護符工房
街に到着した少年たち一行。
商工会についてと、護符工房へ少年は向かいます。
「あの出会いは強烈だったな…、信じていなかった運命なんていう言葉を再確認する程に」
「…頼むから”あれ”には伝えるなよ? 機動操騎との鬼ごっこなぞ、幾度もしたくない」
村から何日かの行程を経て、一行は街に到着した。少年の居た村と比べれば、周囲を取り囲む高い壁、掘られた堀、そして門の向こうに広がる大通りと、初めて見る人の多さに頭がクラクラした。
「手続きは終わったよ。ああ、君は商工会の事務所へ向かいなさい、徒弟募集の張り紙がある」
商人は人足に仕入れた商品を運ばせつつ、少年に街での仮身分証を渡す。門を通行する場合、通行税の支払いと身分証の提示が求められる。商人はこの街での身分証を持っているが、村から来た少年達にはそれがない。
その為、身請け人として名乗りでた上で、門で発行する仮身分証を用意したのだ。
仮身分証は木製だが、特殊な護符で個別の識別符号が刻印されている。他の身分証の下位に紐付けする事で、一部を除いてほぼ正規の身分証として機能する。
正規の身分証は金属製で、その個人を識別、関連付けする機能と各種許可や賞罰を記録する機能、あとは取引可能な純魔力を溜める機能が備わっている。他人へ預ける事はできるが譲渡しても渡された側は正規の身分証の機能を使用することはできない。
それと多少裏技的な使用方法だが、護符と魔法による加工で非常に硬い事から、胸に付けたポーチの裏に収め、心臓への一撃を防ぐという使い方もされている。
「これについては知ってるね? 商工会に正規登録するまでは私預りになる。変なことはしないだろうが、なるべく厄介事に首を突っ込まないで、まっすぐ向かうんだ」
「色々ありがとうございます、それじゃこれで」
「元気でな、しっかり奉公するんだよ」
行商人は、あの勇敢な少年の前途を祈りつつ、手を振って送り出した。
人混みに少年の姿が見えなくなると、身分証確認を終えた傭兵二人が現れた。
「旦那、これで仕事は終わりでいいかい?」
「ああ、二人共お疲れ様。突然の危険もあったけれど、荷も私も優先して守ってくれたから、少し色をつけておこう」
「え、いいのかい? 俺らはあの子にも助けられたようなもんだけど…あ」
一歩間違えば仕事は失敗していた。報酬も減額どころか違約金を支払う羽目になった可能性もあった。だが、少年のお陰で二人は滞り無く仕事を終えられたのだ。
「そういう事さ。暫くここを拠点にするなら、見かけた時でいいから気を配ってやってほしい」
「わかったよ。それじゃ、こっちで物を仕入れる時は、あんたの店もひいきにさせてもらっていいかい?」
行商人は常に行商をしている訳ではない。
小さくても既に自分の店を持ち、奉公に来ている番頭に店を任せつつ、初心を忘れないようにと近くの村へ行商を続けているのだ。
「そりゃ願ったりかなったりだ。さあ、荷物はもう運んでるから、お互いの無事を祝って一杯ひっかけるとしよう。ただし、酒は割り勘でな」
抜け目ない所は、この大きな街で商売を続けているだけはある。
「ははっ、しっかりしてら、報酬受け取ったら中央広場の石像の前で待ち合わせでいいかい?」
「ああ、それじゃ後ほど」
商工会。ギルドとも呼ばれる互助組織であり、国によって規模は異なるが、国からの補助金や、その職に関わる職人や商人達の上納金で運営されている。
この国の商工会は、中央と各都市ごとに独立している。ただし牽制や足の引っ張り合いは後々に自身の首を絞める事がわかっている事と、かつて国や貴族に擦り寄り過ぎておかしくなった経緯が他国であった事から、一定の距離と緊張感を保ちつつ、いざという時は協力体制を組む事が取り決められている。
商工会は国の平民の職に関わる全てにどこかしら関わっており、特に商業と工業の分野においては、大きな勢力を持っている。
また商工会の登録は製品の保証という意味合いもあり、登録のない売買はあまり高値では扱われない。扱う品によっては罰金もあり得る。中央と一部の街で残っている奴隷という商品もその一つだ。
この街の商工会の規模は小さくもなく大きくもなく、と言った所だろうか。窓口は複数あり、何人もの人々が集っている。
「あの、東の開拓村から徒弟の奉公に来ました」
