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145話 5月23日 朝のお誘い。…いらん方の。

誤字のご指摘×2件、ありがとうござました!

どちらもその通りでございました。ちゃっかり修正済みです。o(^^)o

 ……いったいどうしてこうなった?

 ディアナは、心の中で首をかしげながら、ふわふわオムレツをぱくりと口の中に入れた。

 ……うん、おいしい。これは生クリームが入っておりますな。日本で言うなら洋風だね。

 寮の料理担当のおねいさま方がおつくりになる食事は、どれもおいしい。できたてのシャーベットなんて、しゃくしゃくで、ほっぺがぽろんと落ちそうなレベルだ。

 そんなおいしいごはんを目の前にしていると言うのに、ディアナはちょっと…いや相当ゆううつな気分だった。

 なぜなら。

「……ですから、いくらサルーイン様が婚約者とは言え、あまりクライヴさまを束縛しすぎるのはよくありませんよ?」

 ……今、ディアナの目の前で滔々と話しているのは、悪役令嬢Eことイルマ・ダントンだ。

「サルーイン様がクライヴ様の行動を縛りつけることで、クライヴ様は身動きが取れなくなり、孤立いたします。それは、結果的にサルーイン家にとってもよくないことではありませんか?」

「………」

 ディアナは、もぐもぐと口を動かしながら、頭の中で意見を言う。

 ……ライルの話だと、クライヴさまはむしろ、わたしとの婚約が決まってからは社交の場を広げてくださっているみたいなんだけど……。

 ディアナは、ぱりぱりの新鮮レタスをぱくんと口の中に入れつつ、先日のダンスパーティでこの世界の常識をどうどうと破ってくれたイルマをちらりと見た。

 すでに朝食は済ませたのだろう。ジュースを片手に、ごはんの入ったトレイをテーブルに置いて座ったディアナのもとへやってきた悪役令嬢Eは、ディアナの目の前で得意気にフロンド王国の常識とやらを語ってくれている。

 ……なにより、ダンスパーティで婚約者でも家族でもないのに、クライヴさまに二度目のダンスを申し込んだあなたに言われたくないなー…。

 もくもくとレタスを咀嚼しながら、ディアナは眉をひそめる。

「ですから、休日もお二人だけでなく他の方もお誘いして、そうですね…少人数でお出かけすることをお勧めしますわ」

「………」

 ディアナは、肯定どころか声ひとつ出していないのだけれど、悦に入ったイルマの意見は続く。

「この二連休、クライヴ様とお出かけになるのでしたら、わたしも付き合って差し上げます」

 ……うわあ。断言したよこのしと。たんに自分がクライヴさまと一緒にいたいだけだよね? まあ、そりゃあクライヴさまはかっこいいし、やさしいし、一緒にいると心がうきうきしちゃうので、付き合いたくなる気持ちは理解できなくもないですけれどもね? でもわたしだって、婚約者とはいってもクライヴさまにお会いできる機会はあんまりないので、できれば二人で……デ……デート? ……したいんですよう。

「………」

 クライヴがそばにいてくれるのを想像するだけで、幸せな気分になる。

 ふとつい四日前にクライヴとダンスを踊った時のことを思い出して、ディアナが顔をふにゃんとほころばせていると、イルマがさらに突っ込んで来た。

「で? 二連休のご予定は? いつクライヴ様とお会いになるの?」

「………」

 ……うわあ…。がんばるなあこのしと。でも、残念なことにね。

「この二連休、クライヴさまとお会いする予定はありません」

 事実をきっぱりと告げると、イルマが訝し気な視線を向けてきた。

「え? まさか。二連休ですよ?」

「そうですねえ」

「二日もお休みがあるんですよ?」

「そうですねえ」

 自分でもぞんざいだなーと思うあいづちを打ちながら、ディアナは、今日のメインディッシュであるクレープをナイフで切って口に運ぶ。

 ……うわあ~、こっちもふんわりぃ~。おいしい~。

 ちょっと厚めの、外側ぱりぱり中はやわらかい生地の、そこはかとなく甘い味を楽しんでいると、イルマがディアナに顔を近づけて来た。

「サルーイン様から誘ってみてはいかがですか?」

「は?」

 ……え、いきなり何言い出した? このしと。

 ほおをひく、とひきつらせたディアナに構わず、イルマは話を続ける。

「ですから、せっかくの休日ですもの。クライヴ様を誘って、一緒に出掛けましょうよ」

「………いえ、クライヴさまはいつもお忙しくしていらっしゃるので、わたしからはあまり……」

 ……ていうか誘ったことないな、そう言えば。

 でも、クライヴは学業に加えて生徒会の仕事もしているし、さらに時々ではあるけれども、王様の運転手なんかもこなしているのだ。ディアナと会う前に休みたいと思っているかもしれないし、何より会いたいなんてわがままを言って、クライヴを振り回したくない。

 ……そんなことしたら、悪役令嬢Dと同じになっちゃうからね。ヘタしたら、クライヴさまにうんざりされて、ファルめぐちゃんに恋されちゃうかもしれないし。

 それだけは何としても阻止しなくてはいけないのだ。だから、せめて九月あたりまではおとなしくしていようと思う。

 なのに。

「では、わたしも一緒に行きますから。ねっ、サルーイン様」

「………」

 ……えっと。いったい何が「ねっ」なのだろうか……。

 茶目っ気たっぷり、な雰囲気で大きな目でぱちんとウインクするイルマ。

 ……聞いてたのかな? このしと、わたしの話の何を聞いてたのかな? クライヴさまにお会いする予定はないって言ってるのに、どうして会う前提で話が進んでいるのだろう……。何かがつがつしてるんだよな、このしと。どうすれば人の婚約者に対してここまで堂々と割り込めるんだろう………。ものおじしないその性格が、ちょっとうらやましくもあるよ……。

