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第90話 みすぼらしくいかされていく

 笑い疲れた民衆はその端からパラパラと散漫になっていく。繰り返した爆発に崩され焦げ付いた地面には、巻き込まれて木片と化した十字架が散らばり火移りしていた。爆炎弾を投げていた最前列の彼らは未だ熱が冷め止まないのか拳を振り上げて一丸となり、

「これこそが正義だ!力を持った不当な輩は皆殺しにするに限る!」

「暴れる魔人など魔物と変わらない!街に出てきた猛獣と同じ、見掛けた瞬間銃を取れ!顔を見る前に頭を潰せ!奴らの思惑など考える必要は無い!怪しい奴は全員殺せ!」

「いっそ使えない魔人も殺してしまえ!奴らは兵器だ!使えない兵器も廃棄するんだ!」

 彼らはまた雄叫びを上げ、パトリックはそれをにこやかに眺めると兵の数人を連れて颯爽と城へ帰っていく。残る兵士は十字架に火を点けて回り、そんな中俺はまだマイクに取り押さえられている。彼らの視線が不意に俺に向き、また嬉しそうに彼らは続ける。

「おい、そこの魔人も殺してしまえ!そいつは先日騒動を起こした魔人だぞ!」

「おお、あの時の魔人だ!そうだ、殺せ!そいつも大罪人だ!人間に刃向かう魔人は全て死刑囚だ!この場で殺してしまえ!」

 直後、また人集りの中央から流し渡されてきた爆炎弾が最前列から投げつけられる。俺だけを狙ったはずのそれはマイクを巻き添えにして爆発を起こし、歯を食い縛る俺の後方でマイクも小さく呻いた。…人間共、何処までもふざけやがって…。

 一波去ったために拘束を振り払って立とうとすると、マイクの身体は呆気なく後ろに倒れる。始めに押さえてきた腕力は俺の力を優に超えていたはずだが、今のマイクにはそれほどの力は無い。妙には感じたが、当然それどころではなく俺は再び投げ込まれる爆炎弾へと注意を払った。…爆炎弾の効力が『ファイア』と同等であれば、『コールド』を纏った手で爆発を遮ることが出来るはずだ。それは飽くまでその場凌ぎだが、これで隙が生じれば逃げ出すことも叶う。

 しかし、予想外にも爆炎弾の幾つかは建物の陰から放たれた青白い閃光の矢に撃ち落とされて爆発し、矢を乗り越えた分も到達より早くゾルガーロが目前に駆けつけて抜き身の剣で脇に弾いていた。俺は勿論のこと、民衆も驚いて手を止め、ゾルガーロは俺に剣を指しながら民衆を見渡し告げた。

「魔人の犯罪者は以降、パトリック王の采配の下我々アカデミーにより執り行います。この者の身柄を持ち帰り審議に掛けますので、妨害行為は謹んでいただきたくお願い申し上げます」

 民衆はゾルガーロの低い声色に怯え、しかし頑として聞く耳を持たぬ者は、

「元々アカデミーのお前らが仕事をしないからこの事態になったんだろうが!だいたい魔人の言うことなんか信用できるか!」

()()()()()()()()()()()審議致します。我々の決定ではありません」

 再度ゾルガーロが凄むと息を呑んで口を閉ざした。ゾルガーロは俺へと振り向くと眉を寄せた険しい表情のまま俺の後ろを覗き、「おい、マイクを起こしてやれ」と小声で命じてくる。

 おかしなことを言うなと思い俺もマイクの方を向くと、マイクは行動不能に陥ってそこに仰向けになっている。

「えっ、よわ……」

 と思わず呟いて、少し気が抜けたままマイクに肩を貸すと「…助かる」とマイクが苦笑いを見せる。そしてゾルガーロが背中に剣先を突きつける中アカデミーを目指して歩き、人集りから遠ざかってくると先程までの騒動に意識が返って腸が煮えていく。

「…あんたら、何だってあんな馬鹿げたことに荷担して……」

 吐き捨てる調子で文句を垂れた俺にマイクが神妙に俯き、対称にゾルガーロは呆れた様子で溜め息をついた。

「馬鹿はお前だ。あんなことをして…、本来ならお前だってあの場で殺す所だったんだぞ。クリスティーネを扱うのに有用だから大目に見てもらえているだけだ。何をどうするつもりで飛び込んできたんだお前は」

