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155話 5月27日 ディアナの力

 クライヴは、黒みがかった青の瞳を細めて、やさしく笑う。

「やあ、ディアナ」

「どうしてエルカ村へ? 何か用事でもあったんですか?」

 ディアナがはずんだ声で問う。すると。

「今日は君が、ここにいるって聞いたから」

「えっ…!」

 クライヴの言葉に、ディアナは一気に顔を赤らめた。

 だって、今のクライヴの言い方だと、自分に会いに来たと言っているようなものだから。

「でも、今日はライル殿下と一緒に王都へ行かれたと聞いていたので…」

 もじもじしながらディアナが言う。

「うん。用事が終わったから、帰りに寄ったんだ」

「そ、そうだったんですか……」

 と言うことは、と周囲を見回してみると、予想通りライルもその場にいた。

 ライルは、カイルの所へ行っていて、二人で何か話しているようだけれど、すこし離れたところにいるディアナには聞こえない。

「……だから、ディアナにちょっかい出すのはやめた方がいいって言っただろ?」

「……それを言うなら殿下だって、いつも楽しそうにディアナと話をしてるじゃないですか」

「……おれは必要な話をしているだけで、無駄なちょっかいを出してるわけじゃない」

「……いやいや。一時はディアナとの婚約話まで出ていたじゃないですか」

「……噂だろ、あくまでも」

「……王妃はすこぶる乗り気だったようですが?」

「……そこは否定しない」

「………」

「? クライヴさま?」

「? クーたま?」

 ふっとディアナから視線をはずしたクライヴに、ディアナが声をかけると、ディアナの腕の中にいるカレンも真似をする。

「………」

 クライヴとディアナが驚いた表情をカレンに向けると、カレンはきゃっきゃと楽しそうに笑い出した。

 クライヴがふっと目を細める。

「こんにちは、カレン」

「こんちゃっ、クーたまっ」

「今日も元気だね」

「うんっ。だってカレンね、今日おいしいおいも食べたのっ」

「そっか」

「うんっ」

 そのカレンの言葉に、ディアナが慌てる。

「えっえっ、カレンちゃん、今日おいしいだいこん食べたよね? サルーイン領から取り寄せたやつ」

「んうー?」

 ディアナの言葉に、カレンはこてんと首をかしげ、それからにっこと笑った。

「おいもおいしかった!」

「そうですか……」

 カレンの言葉に、ディアナがかくっと肩を落とす。

「…だから何故にそこまで大根にこだわるの、ディー…」

 ファルシナがつぶやく隣で、マリスが笑顔で言う。

「サルーイン領で採れた大根はおいしいからねえ」

「んー…、確かにおいしいですけどぉー…」

 ファルシナは、ついさきほどエルカ村の人と一緒に食べた大根の浅漬けの味を思い出す。しゃくしゃくしてどこかほんのり甘い味が、塩の風味と相まって食べやすかった。

「だよね!」

 ファルシナの言葉に、ディアナが勢いよく復活する。

「ふふふ…やっぱりわたしの目に狂いはなかった…。今こそフロンド王国全土に、サルーイン産の大根を広げる時……」

「ディー、雰囲気がどこぞの悪代官になってるよ?」

 ディアナのたくらみ顔にファルシナが突っ込むと、ディアナがつつつ、とファルシナに顔を寄せた。

「いやいやいや越後屋、悪だくみに関しては、さすがのわしも貴様にはかなわんよ、ふおっふおっふおっふおっ」

「いやいやいや。お代官さまも、その笑いは相当腹黒でございますよ?」

「………」

 突如始まったエセ時代劇に、ライルは呆れ顔を浮かべる。その近くで、マリスが首をかしげた。

「代官?」

「あ、いえ。こっちの話です」

 マリスのもっともな追及を、ファルシナは軽い口調で交わす。

