幕間 ねたばらし
魔力という点が実際の我々が使うパソコン類とはちょっと違いますが、魔法式の構造についてはほぼこれが正解。思ったより我慢できませんでした。
あとは、少年がどうやって頑張るか、という事と、魔法式の真実を知っている読者の皆さんがニヤニヤしながら見るという感じでしょうか。
「いい感じに熟成した肉を貰った、今日はご馳走にするから」
「それは楽しみです。ああそうそう、例の調味料、臭い消しに最適ですから使って貰えますか」
「当然その積もりさ、楽しみにまっててよ」
10も年下の妻が、胸をどんと叩いて厨房に引っ込む。青年は邪魔をしないよう、窓際の椅子に座って本を開いた。実際は「青年」というには歳を食い過ぎているのだが、元々童顔でかなり若く見られる事が多かったので、語る側としては「青年」と続けて呼称する。
四捨五入で三十は”まだ”青年である。うん、青年なんだ。若いっていいよね、ちくしょう。
そんな語り部のアラフォーな事実はさておき、青年は学校も野良仕事も無い日、仮想意識下で趣味の魔法式構築をする事が多い。そしてふと、昔を思い出す。
青年の記憶。それは、この世界のものではなかった。これまで調べてきた資料では「転生者」という「非業の最期を遂げた後、生まれ変わった」存在と、その身そのままで呼び出される「転移者」というのが、恐らく近いだろうか。
「祝福」という大きな才を得て生まれ落ちる「転生者」は、ここ数千年の間、最弱の立場から成り上がった人族にとっては大きな意味を持つ。ただ、ここ百年ほどは転生者である事が確認できる人物の名が広まることは殆ど無い。
そして身一つで<召喚>に類する魔法で呼び出されたり、あるいは事故で迷い込む「転移者」は、その知識によって人族に反映を齎すが、二百年前に技術的大革命のきっかけを創りだした「賢者」を最後に、記録上は確認されていない。
知識は知らない者と知る者で、凄まじい格差を生じさせる。勢力を拡大し、ここ五百年余りの間に起きた人族間の戦争は、殆どが知識を原因とした物だ。
話を青年に戻そう。
青年は「転移者」であった。きっかけは故意だが、偶発的な事故による迷い人だ。記憶の混乱があるが、死ぬ間際まで追い詰められたサーバー室の乾燥した空気だけは今も鮮明に覚えている。いわばブラック企業という奴だ。下請けならまだいいが、非孫受けで、名目上の保守の為に雇われていた。
契約後、仕様策定が終わった後から湧いてくる不必要な仕様追加の結果、スパゲティ化したソースコードに合わせてハードウェアを調達するといった、訳の分からない状況は阿鼻叫喚の地獄を巻き起こす。
結果的には、青年は死ななかった。だが、限界だった。中古屋で調達したIOデバイスの交換の最中、体中から力が抜け、目の前は暗くなり、耳が聞こえなくなる。体は痙攣を繰り返し、意識が暗転した。
気付けば、病院のベッドの上だった。日付は恐らく、倒れてから一ヶ月。手元のスマートフォンを持って病院の外で起動、メールを確認すると倒れた人間へかける言葉とは思えない、上司からの罵詈雑言の嵐。
最終的には違約金がとか書かれていたが、それは2週間前。一ヶ月目の先日届いたのは、営業も兼ねていた上司が逃げ出し、会社が潰れたという事だ。
青年は変な笑いが出てくるのを抑えられなかった。だが、これからどうしたらいいのだろうとも思う。貯金は多少あるが、仕事を変えて引越すれば、それで殆どを使い切る程度だ。両親は既に故人で、親族は殆ど顔もわからない。親に借金があったため相続放棄した事もあり、生家は既に無い。
「オワタ…」
三十路になったばかりだが、物の見事に先が見えない。足元が崩れる間隔を覚えてコンクリートの上に倒れ伏す。
そして再び暗転した意識が再度目覚めた時、青年は病院ではないベッドの上に居た。いや、ベッドというよりは石造りというか…、ぶっちゃけ、生け贄の祭壇である。
「…呼び出したのが、国家転覆を企む秘密結社とか、何のテンプレかと」
オタク文化にも明るかった青年は、一瞬だけの混乱の後、自身が被った状況を把握した。
追い詰められた秘密結社が、二段階で悪魔を呼び出すための生贄として召喚させられたのだった。
「といいますか普通、こういう場合は女性じゃね? 何が悲しくて三十路入ったオッサンを生贄にしてんのあなたたち」
言葉は通じたのか、一斉に黙られた。結社の連中にとっても予想外だったのだろう。何せ悪魔の生贄である。うら若き乙女で、尚且つ処女とかそういうのが相応しいはずだ。因みに青年は童貞であった。でも元の世界で魔法は使えなかった。
「やかましいわ」
