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第88話 すててくれてたすかった

「行ってくるよ、クリス」

 物言わず仰向き天井を見つめる彼女へ、微笑み掛けて一言告げる。クリスが横たわるベッドを挟んで向かいにレイラとエラルドが並び、2人は俺とクリスとを静かに眺める。表情は無く、そこから感情を読み取れはしない。

 左隣に並ぶメーティスとロベリアに振り向き、装備を固めた2人と真剣な視線を交わし合う。

「じゃあ、後のことは」

「うん、任せて。レムくんは式への参列、頑張ってね」

 短く頼んだ俺にロベリアが頷く。メーティスも同じく頷くが口を開こうとして留まり、思案するように指先を自身の下唇に触れさせた。

「参列に頑張るも何も無いけどな」

「違うよ、大臣に怒って揉め事起こしたりしないように」

「…あー、…ん。約束する」

 俺が我慢できずカフェで『フリーズ』を使ったことを、ロベリアはなかなか忘れてくれない。もう5月1日、その一件を打ち明けて1週間以上は過ぎていた。市民からの届出はあったはずだが、幸い民兵が俺を捜索している感じは見受けられない。何事も無く今日を迎えていた。

 ふと、メーティスの手が伸びてきて、式典のためにアカデミーから用意してもらって着ているスーツの襟を直してくれる。此方から要望することは出来ないものの、紺色で変な装飾も無いそのスーツには然して文句も無い。髪もメーティスが整えてくれたので不恰好ではないだろう。催しに出向く装いとして及第点であるのは確実だった。

「ありがとな、メーティス」

「ん。あ、ちょっと待って。…うん、よし。これで大丈夫」

 メーティスは一度離れた手を再び伸ばすと、ポケットチーフを直してから改めて俯瞰し、満足げに頷いた。俺もそれに微笑んでいると、メーティスは不意に見つめ合っているのに気が付き頬を赤らめ、照れたように俯いたが、クリスがそこにいるのに気持ちが向くと一転して面持ちは暗くなる。俺は壁に掛かった時計を見上げ、場面を区切るように深く息をついて切り出す。

「…じゃあ、行ってくるから。……ロベリアも」

「…うん、いってらっしゃい、レム」

「私、ついで?」

 ロベリアがまた面倒なことを言ったが、いい加減出なければマズいので無視して手を振っていく。ドアを閉めるまで2人が手を振り続けるので俺もそれに返し、廊下に出ると壁に背凭れていたマイクが顔を上げたので眼を合わせる。マイクは壁から背を離し、ドアの向こうを気にするように視線を移しながら目の前に歩いてきた。

「もういいか?」

「ええ、これ以上此処に残る意味もありませんし、そろそろ行かないとギリギリになるでしょう?」

「俺的には少しでも式典から逃れる時間を作りたかったんだけどな。肩肘張る催しは好きじゃない。…まぁ、お前が満足したならここにいても仕方ないか」

「別に立ち話して時間潰してもいいッスよ?」

「いや、いいよ。行こう」

 溜め息交じりに1階の広間へと歩く。マイクのスーツもデザインや色まで俺の物と同じだ。恐らくアカデミー関係者も全員この服装なのだろう。俺はアカデミーの教員ではないが、まぁ、教員以外に魔人の参加者はいないのだからこうして括った方が分かり易いのだろう。

 …ロベリアと、クリスにも、メーティスとの交際を打ち明けた。交際と言っても状況が芳しくない今は具体的に関係を進めたりはせず、単に恋人として支え合う仲を把持したいという旨も付け加えた。ロベリアはすんなりそれを了解した。とはいえ自分が選ばれないことに若干の不満はあるのか、先程のようにチクチクと小さな棘を刺してくる。

 クリスには…正直、ちゃんと伝わっているのか分からない。基本的に此方が一方的に告げる形になってしまうし、リーベルの人格時に伝えても『恋人』が何か分からないと言われて話が進まない。少し乱暴だが表現を変えて、

「俺はメーティスと夫婦になるんだ。だから、俺はもうリーベルの『お父さん』じゃなくなるんだよ」

 と伝えるとリーベルに大泣きされてしまった。流石にこれは良くないと思ったし、メーティスがこの発言を撤回させたがったので、『全部嘘だった』と慰めるに至る。未だに俺はリーベルの前では『リーベルの父親』であり、『クリスの夫』という話になっていた。