 ここフロンド王国には、悪代官はともかく代官という職業すらないので、マリスが知らないのは当然だ。

 まだ幼いカレンも、きょとんとわけの分からない会話をする二人を見つめ、ノルデン公爵も目をしばたたかせている。

 けれど、クライヴの表情は変わらない。というかむしろお代官ごっこをして遊ぶ二人を楽しそうに見ている。

 そんなクライヴを横目に、ライルが尋ねた。

「ところでノルデン公爵、多忙なあなたがどうしてエルカ村へ?」

「ああ~。そろそろエルカ村の土壌整備が終わるって聞いてたから、お祝いをしにね」

 そう言って、ぱちん、と指を鳴らす。

 すると、後ろに控えていた男性がおもむろに馬車へと向かい、箱を持って戻って来た。

「それは?」

 ライルが問うと、ディアナがむーんと目を細める。

「大根を二つ折にして一本入りそうな大きさですねっ」

「そうだね。りんごなら二つに重ねて六個分ぐらいかな」

「だからディアナ、お前は大根から離れろ。そんでクライヴもいちいち付き合うな」

「ええ~、殿下のけちぃ~」

「何でだよ。まあいいや。で、ノルデン公爵。箱の中身は何です?」

 二人を…特にディアナを相手にしていると話が進まないと気づいたライルは、気持ちを切り替えカイルに問う。

 するとカイルは笑顔で答えた。

「これは…おみやげだ」

「おみやげ?」

 とことこと箱に近づくディアナ。そのすぐ後をクライヴが追う。

 カイルがくいっと顎をしゃくると、カイルの従者が箱を開けた。

「わあ~!」

 中身を見て、ディアナが感嘆する。

「すごいですねえ~! おいしそう~! あっ、このキャベツなんかぜったいいつやっつやに育つ!」

 手をぱんとたたいてはしゃぐディアナに、クライヴが言う。

「これ…種だよね?」

「はい!」

 箱の中には、黒や茶色、白い色をした小さな種がぎっしりと詰まっていた。

「おお~そうなんだよ、この種は、我が領土でも味が濃いと言われる野菜を選りすぐったものだ。よくわかったね。さすが土の属性の持ち主だ」

 カイルがうれしそうに、ディアナの頭をなでようと手を伸ばす。

「―――――あれ」

 けれども、今、そこにあったはずのディアナの姿は消え、かわりにクライヴが立っていた。

「頭をなでようとしただけなんだけど?」

「未婚の女性にむやみに触れるのは、学園長の行いとしていかがなものかと」

 残念そうなカイルに、クライヴがすげなく告げる。

「ちぇっ」

 まるでおもちゃを取られた子供のように口をとがらせるカイルを横目に、マリスが言った。

「それにしても、サルーイン嬢は植物の種を見ただけで、味がわかるのかい?」

「はい! もちろんです! 種ひとつぶごとに必要な、土の質とか肥料とか水の量とかは全部違うでしょう? だからその子…その種に合った育てかたが重要ですよねっ!」

 元気に答えるディアナに、マリスは苦笑する。

「いや……それはもちろんじゃないよ」

「?」

 きょとんとするディアナに、マリスが付け加えた。

「たとえ土の属性持ちでも、種を見ただけで味や育て方がわかる者はなかなかいない。…おれを含めてね」

「へっ…! マリス先生でもですか?」

「まあ、質の良さそうなものはわかるような気がするけど…なんとなくかな」

「……そうですかー…」

 ディアナは、両手をほおに当てて、ぷるぷると顔を振っている。

「わたし、小さいころから、種を手に取ると普通に甘いとか苦いとかわかってたんですけれども……もしかしてちょっとすごい?」

「いやいや、それちょっとどころじゃないからね? 相当だからね?」

 マリスにやさしい口調で言われて、ディアナはますます顔を振る。

「……わたし、実は自分のことを落ちこぼれだと思っていて……。だってもう十五歳になるのに、お母さまみたいに、入江一体に結界を張るなんてことできないし………」

