返礼の意味で膝を折る。
「初めまして、エンノルデンさま。ディアナ・サルーインです。どうぞよろしくお願いいたします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
ロナンドが、胸に手を添え、会釈をする。
その横で、オレンジ色のドレスが少し動いた。
「では、わたしも自己紹介をさせていただきます。わたしはシーラ・バンニング。バンニング辺境伯の三女であり、次期エンノルデン辺境伯の婚約者でもあります」
「………」
シーラの言葉に、ディアナは目をぱちくりさせた。
………えっと? 確か、エンノルデンさまは、次期辺境伯になる予定、って、ぼかしたよね? なのに、婚約者のシーラさまは、辺境伯、とはっきりと肯定しちゃった、と。
「………」
………まあ、確か、ゲームの中でも、シーラさまは、辺境伯じゃないロナンドさまになんて、何の価値もない、みたいなスタンスだったし。ロナンドさま弟に勢力が傾きかけると、「この腰抜け」とかロナンドさまをなじってたな。……あんまりどなったりはしないんだけれど、その分心に刺さるんだよね。こうぐさっと串刺しレベルで。で、ヒロインとロナンドとの親密度が上がって来ると、二人の仲を引き裂くために、学園の男子生徒に、ヒロインがあなたのことを好きだと言っていた、とかうそを言って迫らせたり、それが通じなくなると、何人か男をやとってヒロインを襲わせようとしたんだよね。結局ヒロインは、ロナンドさまに助けられて事なきを得るんだけれども。
「………」
……ヒロインを背中にかばうロナンドさま、かっこよかったなあ………。「これから先、おれの命にかえてもあなたを守ると誓おう」とか言われるんだよね。もう、そのシーン見たさに、いったい何回そこだけやり直したことか。でも………。
「―――――」
……今こうやってロナンドさまを目の前にしても、プレイ中のようなときめきは感じないんだよね…。どうしてだろ?
ディアナが、小さな手を胸に当てて首をかしげていると、ロナンドがディアナの目の前に移動してきて、すっと手を差し出した。
「お近づきの印に、一曲ダンスを踊っていただけませんか? サルーイン嬢」
「………」
ディアナは、差し出されたロナンドの手を取るのをためらった。なぜって、ロナンドは、確かにディアナを誘っているのだけれど、顔はクライヴの方を向いているから。
「……おいおい、ここはダンスパーティ会場だぞ? 交流を深めるために、多くの人と踊るのは当然だろう」
ロナンドが苦笑しながら言うと、クライヴはゆっくりとシーラの方へと身体を向ける。
「…………お久しぶりです。バンニング嬢。わたしと一曲踊っていただけますか?」
「ええ、よろこんで」
まさしく社交辞令、という声で、シーラがクライヴの誘いに答えた。
「では、参りましょうか。……サルーイン嬢?」
もう一度ディアナに声をかけてきたロナンド。今度はちゃんとディアナに視線を向けている。
「あ、はいっ、よろしくお願いいたします」
ディアナは、ロナンドの手を取りつつ立ち上がった。
クライヴはシーラと踊るようだし、ロナンドの誘いを断る理由はない。
かくして、二組のカップルは、パートナーを入れ替えて、ダンスフロアへと足を進めたのだった。
次回タイトルは、『ロナンドとディアナとライバル(?)と。』
イルマ「うっふっふ~。似合うかしらぁ?」
ディアナ「………。(なんか嫌)」