 そもそもリーベルに伝えてクリスにも伝達するかと考えるとそれも怪しい。クリス本人の人格に対して3度程繰り返し、メーティスと一緒に伝えてはみたが、反応が無いのでこれ以上どうしようも無い。結局はそれで諦めてしまった。伝わったことを祈るしか無い。

「しかし、最近少しずつだが顔色も良くなってきたな。先生方との間でもお前の様子が心配だと話してたから、いい傾向だ」

 マイクは何でもなく笑って告げる。俺はそれに愛想笑いして拳を小さく握り締めた。


 到着すると既に大勢の富豪や有識者が集まり、礼拝堂の入り口へ身体を向けるようにして、広間中央に直線に敷かれたレッドカーペットを避けつつ櫛型に並ぶ長テーブルに各々着席していた。また礼拝堂の前を通せんぼするように横広く並んだテーブルには先んじて料理と祝杯が用意され、参列者への持て成しももうじき済む所のようだ。アカデミーからも校長と数名の教員が参加し、右端のテーブルの隅に所狭しと追いやられている。彼らは俺達を見つけると急かすように手招きし、俺達は「どうもどうも」と頭を低くして空いていたテーブルの角に着いた。

 料理が並び、目の前のグラスにワインが注がれていくのを置物のように不動で見届けると、マイクがカラカラと笑いながら「緊張するか?」と声を掛ける。

「まぁ、そりゃ…。こんな機会初めてですし。そもそも俺、末端の兵ですよ。場違いです」

「安心しろ、俺も別に慣れてない。こういう行事は普通、校長が代表で参加するんだ。教員まで参加するのは特例だよ。今回だけだ」

 これは初耳だった。この参列も詳しいことは聞かされず、ただ参加するよう言われていただけだったのでアカデミー関係者なら良くあることなのかとばかり思っていた。目を丸くして「何でまた…」と首を傾げる俺に、マイクはうんざりしたような溜め息と共に答える。その声は人間に聞こえないように潜められていた。

「リーベル騒動のデコイだな。周り見ろよ、皆俺達を白い目で見てるぞ。大臣閣下はあの一件を俺達のせいだと人々に話して聞かせ、それを強調するために有識者の前に然り気無く並ばせた。…同時に、此処での参加を許すことで次期国王の寛大さをアピールしようって腹だろう」

「マイクくん、口を慎みたまえ。君の気持ちは分かるがね…」

 校長が透かさず止めに入ったためマイクは少し焦った様子で「これは、失礼しました…」と背筋を正す。俺は追及せずテーブルに眼を落とし、耳を済ませる。確かに、遠くでひそひそと俺達のことを話す声が聞こえる。直接周りを見回して誰かと眼が合っては面倒なため確認はしないが、これだけの声があるならマイクの話は殆ど正解だろう。…気に入らないが、確かに大臣は頭がキレるらしい。

 ざわついていた広間が一気に静まる。何事かと人々の視線の先を見れば、広間の入り口から礼拝堂前のテーブルへと1人の王子と3人の王女が歩き、それぞれ幼い容姿からかけ離れた厳正な振る舞いの下に着席した。4人は歳の差は幾らか開きつつも皆一様に子供で、スーツにもドレスにも着られているような見た目をしていた。テーブルの向かって左に王子、そこから右へ掛けて年齢順に王女が並んでいたが、その真ん中には3人分空席が設けられている。そのテーブルに関してはいずれの席も玉座に相違無い椅子を用いているが、その空席の真ん中1つだけは明らかに『王のための玉座』として金装飾が派手に施されていた。恐らく即位を済ませた次期国王がそこに座るのだろう。

 テーブルの背後の左右には2人ずつ兵士が立ち、彼らは警戒を怠らず広間を見渡す。その出で立ちは鎧を纏って威圧的だが、王子と王女の4人がそれに怯える様子は無い。あの幼い容姿でも、歴とした王族なのだという証明がその光景により為されていた。

「…王妃様がご存命なら、大臣が主導せずに済んだんだがな」

 マイクは俺に然り気無く説明するようにそう告げたが、生憎俺はクリスの記憶から既に王妃が逝去している事実を知っている。その当時、クリスもその葬儀に参加したのだから。国王はその悲しみ故、新たに夫人を迎え入れることなく独り身でいた。ファウドの死後、改めて他の王子とクリスを会わせようなどとはしなかったのも、それに関連して思う所があったからに他ならないだろうと窺える。…他の連中に言わせるなら『そのせいで今がある』ということになるのだろうが…。