 ディアナの言葉に、カイルがぱたぱたと手を振る。

「あ、あれと比べちゃダメ。あの人規格外だから。十キロ四方の海域に氷の結界おったてるとか、人間技じゃないから」

「でもでも、わたしはいずれお母さまの後を継いで、サルーイン領を守らないといけませんし……」

「サルーイン嬢があそこまで強くなくったって平気だろ。クライヴいるし」

 ライルが肩をすくめると、クライヴが笑顔でほおに置かれているディアナの手を、すくうように手に取った。

「……そうですね。今はシャルタン様のようにはいかないけれど…いずれは越えたい目標ですね」

「! へえ…強く出たねぇ」

 クライブの言葉に、ライルがまるで挑発するかのように目を細める。

 けれど、クライヴの返答は淡々としたものだった。

「大切なものを守るためには、力が必要ですから」

 同時にクライヴが、ディアナの手をきゅっと握る。

「え? え?」

 赤面するディアナ。

「はいはい…お熱いねー」

 あさっての方向を見て言うライル。

「……ちょっと、ディーったら、ヒロインばりに乙女ゲーム状態じゃない?」

 ぽそっとつぶやくファルシナ。

 そんな面々を横目に、カイルがぱんっと両手を合わせた。

「ま、守りたいものがあるのはいいことだ。とりあえず俺は、この村を守ってくれた君たちにも礼がしたいね。―――というわけで、ささやかではあるが、祝宴の用意をしている。みなさん、ご参加いただけますか?」

「! もちろんです!」

 元気に答えるディアナに、

「しゅく…?」

 カレンがこてんと首をかしげて尋ねる。

 ディアナは、カレンの前にしゃがみ込んで答えた。

「祝宴はね、お祝いのことだよ。カレンちゃんも、お誕生日のお祝いとか、するでしょう?」

 すると、カレンのうす紫色の目が一気に輝く。

「! けぇき!!」

「えっ…」

 ……た、確かに…!

 予想外の、けれども誕生日といえば外せないものを求めてきたカレンに、ディアナはわたわたする。

 ……まずい…! ケーキがないって言ったら、カレンちゃんの無邪気な笑顔がくもってしまうかもしれない…!

 あせるディアナ。けれども、その背後から、天の助けのような声がした。

「あるよ~。たくさん食べてね、カレンちゃん」

「! あいっ!」

 …! なんて準備のいい…! さすがは公爵さま!

「ありがとうございます、ノルデン公爵」

「いやいや。お祝いするなら、ケーキは必要だろう? ディーも好きだよね?」

「はいっ」

 ディアナがうれしそうに答えると、カイルは得意気にウインクを。

「じゃあこれで、さっきいきなり抱きしめた事は、許してくれるかな?」

「それとこれとはまったくの別問題です」

 答えたのは、クライヴだった。

「あ、そう………」

 言いながら、ディアナの肩を抱くクライヴに、残念そうな目を向ける。

 ディアナは、クライヴとの距離が近づいたことで、「ふわあ~…」と顔を赤らめている。

 そうしている間に、カイルの馬車の中から次から次へと箱が出てきて、食べ物や飲み物が簡易テーブルの上に並んだ。

「さあ! 今日はお祝いだ! みんな楽しもう!」

「わあっ~!」

 気を取り直したカイルが高らかに声をあげると、ディアナやファルシナ、そして村人たちの歓声とともに、祝宴が始まったのだった。

次回のタイトルは、『空中遊泳ハプニング。のあとは夢見心地?』でーす。


ディアナ「人間って空飛べるの?!」

アルテア「風の魔力があれば多少浮くことはできると思うけれど……飛ぶのは無理じゃない?」

ディアナ「じゃああのタイトルなに?」

イルマ「それは……想像におまかせしますわ、ふふふふふ…」

ディアナ「………。(なんか嫌な予感……)」

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