少年は緊張した面持ちで窓口の一つに顔を出した。出迎えたのは愛想の良い獣人族の女だ。頭部から猫型の耳が生えており、ぴんと立って興味深げに少年へ向いている。
「はいはい、それじゃ紹介状と仮身分証を出してくれるかな」
「ど、どうぞ」
仮身分証と村の村長の紹介状を提出する。
村では珍しい獣人族だ。あまりじろじろ見るのも失礼と思ったのだが、ピコピコと動くその耳に興味を惹かれ、少年は気もそぞろだ。チラチラとふさふさの毛が生えた耳を見ている。
ふと目が獣人族の女と合ったので、慌てて目をそらす。女は苦笑しつつ手元の書類に記録を書き写した。
程無く身分証と紹介状が返され、少々爪の長い指で奥にあるいくつかの掲示板の内、一つを指さした。
「護符技師のは奥の奥にある、あの小さな掲示板ね。あ、文字はちゃんと読める?」
「え、ええ、学校で習いましたから」
「それじゃ、希望があったらかけてある木札を持ってきてね。商工会の紹介状を用意するから」
「はい、ありがとうございます、お姉さん」
元気よく挨拶して、少年は掲示板へ向かった。女は嬉しそうに顔を綻ばせて見送った。
あの傭兵の片方による教育は、良い方向に働いたらしい。
「ええっと『集え未来の護符職人。生産拡大の為、大量募集』か。開拓地が広がって需要増えたから、量産品をあてこんでるのかな」
少年は掲示板とにらみ合いをしつつ、書かれた条件を見比べていく。
「こっちは『新しい護符記述の開発。記録だけの簡単なお仕事です』ねぇ…、なんか実験だけして基礎的な技術とか覚えられないかも」
少年自身は、護符と魔法式に関する知識をこれまで以上に覚え、磨くために徒弟になりに来たのだ。それは単なる事務職とか記録係としてではない。
どれも高い待遇の募集が出ており、木札は総じて真新しい。だが、村の学校で教わった「指針」はそういったものを避けるようにと口を酸っぱくして言われた。特に、鬼気迫る表情で言っていたのは青年である。
『見た目上の待遇より、実質の支払い条件についても調べなさい。それと仕事内容はよく吟味する事、あと、頻繁に募集の札をかけている所は避けて、後それから…』
まるで、何かの敵を見るかのように虚空を見つめる青年の姿は、悍ましい何かや地獄を見てきたかのような空気をまとっていたのを少年は思い出した。
「…少ないけど殆どが同じようなダメ条件だなぁ」
いくつもの札を見比べては、これはダメ、これは危ない、これはどうしようもない、などと脳裏でバツじるしを付けていく。
ふと、下の方に隠れていた古めの募集札を見つけた。所々角が取れており細かい傷がついているが、文字盤の内容は最初に作られ、掘られた時と変わっておらず、常に同じ条件で掲示板に掲げられていた事が解る。
『三食昼寝付き、仕事はキツイが週一は休日。昔気質の護符屋見習い、気合入ってるならかかってこい!』
…募集する気あるんだろうか。
少年は札を手に取った時、思わずため息をついた。だが、他の募集と比べるとさっぱりとした文面である。細かい約款が殆ど書かれてないというか、その他は法律に準ずる、とだけ記載された徹底ぶり。
器号の部分に魔力を通すと、職場の雰囲気を表す為の幻像が浮かび上がった。少人数ながら楽しに肩を組む男女の姿。少々薄れてはいるが<画像投影/ピクチャフレーム>の仕込まれた護符としての完成度は、村では見たことの無いレベルだった。
他の募集にもある記号に魔力を通す。が、鮮明ではあってもブレていたり、像が崩れていたりと、完成度は低いと少年は思った。
「これだ…、ここだ、ここにしよう!」
沢山のガラクタの中から、自分だけの宝物を見つけたような気分だった。思わずその募集板を両手でかざした程だ。
書かれている事が事実なら、仕事はきついものになるだろう。だが、この護符を作れる護符師であるなら、その技術はピカイチだろうと。
まあ、奮発して別の高名な護符師に頼んだのならその考えは甘かったという事になるが、少年はその可能性は低いと信じていた。
その考えは正しくも有り、間違ってもいた。
少年は商工会の建物から出ると、受け渡された紹介状と地図を手に、一路、目的の工房へ向かった。
工房へ辿り着くと、古ぼけた看板が出迎える。工房兼店舗である事は事前に聞いていたが、思ったより店舗の比率が大きいのかもしれない。店先には木板でできた護符の参考品が並んでおり、様々な形の護符を選ぶ真っ最中の客達がまばらに居た。