 暫くして、玄関方向から次々に扉を開け放ちながら此方へと近づく仰々しい足音の大群が、遂にこの広間の扉をも開け放ち辿り着く。その群れは先頭をパトリックとして兵を引き連れ、広間中央のレッドカーペットを進む。テーブルに着いていた俺達参列者は立ち上がって待ち構え、その行進を拍手で迎える。パトリックは満足げにニタニタ笑いながら広間を見渡し、弟妹達が待つ横長のテーブルの前まで歩く。厳粛な態度など在りはしない。そこにあるのは、金の刺繍を施された赤いマントに彫刻で厳かに飾った浅い王冠を被る、即位を意味する装いの悪ガキの姿だった。

 パトリックがマントを翻して参列者へと振り向く。それまで後を付いて行進してきた兵士達は一歩下がってその場に跪き、左の壁に沿ってテーブルを迂回してきた大臣がその隣に立つ。俺達は起立したままパトリックに視線を集め、大臣はそのままパトリック即位の口上を述べていく。…その下々への配慮に欠けた進行は大臣の意向を汲んだものであり、光景はかつての圧政時代へと逆戻りしていたと、式の後に教員達の会話から知ることになる。

 大臣の口上が終われば、次は次期国王としてパトリックの挨拶がある。即位の儀式の大半は王室で執り行われたため、ここでの式はお披露目の意味合いしか持たない。この挨拶が終われば、あとは食事の間に何度か細々とした用事が挟まるだけだ。パレードで街を回ってきた彼もそろそろ休みたい頃合いだろう。パトリックは嬉々として挨拶を始める。

 挨拶の切り出しは大したものだった。俺がパトリックに抱いていた未熟なイメージを払拭するに足る上出来な言葉選びで、しかし堅苦し過ぎるでも無いため大臣の過剰な関与は無かったと感じ取れた。腐っても王族、この手のことを難無くこなす程には教養が身に付いている。…しかし、結局は大臣の手の平の上で踊らされているに過ぎないのだと分かっていると、それらのことが剰りに滑稽に思われてしまう。

 そして、唐突に丁寧な言葉選びをやめ、勢い付けて放たれた次の話が、彼の未熟さや、大臣の思想の影響を強く受けていることを激しく露呈させた。…しかし、そうと感じるのは俺達アカデミー側と圧政否定派の兵士達だけなのか、有識者達は頼もしそうにコクコクと頷いているのが何とも気に入らなかった。…その時代に良い目を見た上役の人間は、再来する時代に期待を寄せているのだ。

「これまでの政策…我が父、前期国王の進めてきた日和った政策が生み出したものが何であるか、先の事情を知る諸君らはすぐに解するだろう。…そう、脆弱な軍に脆弱な国民、そしてこの退廃的な現状と、極めつけには国王自らの死が生み出された!先々代の政治には見られない哀れな末路だろう、少なくとも!国を牽引する立場の者がその責任を果たすこと無く逝去されるなど在ろうはずがない!…私の父の間違いは1つだ。魔物の蔓延る困窮した現世で重きを置くべきものを明確に間違えたことだ。皆を平等に、王族も庶民も平等に…。あぁ、ナンセンスだ。権威を振るえる者が権威を投げ捨てている。これで世界を統治出来るはずがない。王とは絶対の権力を有し全てを決定すべき存在だ!そうでなければ破落戸(ならずもの)共がのさばり、無法と異端思想が横行し、この世はモラルハザードへと舵を取る。程度はあれど、王は国民を守る傍ら、国民の暴挙を押さえ付ける蓋で在らねばならない。王が庶民と馴れ合うなど言語道断である。この世に有益な人種たるエリートを優遇し、権利を主張するばかりで貢献を忘れた地べたの者共には鉄槌を下す!これを間違いと諭す者共こそ思慮が欠けているのだ!確かに反感を買うであろう、軋轢を生むであろう、しかし!それらは全て押さえ付けるまでだ!!言葉巧みに捩じ伏せるまでだ!!愚かな者達がその先に確実な繁栄があることを悟るまで、繰り返し繰り返し見せしめるまでだ!!!…私は父とは違う。私が正しい道へと導いて行こう。その障害となり得る者は例え国民であろうと捩じ伏せよう。国に有益な判断を浅慮に批判する者達も、纏めて私が罰を与える。諸君らは心置き無く国のために努めてくれ。振り掛かる批難は全て私が薙ぎ払う。全ての責任は私が担ぐ。これが王たる者の務めだ。私の気概に応え、困窮した世界を繁栄へ導かんと志す者は、この場を拍手を以て讃えたまえ。全ては気高き前進のために。以上だ」