「別に、あのバカキングがムカつくから一発殴ろうと思っただけですよ。いいじゃないですか無事阻止したんですから」

「いい訳あるか、俺達がお叱りを受けるだろうが」

 俺とゾルガーロとが舌を打ち合う横で言葉を纏めていたマイクが、身体こそ動かせないものの視線だけは何とか俺を向くように気を配りながら口を開いた。俺はそれをよく聞こうとマイクに顔を近付ける。

「レムリアド、お前の気持ちは本当によく分かる。だが、もうこんなことはするな。不用意な行動で敵意を持たれれば、この先余計に動き辛くなる。今は堪える時期だ」

「おい、マイク!」

 ゾルガーロは珍しく声を張って彼を睨む。窘められてもマイクは止まらず、ゾルガーロに振り向けない代わりに目を瞑って語気を強めた。

「俺は、お前みたいに諦めたりしない。まだ諦めるには早いんだ」

「マイクお前、下手なことをしようとするな。そんなことにどれ程の意味がある?」

「意味?だったらお前のそれに意味はあるのか?世界の延命に1人の少女を使い捨てて、それで何が救われる!?…ゾルグ、お前もこっちに来い。お前だって心の底では…」

 ゾルガーロは「うるさいんだよ」と顔をしかめてそっぽを向いた。マイクはそれ以上の会話はやめる。

「…何の話ですか、これは」

 俺が訊ねると、ゾルガーロは責めるような眼をマイクの背に差し、マイクはそれを知ってか知らずか「その内お前にも話す」と返した。それから、マイクはゾルガーロへの言葉だと示すためか再度語気を強め、「お前には『関係無い』、だろ?」と確認のような口調で訊ねる。ゾルガーロは溜め息をつきつつ顔を背けた。

「あぁ、俺には関係無い。お前らを止めはしない。だがもしもの時は――」

「そうだな、敵同士だ」

 マイクはゾルガーロの言葉を奪うように告げた。ゾルガーロの目はその瞬間だけ何処か寂しそうに細まり、見るとマイクも同じ目をしていた。俺は会話の意味を知ることは出来ないものの、両者の悲壮な覚悟を窺い知ることは出来た。


 教員室までマイクを連れ込むと、同時にゾルガーロが復帰薬を取りに倉庫へ向かった。室内は他の教員が殆ど出払って閑散とし、マイクは自分のデスクに着くと眼だけでぐるりと一面見渡して「…平日なんだがな」と呟いた。

「…アカデミーの意向では、このまま国王にひれ伏し続けるんですか?」

 目の前に立って見下ろしながら直球でそう訊ねてみた。周囲から僅かに視線が刺さるが、それらは此方が振り返る間も無く収まる。まるで会話に関わりたくないと言うように潔い所作だった。

 マイクは見上げられないため眼だけを此方に向けて「そうだろうな」と答えた。その様子は見た目の上では睨むようでもあった。

「…前国王の頃はまだ歯止めが掛かっていたが、元からこういう国の意向に関与する『大きな事件』についてアカデミーへの指示は三次総合軍事委員会が決定してきた。大臣はその委員長も務めている。国王も大臣の手の内となった今、これまで以上にアカデミーは大臣の支配下に置かれることになる」

「何で魔人が人間の顔色を窺って生きてなきゃいけないんですか?能力的にも生物的にも、あらゆる面で俺達は人間より秀でているのに、何で今の社会では人間の方が偉いんです?納得がいきません」

「……お前、冷静になれよ。そんな馬鹿なこと言うような奴じゃなかっただろ」

「冷静です、真剣ですよ。精神面でだって人間は魔人に遥かに劣る。味覚の消失に排毒効果…様々な発達を経た魔人は、結果としてあらゆる欲望から解き放たれている。レベルの上昇で頭がおかしくなるなんて言ってもそれは度を超えた場合の話で、現に俺や先生は何とも無いじゃないですか。何なら、その『頭がおかしくなる』なんてのは人間の価値観でモノを言っているだけじゃないですかね?それか、あの大臣がデマでも吹聴したんでしょ。下らないんですよ何もかも」

 半笑いでブツブツ告げていた俺にマイクは深く溜め息をつく。

「ダルパラグで会ったネウロが普通に見えたのか?デマでも何でもないよ。…まぁ、お前がそうなるのは仕方ないだろうけどな……」

 まるで俺が間違っているとでも言うようなその発言が癪に障った俺は、続けて胸の内に蟠った理屈を吐露する。怒鳴るとまで行かずとも低く尖ったその声は室内全体に染み渡り、他の教員達が作業もやめて聞き入っていた。

