46話 4月19日 パーティ開幕。
講堂に着いて十五分ほど経ったころだろうか。オーケストラの生演奏が、ダンスパーティの始まりを告げた。
その間、壁際に並べられたソファに座り、クライヴと話していた時に、いろいろなことを聞かれた。学園は楽しいかとか、放課後はどうしているかとか、不自由は感じていないかとか。
とりあえず、学園生活には満足していると答え、放課後は、出来る限りエルカ村に行って土づくりをしていると答えると、今度一緒に行くと言われた。
ディアナは、うわべで笑顔を作りながら、心の中で冷や汗をかく。
おいしい大根のための土づくりには、毎回ヒロインも参加している。
同行するとなると、当然一緒の馬車に乗ることになるわけで。
……まずい。クライヴさまとヒロインが親しくなっちゃうかもしれない。
どう答えたものかと思っていると、トランペットの音が高らかに鳴り響いてほっと息をつく。
「時間だね」
クライヴは、会話をやめて立ち上がり、ディアナに手を差し出した。
学園の創設者であり理事長のカイル・ノルデンが、円形のホールの中央で短い挨拶をし、それから、参加者の中で一番身分が高い人物がまず一曲踊る。
ノルデン理事長の紹介で、ホールの中央に現れたのは、フロンド王国第一王子カーサと、その婚約者アルテア・シャブリエ。
パーティの参加者に拍手で迎えられた二人は、笑顔でそれに答えると、オーケストラの演奏に合わせて、優雅にダンスを踊り出した。
アルテアは、裾にはレースが幾重も重ねられた、紫を基調としたAラインのドレスをまとっている。
カーサの燕尾服はまばゆい白で、タイやエリやボタンなど、ところどころに紫が使われていた。
しかも、二人の衣装を縫い上げているのは、金色の糸。この世界では、一流のさらに一流貴族でないと手に入らない高級素材だ。
……さすが王族。ゴージャス感半端ない…。
とか思っているディアナの家も、金の糸を調達する財力は持っている。ゲームの中でも、金糸をふんだんに使ったドレスを着ていたし。
けれども、一般庶民の記憶がよみがえったディアナには、無駄なぜいたくをするという金銭感覚は存在しなかった。
王族とそれに準する家柄なら、国の力を強調するためにもぜいたくが必要な時があると思うけれど、サルーイン家はすでに辺境伯の地位を確立している。その上、悪役令嬢Dではないディアナは、他国と共謀して、さらなる権力を得ようなどという野望も持ち合わせていない。
なので、ドレスを必要以上に派手にするお金があれば、孤児院や病院に寄付したり、学校を建てたりして、領地内を発展させたいと思う。
そういえば、レダンにエスコートされているベアトリスのドレスには、これでもか、と言わんばかりに、赤い布地が見えなくなるレベルで金糸の刺繍がほどこされている。
……あそこまでやると、いったいいくらかかるんだろう。すくなくとも、市民と呼ばれる四人家族が三年は食べて行けるくらいでは……がくぶる。
ディアナは、もはやほぼ庶民感覚で、ドレスのぜいたく加減に打ち震えた。
……で、でもでもよ? ぜいたくをする人がいれば、その分もうかる人がいるわけだから、けっしてむだではない……はず。……だと思っておこう、うん。
なかば無理やり感はあるものの、比較的自分が納得できる落としどころを見つけて、その思考はいったん打ち切る。そうして、フロアで踊る婚約者たちを見る。
カーサとアルテアは、学園生たちの視線を一身に浴びながら、フロアを大きく使って、くるくると踊る。
……難しいダンスのステップも、危なげなくこなしていらっしゃる。さすが王族だねえ…。
「……きれいねえ」
「本当に。素晴らしいわ」
「それに、仲睦まじいご様子で…うらやましいわ」
周りで見ている令嬢たちが、ほう、と羨望のまなざしを向けている。
「………」
確かに。と同意もしつつ、でも、ディアナには、どこか違うようにも思えていた。
二人のダンスはきれいだし、素晴らしい。
けれど、触れ合っている手と手が、どこかぎこちなくて……。
たまに交差する目と目にも、義務感のようなものが漂ってきて、見ていると正直むずむずする。
そもそもカーサとアルテアの婚約自体が政略的なものだし、二人に恋愛感情がないのも事実だろう。
……でも…、なんだろう。どこか……。
カーサ王子を慕っているはずのアルテアの方が、むしろ切なげにしている。
……ゲームだと、このころのアルテア…悪役令嬢Aは、カーサ王子に愛されていると信じ切っていたから、ダンスもうれしそうに踊ってたよね……?
