45話 4月19日 いざ、ダンスパーティへ。
ダンスパーティは、入学式でも使用された、ドーム型の屋根がついた講堂で開催される。
当日になると、学園生たち…特に女の子は、朝食を取るやいなや、部屋にこもって準備を始める。
開催時間は、十六時から二十一時まで。
時間帯は、学園に限られたことではなく、貴族の屋敷などで行われるダンスパーティでもたいして変わらない。
……前世の中世ヨーロッパなんかだと、ダンスパーティは夜から夜明けにかけてやってたみたいだけれどもね。この世界は違うみたい。
まあこの国では、魔物の出現やら隣国の奇襲やらの有事の際は、魔法が使える貴族が出張ることになる。いざ戦う時に、寝不足だったり二日酔いだったりしたら、自分を限りなく不利な状態に追い込むだけだ。
そんな考えから、遊びはほどほどに、という慣習が、国民の身に沁みついているのだろう。
……それに、明日もしっかり授業があるしね。
ダンスパーティの翌日だからと言って、授業が休みになるわけではない。
というか、ダンスパーティそのものが、学園としては授業の一環だったりするのだ。
魔法を使える人間は、決して多くない。なので、使える人間は、当然重宝される。貴族はもちろんのこと、たとえ平民でも、自分よりも上の家柄から縁談が来たりして、平民から突然貴族に身分が上がってしまうこともあるのだ。
そうなった時に困らないようにと、この学園では、貴族のマナーの勉強にも力を入れている。
なので、ダンスパーティはもちろん、身分を問わずに全員参加。
服や靴など、必要なものを用意する金銭的余裕のない人には、無料で一式を貸してもらえるし、着付けや髪を結い上げるのも、臨時のメイドさんを派遣してもらえるので、安心だ。
ちなみに、領地からメイドさんを連れて来なかったディアナも、今日は臨時メイドさんに用意を手伝ってもらった。
制服や、部屋着を着るくらいはひとりでできるけれども、さすがにコルセットはつけられない。
……あれは、人の手を借りて、きゅうっと締め付けてもらわないと、きれいなシルエットが出ないからねえ……。
ただ、今世でのコルセットは、単に、ドレスを着る時に、すこしだけ見栄えをよくするものだ。女性にとっての貞操帯とか、かよわい女性を演出するために、ちょっと気絶しやすいようにきつくするとか。そういった意味合いは一切ないので、骨が変形するレベルで締めあげられることはない。
なので、かるい深呼吸くらいはできる程度に締めてもらい、ディアナは菜の花色のドレスを身にまとった。
腰から裾に向かって、スカートが波打つようにふくらんでいくいわゆるプリンセスラインは、着る人間にスタイルのよさを求めないので、常に人気のあるドレスだ。
……実は、このデザインを選んだおかげで、コルセットをゆるめにできたという説もちょっとあったりするのだ。だって、痛いのいやなんだも~ん、も~んも~ん。
上半身からスカートにかけては、オレンジ色のレースが縫い付けられていて、腰に大きなギンガムチェックのリボンがついている。このドレスを試着した時、このギンガムチェックが、ドレスに子供っぽい印象を与えてしまう気がした。だから他のものも着てみようとしたディアナだったけれど、試着に付き合ってくれた両親が、「似合う似合う」と手放しで喜んでいたので、けっきょく自分の希望を言い出せずに終わったのだった。
クライヴは、年齢のわりに大人びているので、並んだ時に不釣り合いにならないか、すこし不安だ。
今日はメイクも、ドレスに合わせてかわいらしい感じにされてしまった。
髪の毛については、メイドさんから、定番のキツキツ縦巻きロールを勧められたけれども、そこはひたすら固辞。
なぜなら、縦巻きロールと言えば思い浮かぶのは悪役令嬢。悪役令嬢と言えば思い浮かぶのは……ぶたに食べられ以下略。
自分は決して悪役令嬢にはならない、という願いも込めて、ふんわりと編み込んだ髪に、白や青や緑の生花を散りばめるという、ナチュラルな髪型にしておいた。
そしてせっかくなので、昨日クライヴに買ってもらった小鳥の髪留めも使ってもらえるようにお願いしたら、メイドさんがうまいこと、白い小鳥が花で羽を休めているかのようにしてくれた。
さすがプロ、とディアナより十歳ほど年上だろうメイドさんを見る。できれば次回も彼女にお願いしたいところだ。
薄手のケープをはおって支度を終えたら、メイドさんにドレスのすそを持ってもらい、部屋を出る。