 もちもちクレープを口の中に入れながら考えていると、ディアナのとなりに、かしゃんとトレイが置かれる音がした。

 はっとして顔を上げると、そこには物語のヒロイン、ファルシナ・オランジュ嬢がまばゆいばかりの笑顔を浮かべて立っている。

「おはようございます。ディアナ様、ダントン様」

 ファルシナはにっこりと笑って席に座った。

「ディアナ様、朝食ご一緒しても?」

「はい、もちろんです」

「ありがとうございます。…もう座っていますけれどね」

 ふふふ、とまるでいたずらが成功した子供のように笑うファルシナ。

その姿は茶目っ気いっぱいでとても愛らしく、ちょうど通りかかった数人の女生徒がファルシナに見惚れて立ち止まったほどだった。

 ……女の子ですらとりこにしちゃうなんて…! これが物語のヒロインの実力…!


 ディアナも女生徒と一緒になって見とれているファルシナは、数人の視線をモノともせず、ふとイルマに向き直った。

「ダントン様、ディアナ様やクライブ様とお出かけになるんですか? 楽しそうですね。わたしもご一緒していいかしら?」

「えっ…」

 やさしげなピンク色の唇をほころばせて訊ねるファルシナに、イルマが声を詰まらせる。

「いえ、その…」

 イルマの口元がひくりと引きつる。多分断りの言葉を探しているのだろう。まるで餌を求める鯉のように口をはくはくとさせている。その間、ファルシナはにこにこと笑いながら答えを待っていた。

 ……わあ~いっファルめぐちゃん、いい作戦だよ…!

 そう。ファルシナは、すでに学園中でもちょっとした有名人だ。人外レベルでかわいらしい容姿は常に人目を引いている。

 四月、五月と行われたダンスパーティでも、男性から熱い目線をそそがれていた。ようするに、もてもてなのだ。

 もし、イルマの言う少人数でのおでかけにファルシナも参加したとしたら、他の女の子たちなんてほぼ空気と化してしまうことうけあいだ。

イルマもどちらかと言えばかわいらしい顔立ちをしていると思うけれど、ファルシナには到底及ばない。

 ……なにせ、人外ですから。

 おそらくそれを、イルマも十分に理解しているのだろう。

 イルマは、いきなり首をぶるぶると勢いよく振ると、慌てた様子で立ち上がった。

「い、いえ。クライヴ様はお忙しいようですし、今日はやめておきますわ。ね、サルーイン様」

「……」

 ……いや。わたしそもそも、あなたの提案に乗った覚えはないよ?

 ディアナが心の中でそうつぶやいたころには、イルマはすでにディアナたちに背を向けて立ち去っていた。

「朝から大変でしたね、ディアナ様」

 イルマが食堂から出たのを見届けて、ファルシナがふう、と息をつく。

「そーなんですよ、ファルシナさま。あの人、ほんっとクライヴさま大好きですよねえー……」

 ふう、と安堵かうっぷんを晴らすためか、今一つわからないため息をつきつつ、ディアナはクレープをぱくりと食べる。

「本当にねえ…。ディアナ様以外へのへのもへじにしか見えていなさそうな方の、どこにほれたのやら………」

「へのへのもへじて」

 ディアナはファルシナに手の甲を向け、ていと軽くツッコミを入れる。

「懐かしいですね、それ」

どこぞの前世のお笑いコンビでも思い出したのか、ファルシナはくすくす笑いながら、ディアナに顔を近づけた。

「でも、ここだけの話……」

 ファルシナの声が、少し低くなる。

「んん?」

「ダントン様には気をつけた方がいいかもしれないよ? ディー」

 そう言ったファルシナは、すでに笑っていなかった。真剣な表情で、ディアナの返事を待つ。

「んんー…」

 ディアナは困り顔で、デザートのいちごをフォークで刺した。

「そうは言われましてもねー。こっちが避けても、あっちから寄ってくるんですのよ? ファルめぐちゃん」

 ディアナの言葉に、ファルシナは眉を寄せる。

「まあ、しつこそうだもんねー。あの子」

「だよねー。…にしても、貴族なら、よっぽどのことがない限り、家同士で決めた婚約が破棄されることなんてないって、わかりそうなものだけども………」

「あ、さすがにダントン様がフィクトル様を奪おうとしてることはわかるんだ」

 ファルシナに言われて、ディアナはむう、と口をとがらせる。

「そりゃあ、ダンスパーティで自分の婚約者に二回目のダンスを申し込まれたら、さすがにねえー…」

「建国からかたくなに守られてきた貴族の常識を破るんだから、本気じゃないとできないよね」

「うん………」

 ディアナは、小さくうなずきながら真っ赤に熟れたいちごを口に運ぶ。

 ……あれ、味わかんない……。

 あまくおいしいはずのそれが、ただの水分のかたまりのように思えてしまうディアナだった。

次回のタイトルは『アルテアの心のうち』です。


ディアナ「美女の心のうちとはいったい……」

ライル「お前は考えるだけ無駄じゃないの?」

ディアナ「くうっ! 言い返せない!」

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