 パトリックが言い終わるや否や、有識者達は一斉に拍手を奏でた。校長も、険しい顔つきながら拍手に続く。躊躇う俺達に校長が眼で促し、仕方なく俺達も動作だけの拍手を始める。

 あぁ、見事見事。立派なことだ。つい先月まで不貞腐れて政治学の勉強から逃げ回っていた人物の発言とはとても思えない。文章構成はパトリック自らのものだろうが、入れ知恵したのは間違いなくあの大臣だろう。実質的には大臣を摂政に置いているのと何ら変わらないのだ。

 パトリックは弟妹達の中心に座して、大臣の司会の下祝杯に手を添える。礼拝堂の扉が開け放たれるとその先では既に祭壇の準備が整っていて、司祭が王族のテーブルの脇に立ってネシアの教典を読み上げる。その終わりと共にパトリックが祝杯を掲げ、着席した俺達もワインを手に応じる。黄金の水光を揺らがせて厳かに乾杯を済ませ、そのワインを一口で飲み干していく。王子と王女達は乾杯まで済ませれば良しとされてグラスを置き、利口に食事の開始を待っていた。その様子はまるで機械だったが、段々とそわそわし始めて、大臣の許しがあると忽ちパンに手を伸ばしたので少しホッとした。

 式典は食事の間にも進む。誰かがお慶びを申し上げる度に食事の手を止めるので一部の者はもどかしそうだったが、魔人の口に合う料理では無いため俺達は特にそんな不満も無く祝辞に耳を貸した。祝辞が校長の番まで回ってくると、人々は当て付けとばかりに食事を続けた。パトリックにも耳を貸す様子は見られない。校長はこれを予見していたのか、アドリブで調整したのか、自然な流れで祝辞を手短にまとめて早々に着席した。それも早過ぎない程度に時間が組まれていて、反感は最小限に抑えられていた。お蔭でそれ以降何事も無く式が続いた。

 …全くもって、気に入らない式典だ。


「お疲れの所で悪いが、レムリアド、ちょっといいか」

 式が終わって用意されていた更衣室に戻り、スーツを脱ぎ始めていた所に、同じく着替えに戻っていたマイクがジャケットを脱ぎ終えてシャツの第1ボタンを外しながら声を掛けてきた。俺はロッカーにジャケットを掛けた姿勢のまま止まって「あ、はい、何スか?」と振り返り、マイクが話し始めるとゆっくりシャツのボタンを外していった。

 アカデミー側で参加した男性陣は俺達と校長の3人だけで、その校長はまだ式に関連した仕事が残っていて出払っている。そのためここで着替えているのはこの2人だけだった。お蔭で余計な介入も無く、1対1でそれを聞かされることになる。俺としては発言がし易くなったが、その分感情的にもなり易くなってしまった。

「ここまで有耶無耶にされていたクリスティーネの世継ぎ問題だが、どうやら上の方では対策案が纏まってきているらしい」

「…何です、それ。クリスにまだ何かさせようってんですか?どうせまだ当分魔王の足取りすら掴めやしないでしょうに、クリスの回復を待てないんですか?」

「落ち着け、レムリアド。俺だって伝え聞いただけだ、上の考えがどうなってるのかはっきり分かってる訳じゃない。それに、肝心のその内容が俺達教員には伏せられているんだ」

「……何なんですか、本当に、それは…」

 奇妙にも程があるその話に、俺は益々首を傾げた。マイクは「分からん」と首を振り、改まって身体の正面を真っ直ぐ此方に向けた。

「分からんが、間違いなくクリスティーネに関して上は何か動きを見せてくる。それが何かは分からないが、少なくとも支えられるのはお前だけだろう。今はとにかく、クリスティーネが自殺など自棄を起こさないように気を付けてもらいたい」

「…勿論、()()で支えますよ。だけど、もし上が下手な動きを見せたら俺がどう動くか保証出来ませんからね」

 半分冗談の風を装ってそう告げると、マイクは表情を変えず真剣な眼差しでそれを聞いた。あまり無言でいられるので、「まぁ、冗談ですよ」と誤魔化して、ボタンを外し終えたシャツをロッカーにしまう。そうして視界から外れた彼は、頷くような動作音を立てながら重々しく、

「上の動き次第では、俺も動く準備がある」

 俺が振り返る時には彼は着替えを再開していた。俺は彼の言葉を深くは追及しないでやって、ロッカーから私服のシャツを手に取った。

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