先ほど、連絡係の人が、クライヴがすでに迎えに来ていると教えてもらった。
まだ時間はあるので、あわてる必要はないのだけれども、クライヴを待たせていると思うと、ついつい急ぎたくなってしまう。
けれども、メイドさんがスカートのすそを持ってくれているのを思い出し、なるべくゆっくり歩くことにした。
万が一、メイドさんがドレスのすそから手をはなしてしまったら、高価なドレスで床のお掃除をすることになる。
サルーイン家をふくめ、ある程度財政に余裕がある貴族は、農民の年収と同額くらいのお高いドレスも使い捨て。一度パーティで身につけたら、後は、メイドやら部下の妻やらに下げ渡してしまう。だから、多少の汚れは気にしないかもしれないけれど、ディアナは違う。
……少なくとも、クライヴからいただいたものは誰にもあげないもん。小鳥の髪飾りだって、最悪ぶたさんのお腹の中まで持って行くもん。
たとえ、貴族のくせにどケチだと言われようとも、手放すつもりは一切ないのだ。
……あ、わたしがぶたぶた魔物に食べられて、命を落とした時には……。棺桶に、このドレスを入れてもらうのもいいかも。
ある意味、縁起でもないことを考えながら、ディアナは階段を下り、また廊下を歩き、寮に入ってすぐのところにある大広間へと向かう。
そこは、ダンスパーティの日だけ、パートナーを待つために、男性が立ち入るのを許されている場所だ。
階段の踊り場に差し掛かると、臨時に用意された椅子に座り、歓談をしながら互いのパートナーを待つ男性たちの姿が視界に入る。
……貴族の女子としてははしたないかもだけれども、攻略対象者の方たちは、一体どこで何をしていらっしゃるのか………。
ちらりちらりと視線を動かしながら、ディアナはゆっくりと階段を降りる。
まず視界に入ったのは、カーサとレダン。レダンが体を前のめりにして、熱いようすでカーサに語りかけている。
……生徒会の話でもしてるのかな?
この二人は、婚約者のアルテアとベアトリスを待っていると思われる。…たぶん。
お次は、ヨハンネスとリューク。ヨハンネスには婚約者がいないから、きっと誰かとエスコートする約束をしたのだろう。問題は、誰と約束をしたのかだ。
……もしもヒロインとだったら、もろ手をあげて歓迎しちゃうんだけどもな~。同じクラスなのに、教室でもそんなに話してるところ見掛けないし。可能性は低いかな。
リュークは、攻略対象ではないけれど、この間の開墾作業で女の子にもてもてだったので、おさななじみとしては、今日の相手が誰なのか、ちょっと気になるところだ。余裕があったら確かめてみようと、ディアナは思う。
……もしもヒロインが相手なら……この場で小躍りしちゃいそう。だって、ゲームのストーリーから完全に逸脱したってことだもんね。……まあそうなったとしても、さすがにくるっとターンはしないように気をつけるけれどもね。はずかしいし。
クライヴにエスコートしてもらっている状態で、あまり恥はかきたくない。そう思っているディアナの視界に、アッシュブロンドの髪の毛がうつる。
……クライヴさま、いた…!
クライヴは窓際に立ち、となりにいる一学年上のロナンドと歓談してい……るのかと思いきや。
ぱっと顔を上げてディアナを見つけるやいなや、即座にロナンドに軽く会釈をして離れ、ディアナがゆっくりと降りている階段の真下に立った。
……えっ。そこって、男性が立ち入れるぎりぎりの場所だよね。
今日、男性の立ち入りが許されているのは、女子寮のエントランスまで。階段を一歩でも上がったら、マナー違反となる。
そのすれすれの場所まで迎えに来てくれたクライヴにびっくりしつつも、うれしい気持ちが勝り、ディアナは顔を赤くしつつ笑みをこぼす。
あと一歩階段を降りたら、クライヴと同じ位置に立てるというところで、クライヴが手を差し伸べてきたので、ディアナもそっと手を乗せた。
「お待たせして申し訳ありませんでした。クライヴさま」
階段を降りきり、クライヴと向かい合わせになったので、まずは膝を折ってあいさつをする。
すると、クライヴはやわらかい笑みを浮かべて、ディアナに周囲を見るよう促す。
「いや、むしろずいぶん早かったと思うよ?」
確かに、大広間では、いまだ多くの男性がひしめき合うように集まり、パートナーを待っている。攻略対象者も、まだ全員残っていた。教師のマリスもタキシードを着て立っている。ということは、おそらく、婚約者や親しい男性の友人がいない女子生徒に、エスコートを頼まれたのだろう。