何かに気付いたか宙に向かってツッコミ。鋭いにも程がある。呼び出してしまったのは仕方ないと腹をくくったのか、不思議パワー(後に魔法と判明)で空中に寝かされた。
「僕何故かパン一! 足元の人、ふぐり見えるから! やめてっ!」
顔を向けると、周囲の連中が物凄く嫌そうな顔をしている。角度からして、トランクスの隙間から縮み上がったマイ・サンが見える筈だ。いや実際見えてたよね。
身動きが取れない中、なんだか剣戟の音が聞こえて綺羅びやかな装備に身を包んだ青年が突入してきて…。
青年は無事、保護された。
「勇者と言われるのは嫌がってたな、あの王子」
その後はお約束というか、自身と世界の事を教えられた上で、身の保証をしてくれ、半年ほどで様々な事柄を覚えた。王子は忙しい身でもあって、最初と数えると5回ほどしか直接合ってない。
だが王子は「転生者」であり、同じような身の上の者を保護して回っていたそうだ。時系列は色々バラバラだが、王子が未練がましく聞いてきたアニメの最終階について伝えると、ネタバレに少々の悲しみを覚えつつ、臨場感溢れる青年の語りに感謝の言葉を述べた。
転生者や転移者、その察知には「神託」の祝福を持った聖女が力を貸していた。幼少の頃からの許嫁だそうだ。
「リア充爆発しろ」
ついでに青年は部屋の壁を殴ったという。
それはともかく。
青年はというと、転移者であったためか魔法の才もなく、体を動かさない仕事ばかりだった事や「祝福」も無く、持つ知識も今の世界では魔法でカバーできる範囲であったこともあり、さほど重要視されない立場だった。
コンピュータの無い世界では、プログラムの知識は「論理的な物事の考え方」ができる以外には、用途が見出されなかったというのもある。
迷惑では無いと言われたもののずっと世話になるのも気が引けたので、なんとか独り立ちできる知識と体を作り終えた頃、旅立つ事にした。王子の居た国のある大陸を出て、あまり開拓や開発の進んでいないこの、新しい人類の版図となった大陸に流れてきた。
こっちなら社会人レベルの知識でも!
と意気込んだはいいが、魔法という便利技術はそれを遥かに凌駕しており、立つ瀬がない。土壌改良は精霊魔法を併用すればいいし、有機農法に明るい農家の者も来ていたせいか、素人レベルではやれる事が無かった。
大量生産に関する技術は流石にこちらでは広まっていないが、生活用具や食料品に至っては、かなり頑張った転生者が居たようでどこも充実している事がわかる。作物や料理についてはかなりの充実であったし、制度の整理も少しずつとはいえ、王子の国があった大陸でも整備が進んでいた。
問題なのは、コストを抑えた流通と世界を繋ぐ情報網だろうか。この世界には、まだまだ未踏の領域が数多く存在しているし、既存の領域も魔物や魔獣の発生と襲撃に備えなければいけない。
到着した港で判明した事実に意気消沈しつつ、落ち着ける場所を探していたある日、思い出したように生活魔法の魔法式を読み流していた。
この世界の住人なら子供すら使える生活魔法でも発動がまったくできず一切を諦めていたのだが、式をずっと眺め、半ば無意識で仮想的に実行をシミュレートしていて、式の状態と魔力の動きに対し、自身の知識と経験がいきなり組み合わさった。
考え違いかもしれないと思いつつ、王子の庇護下に居た頃、仮想意識での式の展開まではなんとか訓練でできるようになっていたのだが、その経験も一役買っている。
青年の仮説。それは、
「そうか、神の作ったOSか!」
・生身の身体は、相互作用するデバイスドライバ付きのハードウェア
・精神の身体は、動力でもあり情報でもあるソフトウェア
・魂と意識は、神が作ったオペレーティングシステム
・魔法の収束具(杖など)は、増設機器や入力機器全般
・魔力は、魔法式で命令を与える事で、演算結果(事象)になる
・魔力量は、一度に命令を与え、実行できる最大値である
その仮説を基に、青年は様々な研究書類や文献を読み漁る。国家機密レベルのものは必要なかった。これまで、古い魔法だからと使われることが少なくなった魔法式に、青年にとっての全ての答えがあったからだ。
「自分っていうマシンのスペックが高いからって、OSの上で旧式の仮想OSやエディタを実行してるだけじゃなぁ」
現在、使われている魔法式は、術者という1システムの上で、更に仮想的に組まれたOSを実行し、さらにその上で走らされるプログラムに過ぎない。以前の世界で血反吐を吐くように振れては組み上げ続けてきた知識や経験により気付いた事だ。
そこそこ前から使われ始めた魔法式はいくつかの実行式を組み合わせて使用できる。また、難易度が多少高いが自由度の高いマクロ式の魔法式が中央の魔法式研究所で流行っている。