「今の人間は腐ってます。あったはずの温情は恐怖を前に死に、この時代の熱に侵され腐乱している。悪臭放つ人間共など放っておけばいいんです。…こういうのはどうです?人間は人間、魔人は魔人で住む街を分けるんです。魔人の街に住める人間は、魔人が認めた善良な者だけ。これで文句言う人間達も魔人と離れられるし、魔人も迫害を受けない。いずれ人々は俺達のありがたみを思い知り、天神のように担ぎ始める。理想的じゃないですか!さっきの奴らだってすぐに泣き付きますよ、何か問題がありますか!?」

「…それで、お前は『認められない人間』を見捨てるのか?魔人が人里を去れば、残された人間はもうその街から出られないんだぞ」

「当然の報いだ。いいですよ、それで」

 マイクは痛みを堪えるように目を細めた。そしてなおじっと俺を見つめている。

「…その目、やめてくれませんか」

 敢えて見下すように下目に見た俺を、マイクは変わらず見つめた。

「その目をやめろ」

 丁寧に言って伝わらないならと声を低く、粗暴にしても、マイクの眼は変わらない。…可哀想に、同情するように、彼は変わらぬ視線をぶつけてくる。身体の芯から震えるように怒りが湧き上がり、震えは喉を突き動かして唸るような怒号を上げさせた。

「…その苛つく眼をさっさと退けろッ!」

「騒々しい奴がいるな」

 ふと、冷徹で静かな声が入り口から届いた。見知らぬ声ながらも、その遠慮無い発言に気を削がれた俺は「あぁ!?」と恨みたっぷりに怒鳴り返して振り向いた。しかしそこに立つ集団の放つ異様な威圧感が、俺の激情を一瞬にして押さえ込んでいた。

 それは物音も無くドアを開けて入った魔鋼装備の4人衆だった。先頭に先程の返事をした1人と、その後ろに3人が並び立ち、一様に俺を見つめているがその表情は様々である。後列の左手には檸檬のように黄色く、短くも長くもない髪の女が立っていて、同色の瞳を好奇心で光らせながらニタニタと笑っている。右手には似たような色の髪を鋭いモヒカンにした、筋肉質で屈強な男が厳つく眉を寄せている。そしてその真ん中に立つ背の低い女性は顔が隠れそうな程の深紅の長髪の下で、強いて言えば憂鬱な、無感情の面持ちでいた。そして3人の先頭に立つ男は、彼女らをその場に残してスタスタと此方へ歩き始めていた。

 紫の髪は前が目に届きそうに長く、またその目は鷹を想わせる鋭いものだった。諦観したような気の無い顔でいながら、その眼の奥には明らかな苛立ちの色がある。…何となく、その男は自分に似ているような感触があった。

 しかし、それも口を開くまでの僅かの間のことでしかない。彼は俺の前に立つとマイクをちらりと見て、「ゼラン、頼む」と半分振り向いて仲間に告げた。ゼランと呼ばれた深紅の女性がトボトボと力無く歩いてくるのを見つめながら暫し待っていたその男は、待ち倦ねて冷めた眼をマイクに向け直した。ふと周囲を見ると教員達は全員立ち上がって緊張顔で敬礼している。同様に礼を尽くそうとしていたマイクは動けないながらも言葉を探していたらしく、あたふたした様子で話し始めた。

「…このような状態で、申し訳ありません。御越しいただいて光栄です」

「いや、いい。それよりお前がマイク・ローカルか?」

「え、ええ…。お初に御目に掛かります。…そして、此方がレムリアド・ベルフラントです」

「そうか。…なるほど」

 男はそれだけ訊くと俺に眼を移し、此方が気圧される程に凝視する。脇ではゼランがマイクの胸に触れて『コネクト』を施し、マイクが行動不能から復帰すると少し遅れてゾルガーロが現れる。ゾルガーロはその状況を一目で理解すると、無言で入室して壁沿いに控えた。

「…あの、あなたは…?」

 ひたすら無言で見られているのは居心地が悪く、憤りも鳴りを潜めてただ困惑の声を漏らした。男は面倒臭そうに口を開きかけたが、立ち上がったマイクが代わってそれに答え始める。

「ヨヒラ・シロムラ様だ。かつて伝説の勇者リアス様の直々の補佐を務め、リアス様の亡き後はその子孫の方々に道を示してきた『光の守護者』だよ」

「…光の…」

 俺はマイクからの説明を聞きながらヨヒラの顔を見つめた。…魔人は成長こそすれど老化はせず、寿命も存在しない。故に成長が止まれば容姿はそのままに何年も生き続ける。…理屈では知っていたが、現実に百年単位で生きている長寿の魔人を眼にしても、信じきれないというのが本音だった。