マリスの相手がヒロインだとすると…、ゲーム進行的には、けっこう順当な展開だったりする。
ヒロインには、当然と言ったら当然だけれども、婚約者がいない。なので、ダンスパーティに出る時は、同じくパートナーのいない女友達…おもにパメラときゃっきゃしながら会場まで行くか、気になる男性にさりげなくパートナーがいないことをにおわせ、誘ってもらうかの二択になる。
四月は、出会いイベントを通過した攻略対象者のうち、婚約者のいない人ならパートナーになれる。婚約者のいる攻略対象者も誘うことはできるけれど、まちがいなく断られてしまう。
婚約者がいるのなら、その相手をエスコートするのが当然なので、他の子と同行するなんてことは、よっっっっ! ぽどのことがないとありえないのだ。
まあ、その、よっっっっ! ぽどのことが起きてしまうのが、ゲーム『イリュージアの光』であり、だからこそおもしろいと言えるのだけれども。
……婚約者を奪われる当事者としては、たまったもんじゃないけどもねえ、まったく……。
ゲームだからと言って、平気で婚約者を蹴散らしていた前世の自分に、猛省を促したい気分だ。
……まあ、悪役令嬢たちにも、愛想を尽かされるそれなりの理由があったような気がしないでもないけれども。Dなんか、国裏切ってたしね。
「じゃあ、行こうかディアナ」
「あ、はい」
クライヴにうながされるまま、差し出された手を取って、ディアナはしずしずと広間を歩く。
いつもはもうすこし元気に歩くのだけれど、今日はおめかしをしているし、なによりクライヴにエスコートされているので、おしとやかを装うのだ。
クライヴは、夜の正装、燕尾服で現れた。
光沢のあるチャコルグレー色の上下に、白いベストとタイは、となりに立つものの衣装を選ばない。
……もしかして、ディアナがどんなドレスを着るかわからないから、気を使ってくれたのだろうか。
勝手な憶測をいだきつつ、並んで歩くクライヴの横顔を見る。
いつもはナチュラルに下ろしている前髪が、今日は後ろに流されていて、さらに大人びた印象を受ける。
そんなクライヴと一緒にいるのだから、自分もしっかりしなければ。
ディアナは、ふんすと気合を入れて、上品な猫や、大人びたきつねをかぶろうと背筋を伸ばす。
……付け焼刃だから、どのくらい効果があるのかは謎ですけれどもねー。
そうして二人歩いていると、さきほどクライヴと話をしていたロナンドが近づいてきた。
階段を見ると、橙色のドレスを着たシーラがいたので、彼女を迎えに行くのだろう。そう思いつつ、すれ違いざまに軽く頭を下げると、「どうも」と、すこしかすれたような声が返ってきた。
顔を上げると、ちょうどこちらを見ていたロナンドと目が合う。
最初、ロナンドは穏やかな笑みを浮かべていたけれど、階段の方を見るととたんに苦笑いに変わった。
「また後で」
クライヴの肩をぽんとたたいて、ロナンドは階段へと向かって行く。
………。
そんなロナンドの後姿をチラ見しつつ、ディアナは首をかしげる。
今のロナンドの態度は、初対面のディアナにするものではない気軽さがあった。
……いくら、同じ生徒会役員の婚約者だからと言って、初めましてのあいさつをすっ飛ばすなんて、この世界ではあんまりないんだけれど……。……あっ…! もしかしたら、以前、ロナンドさまとヒロインの出会いイベントを見てたの、バレてた?! そ、それとも、ライルさまがロナンドさまに、わたしがこっそり様子を見てたこと、言っちゃったとか?
ありうる。そう思って、うんうんとうなずいていると、となりからつやのある低い声が響く。
「……よそ見してると危ないよ、ディアナ」
「!」
そう言って、クライヴはディアナの手を引いた。
ゆっくりとした動きだったのは、あくまでディアナの注意をうながすためだからだろう。
「あっ、も、申し訳ありません」
ディアナは、すぐに謝罪した。
確かに、ダンスの練習の時よりもはるかに豪奢なドレスを着て、普段より高いヒールのパンプスを履いているというのに、注意力散漫とあっては、何かドジをふんでもおかしくない。
………とりあえず、ドレスとヒールに慣れるまでは、おとなしくしていよう。
そう心に決めると、ディアナは、ちゃんとたどり着けるよう、パーティ会場までの道のりを反芻するのだった。
次回のタイトルは『パーティ開催。』
ディアナ「酒だあ~、酒持ってこ~いっ」
クライヴ「ディアナ、それただの酔っ払いだから」