魔力の高さは、一度に実行させる魔法式の規模の限界だけを示す。仮想OSの上で実行されるプログラムの場合、スペックの浪費も甚だしい。青年が既存の魔法式を実行できなかったのは、単に魔力というリソースが足りなかったからだ。
古式の魔法式は旧式のOSと共通の命令を使っており、式の規模も小さく、実行も早い。ただし、それでもまだ青年が扱える規模ではない。
これまで使うことができなかった魔法式と、使われることがなくなった古式の魔法式を手当たり次第調べ、研究を続けた。一人での調査は資金的に限界があったので、たまに傭兵として仕事を受けては、その資金を基に様々な護符についての知識も漁った。
結論から言えば、青年は成功した。現行の魔法式に匹敵する効果の術式を、自分自身というOSの上で実行し、行使する事ができたのだ。ただ、問題としては魔法式に異常があった場合、気絶する。恐らくはOSのシャットダウンに近いものと判断していた。
また、精神操作系の魔法に対して、常駐型の魔法式をいくつか追加しておく必要もあった。仮想OS式の場合は、エミュレーションをカットして再度実行するよう組まれていたので、かつて仮想OS系の魔法式を作り上げた天才は、そこも見越したのだろう。
かつての天才魔導師に敬意を評しつつ、青年は精力的に自分用の魔法式を開発し続けた。魔力を流さず、仮想的な実行であれば青年でも可能だったため、丹念にデバッグとテストをしてから実際に行使する。その繰り返しだ。
研究を進めて3年が過ぎた頃、1から組み上げた専用魔法式はかなりの数になった。専用のマクロ式が実行可能な、エディタを兼任した魔法式は今でもお気に入りである。名前は、以前の世界で長年使い続けていたテキストエディタから名前を拝借し「エム」と呼んでいる。
青年が学校で教えたのは、個々人の能力に合わせたビルド済みの魔法式で、いくらかのパラメータを変化させる事ができる程度のものだ。それでも、痒いところに手が届く感じであり、魔力消費も実行速度も最小限である。
唯一違うのは、先日、街に旅だった少年に教えた「エム」とその上で実行する生活魔法と同じ性能を持ったマクロ式だ。中身は一般の魔法とは別物である。
「あの子は、いつそれに気づくかな」
仮想意識で並行的に行っていた作業を止めて、少々の期待を込めて独り呟く。
そう、少年に餞別と送ったあの「エム」と様々な魔法式は入り口にしか過ぎない。殆どが生活魔法と効果のものだ。改造や組み方を失敗しても「エム」がクラッシュするだけなので、大きな被害も無いだろう。
だが多分、大きな違和感を持つ。それは多分、護符に関する勉強を始めれば嫌でも気づく。そうすれば、青年と同じ領域への一歩を踏み出すのだ。
魔力量からすれば、標準的な人族が10、傭兵や下位の騎士なら10から20。優秀な魔法士ならそれ以上。少年は15程度だが、青年は1だ。
1は小動物レベルであり、一般的な生活魔法すら使用できない。生活魔法が発動可能なのは5以上からだ。戦闘魔法は10以上からで、あの少年は十分に優秀だ。
15という魔力は魔石なども含めて青年が達成すれば、上級の標準的な戦闘魔法式を発動させるに十分な量である。青年にとって、あの魔法式の理解ができた少年は、巨大な宝石の原石に等しかった。これは磨かずにはいられない。
組み上げたはいいが、自分自身では導入できても命令対応式の実行が行えなかった研究の集大成が少年の魔法書に記述してある。
人族とそれに類する種族だけが導入並び動作対象だが、理解さえすればその殆どが、今より上の段階での魔法という力の恩恵を受ける事ができる、魔法に革命を起こす新たな技術の萌芽が、詰まっている。
…と言うのは、自画自賛に過ぎるかもしれないと青年は独り、苦笑した。
「できれば、中央の連中の度肝を抜くほど成長してほしいけど…さてはて」
「なぁに、悪そうな顔して? ご飯できたわよ」
結構な時間、思索に没頭していたらしい。気付けば、鼻孔をくすぐる懐かしくも香ばしい臭いがする。
「ありがとう。うん、やっぱりショーユの臭いはいいね」
「コメも教えてもらったとおり焚いたから、たくさん召し上がれ」
今日の食卓は賑やかだ。さて、ご飯にしよう。
青年は少年の前途が明るくなる事を祈りつつ、最愛の妻が作った食卓に向かった。
便利ですよね、emediter。複数テキストとかタブで管理できるし、有償版だとマクロもおkだし。
いくつかの箇所を微調整。初期の設定からしてちょっとブレてたので、現状の書き方にあわせてその辺を細々と直しました。