 ヨヒラは後方へ引き返していくゼランを意に介さず口を開き始めた。マイクもゾルガーロも、ヨヒラの注意を逸らさないように黙り込んでいる。

「俺の素性などどうでもいい。早速だが、末裔の場所まで案内を頼めるか?」

「……あ、俺…ですか?」

 突然の依頼に困惑し、そう確かめると「現場を任されてるのはお前だろう?」と苛立たしそうに訊き返される。俺が了解を取るつもりでマイクと顔を合わせると、マイクはそれに対してやけに優しい顔をして、

「ご案内差し上げろ」

 と頷く。俺はいまいち要領を得ないまま渋々了承し、ヨヒラ達を連れてアカデミーを出た。


 登城階段を登る頃になっても彼らは無言でいて、「此処を登れば着きますよ」と声を掛けてもヨヒラは「ああ」と一言きりだった。彼らは歩く間も足音一つ立てず、それが余計にこの静寂を強固にしていた。

 黄色髪の女性は未だニヤついているが、教員室の時程ではない。それでもやはり、何が面白いのかじっと俺を見つめている。ヨヒラは何故か鬱陶しそうに彼女を瞥見しているが、彼女は何処吹く風である。

 到着し、城内に入るといつもの通り見張りの兵が出迎える。普通はしっかりと身元の確認を取って漸く登城を許されるのだが、何度も出入りして顔を覚えてもらっているため俺のパーティは全員顔パス状態となっている。その兵士達も前期国王の時代で知り合っているためそれなりに気が知れていて、お蔭で俺が連れてきた彼らに不信感は抱かなかった様子だった。

「ベルフラントさん、その方々は?」

 一応確認を取るために2人で槍を交差させ入り口を塞いだ兵士の片方が、少し訝しげにそう訊ねた。事情を話していいものか分かりかねたのでヨヒラに視線をやると、彼はうんざりしたように息をついて重い口を開いた。

「アカデミー関連の依頼でクリスティーネと接見するために来訪した。先に着いているユニフェス・シーンスと同じ用件だ」

「ああ、そうでしたか。中でお待ちです。ご案内致しましょうか?」

「いや、結構だ。案内はこの男に任せてある」

 …『接見』という響きに違和感を覚え眉を寄せた俺を一瞥したヨヒラは、

「アカデミー関連としておけば説明が省ける」

 と半ば検討違いな釈明をしつつ、兵が退いた道を進んだ。ヨヒラと横に並びながらクリスの軟禁部屋を目指して歩き続けていると、3階の階段を登りきった先で廊下から歩いてきた集団と鉢合わせる。その集団は4名の兵士の先頭を、大臣とパトリック王が並んで歩く構成で近づいた。

 パトリックは俺を見るとフンと鼻で笑った。

「ああ、貴様だったらしいな。先程のショーで騒いでいた魔人は。私に逆らおうというつもりか?」

 『あぁ、その通りだよ腐れ外道』と言い返してやりたい所だが、それでメーティス達に何かあってはいけない。先程に比べれば幾分か落ち着いてきた俺は、静かに膝をついて「滅相もございません」と言い繕ってみせた。

「まぁどういうつもりであれ、今後は好き勝手に動けると思わないことだな。私の指先一つでお前の命など簡単に捨てられるのだ。私に生かされていることを忘れるなよ、魔人」

「ありがたき幸せにございます」

 この場で首を斬り落としてやろうか、暗君。

 パトリックは満足げにせせら笑うと、今度はヨヒラ達へと向いて数歩近づく。顔を少し上げて脇目に見ると、ヨヒラ達はまるで動じることもなくパトリックと睨み合っている。

「田舎の魔人は身分が分からんようだな。私は国王だぞ。このアムラハン全土の集落を領地とする唯一国の、国王だ!世が世なら帝王と呼んで等しいこの私に跪きもせず対面など愚かしいにも限度がある!何の用だか知らないが――」

「国王陛下!」

 大臣は青冷めた顔でパトリックの話を断ち切った。パトリックは腹立たしそうに「何だ?」と振り返り、大臣はなおも青冷めて告げていた。

「そちらは先代より光の守護者と呼ばれ、勇者の血筋の者達を導いてきた方々です!如何に国王様と言えど、光の守護者を無下には出来ません!」

 パトリックはそれを聞いてポカンと口を開け、ヨヒラに顔を戻すと、「…何世紀生きている……化け物どもが…」と懲りもせず口をついた。それを聞いた黄色髪の彼女は腹を抱えて大笑いし、そのまま歩いてパトリックの肩を掴む。パトリックは激昂し怒鳴りかけたが、彼女はそれより早くねっとりと話して彼の首に手を掛けた。