やはり、今、この場にいるアルテアは、ゲームの悪役令嬢とは違う。そう確信したディアナだった。
第一王子カーサとその婚約者アルテアによるファーストダンスが終わると、大きな拍手が起きた。
それが鳴りやむと、クライヴから声を掛けられる。
「行こう」
「…はいっ」
クライヴにエスコートされつつ、ディアナもフロアへと行き、一曲ダンスを踊る。
……うわ~んっ。クライヴさまとのダンス、緊張するよう~っ。
ダンスは苦手ではない。けれども、得意かと言われるとそうでもない。
しかも、相手がクライヴということで、胸の方はばっくんばっくんと大きな音を立てている。
……でもでも、今は、割とうまく踊っているように見えているんじゃなかろうか……。
なぜなら、ディアナがステップを間違えそうになると、クライヴが上手に誘導してくれるからだ。
……ううっ…。このイケメン。頭もいい上に、ダンスもうまいのかっ…。
謎のくやしさを感じつつ、腰にそえられたクライヴの腕を意識して、ますますばっくんしてしまうディアナだった。
「……疲れた?」
ディアナが、ぎこちない動きをしているからだろう。クライヴが小さな声で尋ねてくる。
「いえ……。すこし緊張していて……。それに、クライヴさま、ダンスお上手だから、ちょっと悔しい気持ちになりました」
素直に思ったことを口にするディアナに、クライヴは大きく目を瞬かせた。
「ディアナも上手だよ?」
「おせじは必要ありません。さっきから、わたしのことを何度もフォローしてくださってるでしょう?」
思わずぷくりとほおをふくらませるディアナに、クライヴが目を細めた。
「……っ」
まるで、愛おしいものを見るような、やわらかい視線に、ディアナの心がどきりと飛び跳ねる。
心臓の鼓動がさらに大きくなり、ダンスのステップをまちがえそうになるディアナの腰が、クライヴの腕によって、ぐいっと引き寄せられる。
………わああっ…! かお、顔近いぃぃっ…!
一気にクライヴとの距離を詰められ、ますますあわてるディアナ。
確かに、くずれたステップをごまかすにはいい方法かもしれないけれど、まさしく目と鼻の先にクライヴの鎖骨がある状態は、ものすごく心臓に悪い。
……何だかすっごく息が苦しい…っ。…あっ、呼吸するの忘れてたからだっ…!
ディアナがすっかり混乱しているうちに、突然クライヴが動くのをやめた。
……えっ…! し、しまった…! いくらやさしいクライヴさまでも、自分で動けないお荷物状態のパートナーと踊るのはつらかった…?!
これはあやまらなければ、と思い、ディアナが顔を上げると、クライヴと目が合った。
そこには、さきほどディアナの心をかき乱したやわらかい色合いがある。
……あれ…? 怒って…ない?
心の中で小首をかしげていると、クライヴは、そっとディアナから離れ、改めて手を差し出した
「……二曲踊ったことだし、すこし休憩しようか」
そう言って、クライヴは、ディアナをフロアの外へと導く。
……あ、踊るのやめたのって、ちょうど曲が終わったからだったんだ…。
あきれられたわけではないとわかり、ディアナはこっそり胸をなでおろした。
そのまま壁際のソファに誘導され、腰を落ち着けたディアナは、クライヴが給仕からドリンクを持たされる。
「アップルジュースでいい?」
「あ、ありがとうございます……」
前世から今世にかけて、一番好きなジュース。
そういえば、アップルとか、前世と同じ言葉だなーと改めて気づき、やっぱりここは日本人が作ったゲームの世界なのかと感じた。
「……クライヴさまは、何を飲んでいらっしゃるのですか?」
すっきりとした甘さとほどよい酸味を楽しみながら、ちらりと見たクライヴの持つグラスの中身は、銀杏の殻のような色で、しゅわしゅわと新鮮な音を立てている。
クライヴは、中のものをこくりとひと口飲み、グラスから口を離した。
「これ? シャンパン」
言いながら、グラスをディアナに傾けるクライヴ。
「えっ、お酒ですか?」
「そうだよ」
うなずくクライヴに、ディアナはまたしても口をとがらせる。
「わたしのはジュースなのに……」
「ディアナは、まだ未成年だろう?」
「そうですけれど……」
フロンド王国の成人は十五歳。ディアナも今年で十五歳になるけれど、誕生日が来るまでは大人と認めてはもらえない。
けれども、周囲を見回せば、ディアナのクラスメイトの中にも、クライヴと同じしゅわしゅわな飲み物が入ったグラスを持っている者もいる。
「……わたしだって、あと数か月で成人なのに」
子供扱いがくやしくて、口をとがらせたままジュースを飲んでいると、ほおに細いものがあたる。
「…?」
何かと思って視線を向けると、クライヴの人差し指だと気づいた。
「…っ!」
驚いて見上げたクライヴは、やっぱり笑みを浮かべていて。
「今日のディアナは、怒ってばかりだね」
まるで幼児をなだめるように言われたけれど、それがまた、クライヴのやさしさを引き立てているような気がして。
ディアナの怒りは、まるで勢いをなくした炭酸のようにしゅう~っと収まって行った。
「……もう、いいです。どうせあとすこしで大人になれるんだから、待ちます」
怒りが収まると、今度は、婚約者にほおをつつかれるという、まるで恋人同士がするような状況が気恥ずかしくなって来て、それをごまかすようにこくこくとジュースを飲む。
冷たいジュースを飲めば、ほおの熱もすこしは引くだろうかと思っていたら。
「じゃあ、ディアナが成人したら、一緒にシャンパンを飲もう」
そう言いながら、今度は手のひらでほおをなでられて、熱が引くどころかますますゆだってしまったディアナだった。
次回タイトルは、『パートナー変更』でっす。
ディアナ「え?! もう婚約破棄?! はやっ!」
ライル「と言うことで、悪役令嬢Dは、最悪の運命を回避したい、は次回で終了です」
クライヴ「……その嘘はさすがにどうかと思いますが。ライル様」
ライル「そういうお前は、真面目すぎてつまらないけどねー」
ディアナ「……。えーっと、とりあえずお話はまだまだ続きますよ~。本当ですよ~」