店先は綺麗に掃き清められ、繁盛している程ではないが、寂れている訳でもない。扉は数段の石階段の上にあり、少年は階段に登ると深呼吸をしてから、意を決して工房の扉に手をかけた。
「たのもー!」
なんか間違っている挨拶だが、学校の先生の内、奥方の影響が強かったのだろう。
途端、勢い良く扉が開いた。
「へぎょっ!?」
潰されたカエルのような声。少年は強かに顔面を打ち据えられ、重い扉の勢いで吹き飛ばされた。
「ひぎゅ!?」
そして踏まれた。
寝ていた猫を知らず踏んづけたような変な声が少年から出た。少年が見上げると、踏んだ相手が固まっている。
少女である。目元には所有者が珍しい眼鏡をかけている。年の頃は少年と同じくらいであろうか。長めの髪を髪留めで結わえており、肩口から前に流してある。男物で機能的な厚手の上下に小物が色々入るポーチを腰につけている。
そして、両手は横に伸ばし、両足を揃えた状態で、少年の腹の上で固まっていた。
「おぅい、配達の荷物忘れて…!?」
声の後、扉の奥からローブを纏った筋肉ダルマのような男が現れた。そして目の前に居る少女とその敷物と化している少年を見て固まった。
「…あー、そういう特殊プレイは店先以外でな」
「違う! 断じて違います!」
物凄い剣幕で怒鳴る少女。店先に居る客達は呆気に取られていたが、はっと気付いたように目線を引き剥がし、そそくさと選別を終え会計窓口で支払いを済ませて去って行った。
「あの、どいて、くれませんか…ごひぇっ」
「ご、ごごごめん!」
少年の嘆願に慌てて横に飛び退る。
立ち上がった少年は、埃を払う仕草をした後、持っていた紹介状を男に向かって差し出した。
「ぬお? …あーえっと、ああっ!? 何だお前さん、徒弟希望かい! おーおー、良く来たなぁ!」
差し出されたそれの意味が判らず、面食らった表情から一転、合点がいくや否やガハハと笑いながら男は少年の肩をバンバンと叩いた。筋肉の塊のような男の動きに、少年は木の葉のように翻弄される。
「正式な手続きは中でやろう。さあ入った入った! あ、お前の方はさっさと配達済ましてこい!」
「ひょえっ!? う、うん、いってきます」
少女は少年をちらと見てから、慌てて荷物を引っ掴んで走っていった。
護符を製造する工房。生活魔法レベルの物で耐久度が無い護符は量産体制が整いつつあるが、金属製だったり高級な希少素材に行う刻印行程は未だ手作業が主だ。
この工房はその手作業生産を行っていると男は話す。普及品の木製護符も含めて、全て手作業だ。ここが、古い時代から代々と工房を構えてきたこの工房の伝統なのだとも。
少年に椅子を勧めつつ、丁寧な仕草でお茶の用意を進める男。<加熱>が刻まれた陶製の護符に魔力を流し、上に薬缶を載せた。
「まあ、昔っから”工房”ってだけ呼ばれてきてたからな、正式な名前は親方も実は知らんのだよ」
その割に、街で護符の「工房」と言えばここを指すのだという。他に競合が居ないせいもあるが、量産品を作る所は「工場」という名で呼ばれており、どこそこの「工場」という名となっている。
工房は手前の木材用工作室の他、奥側には希少素材を用いての作業をするための特別室、従業員の休憩用の小部屋に、展示と売買を賄う狭めの領域があった。
今、男と少年が居るのは売買用の領域だ。客の商談も無いためがらんとしている。
二人分の茶を用意した所で、会計窓口担当にも奥で休憩するよう促し、どっかりと長椅子に座った。筋肉の重みに厚手の木の椅子がきしむ。
「俺の名前はガルド。この工房で式構築と刻印の作業を任されてる」
ローブで隠しきれていない筋肉を盛り上げ、力こぶを作るガルドの姿。護符への刻印作業は魔法式への理解と細やかで繊細な作業が必要なのだが、それをこの筋肉でやり遂げると言う。
何かの冗談のようにも聞こえたが、少年はガルドの指先が綺麗に整っているのを見ていた。
「他の面々はそれぞれ出張とか営業でな、夕方になりゃ親方含めて帰ってくるから、その時にあらためて紹介するぜ」
それで「お前の名前は?」とガルドが問うた。紹介状には書いてあるが、少年の口から聞きたいのだろう。
「あ、俺…じゃなかった、僕の名前は…」
そう言えば、明確に名前で呼び合ったのは村以来だなと思いつつ、少年は男に自身の名を告げた。
ようやく個人の固有名詞が一つ。少年の名前は次回ですが、書き続ける際は固有名詞を使うことは極力少ないままになります。