「荒々しい男は好きよ。でも、あなたみたいな(あッッッさ)い男じゃ濡れないの。見てる分には笑えるけどねぇ。…帝王、帝国ね……(あの擦れ)(違いの)(アーマ)(ゲドン)で不戦勝して、唯一生き残った王国がアムラハン。それで自動的に大陸の統治権を得たからって帝国を自称するのは如何かしら?これまでの国王は流石に弁えていたはずだけど…今度は若すぎるからいけないのかもねぇ」

 獲物に絡み付く蛇のような彼女に、パトリックは怯えて声が出なくなっている。「おい、メロク」とヨヒラが窘めると彼女は不満げに振り向いて、「お灸を据えてるだけよ」と言い返す。

 彼女――メロクは、パトリックから手を放し、解放されて膝を突いた彼を見下しながら冷ややかに笑った。

「ここの住民にはえらくアンタに心酔してるのもいるみたいだけど、酒場でアムラハン出身者(の出の奴)に聞いてみれば、やれ『商品を盗んだ』やれ『街の子を殴った』やれ『犬猫を虐めてた』と、幼少期はとんだ悪ガキだったらしいじゃない。犬猫については何だか未だにスリングショットで撃ち殺して遊んでる噂もあるようだし、アンタ大分破綻してるわよ。国王の器とはとても思えないわね」

「メロカリス、その辺にしろ。俺達が口を出すものじゃない」

「分かったわよ、ったく」

 メロクはヨヒラに再度窘められ、肩を竦めて列の定位置に戻る。ヨヒラは屈辱で睨むパトリックを一瞥し、呆然と眺めていた俺と眼を合わせると「もう立っていいぞ」と声を掛けた。せかせかと返事をして立ち上がる俺を待ち、「悪かったな。案内を続けてくれ」と何事も無かったかのように促す。俺は困惑して「は、はぁ…」と煮え切らない返事をし、パトリックや大臣をチラチラと見つつヨヒラ達を連れて去った。

 既に近くまで着いていたので、それからすぐに軟禁部屋をノックすることとなった。中からは妙に浮き足立った2人の足音が響き、「どうぞ」とレイラの声が返った。

 言い様の無い予感を覚えながらドアを開けると、そこにはベッドを取り囲むレイラとシノア、看護師達がいて、そして彼女らより手前に白いスーツを着た見知らぬ男がいる。その男はオールバックのアッシュの髪に、緑の瞳を持ち、その肌は初老手前にしては深く皺ばんでいる。見るからに作り笑いを浮かべた彼は、それを心外と表すようにこめかみを震わしている。また、右手の壁沿いには装備を固めたメーティスとロベリアが固まって立ち、2人とも何処か不安そうな顔をしていた。

「案内助かった。仲間と一緒にそこに立て」

 ヨヒラは礼と命令を同時に告げると、メロク達共々俺を追い抜いて白スーツの男の前に進んだ。表情を変えない無愛想な彼と、無理やり愛想を装う彼とは対称的に映った。俺はメーティス達の傍に駆け寄って視線で状況への不理解を訴え合った。

「これはこれは光の守護者の皆様、お待ちしておりました。お初に御目に掛かります、第1総合研究所所長のユニフェス・シーンスと申します。以後よろしくお願いします」

「話に聞いている。よろしく頼む」

 白スーツのユニフェスが丁寧に挨拶してもヨヒラの対応は変わらない。ヨヒラはすぐに身体を此方に向けてきて、ユニフェスは挨拶を軽んじられたことにこめかみを震わした。話が見えないでいた俺達のために詳しく告げてくれるものと思ったが、ヨヒラにそれを求めるのはお門違いだった。ヨヒラは単刀直入に、一切の誤魔化し無く告げた。それは無情な程に呆気ない宣告だ。

「クリスティーネの監視は以降俺達が引き継ぐ。今日までご苦労だった」

 メーティスもロベリアも息を呑む。俺も、目を見張ったまま一瞬呼吸を忘れていた。…しかし、俺は、いずれこうなるかもしれないとは予感していた。いつまでも俺達に任せてもらえる役目ではないと、心の何処かで思っていた。

 だから、その通告に俺は何の反抗もする気が起きなかったのだ。

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