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小悪鬼

「…お前達はきちんと鍛錬を積むのだぞ、私は先生の教えをきちんと理解せず、感情に任せてしまった」

「あの事は、今でも夢にみてしまう。震えながらのへっぴり腰だぞ? 長い人生、あんな情けない思いは今でも顔から火が出る」




 3人の大切な教師たちの教えを胸に、村や街、または外の世界への生活の糧を得るため、少年や同じ年頃の子供達は一路、街を目指す。定期的に街道を行き来する行商人たちの乗り合い馬車に乗ることになった。野犬や狼が迷い出てくる他は、ほぼ安全だったはずの街道の道のり。


 体の大きな荷車用の馬と、それの御者になる行商人。街に住む娘の元へ向かう農婦に、商人や職人のもとへ奉公に出る子供達が数名。あとは護衛に雇われた男女。定期的に周辺では兵士や組合傭兵による掃討が行われている、新しい開拓村に比べれば段違いに安全なはずの旅路。


 馬車にして2日ほどの行程。二日目の夜に、それは起こった。



 少年は、恩師の教えを思い出しつつ、目の前に迫る脅威と対峙する。ちらと周囲に目をやると、馬車に背を預けた行商人と、脇腹を抑えつつ小剣を構え、少年と同じ脅威と向き合う男女の姿が見て取れた。


「いいって言うまで板戸を開けるんじゃないよ、いいね!?」


 何度目かとなる怒声。馬車近くの馬は、けたたましい唸り声をあげつつ、同じく脅威となっている小柄な人影を牽制している。


「っく、ついてないな…、小悪鬼の群れとは」


 男は馬と馬車の周囲に<障壁>の魔法で小悪鬼を遠ざけつつ、組合の情報を鵜呑みにした自分の迂闊さを呪う。


 小悪鬼。人族や魔族と紛れて暮らす小鬼族と先祖を同じくする妖魔族の一種だが、低い知性と性根の邪悪さから高度な社会性に適合できず、野山に小規模の群れを作って暮らす。性根の邪悪さと野蛮さに加えて卑屈さを併せ持ち、その繁殖力もあわせて定期的に駆除依頼が出る。


 群れとはいっても、それほど沢山は居ない。せいぜいが5体ほどで、首領格らしい茶色帽子が一体に、先ほどまでの戦いで倒れ伏した3体と、馬と対峙する1体の小規模の群れ。ただ、男女の側には守る者たちが多く、これまでに少なくない怪我を負っている。


「しかも残りが伝承体、何の罰ゲームだよ!」


 伝承体とは、所謂先祖返り。小悪鬼の中では赤色帽子と呼ばれる強個体だ。手慣れた戦士であれば難なく倒せるが、男女は駆け出しに毛が生えた程度だった。


「泣き言をほざく暇あったら、馬車と馬の<障壁>に集中しな! それとそこのボーヤ! おっさんと一緒に影に居るんだ!」


 行商人は顔を青ざめつつも、必死に少年においでおいでと手を伸ばす。少年はそれに逆らわず、脅威から目をそらさずにじりじりと移動する。


「運が悪いねホント…、後で組合に色つけて…」

「危ない! おばさん!」


 少年の指さした先、茶色に染まった帽子を被った小悪鬼が迫る姿。女は脇腹を抑える手を小剣に戻し、指をなぞらせつつ小悪鬼へ剣を振るう。


「ギィッ!」


 小悪鬼は手に持った粗末な小型盾を構え、小剣の剣先を逸らすも体制を崩す。大きな隙。だが追撃はできない。女の脇腹からは赤い染みが広がっている。


「ちくしょっ…!」


 動きの鈍い女の姿を見てニタリと小悪鬼が笑い、体制を戻して手斧を振りかぶる。そのまま女の頭に叩き付ける積もりだ。そのままであれば、先ごろ、女が叩き割った他の小悪鬼の意趣返しとなるだろう。


「<火口>!」


 小悪鬼の鼻面の先に火種が生まれる。ダメージには成り得ない。だが、その熱は本物だ。いきなりの痛みと熱に小悪鬼は顔を抑えて叫び声をあげる。


「<障壁>解除、<空断>展開、今っ!」


 男はよろめく女の体を支えつつ、指先を小悪鬼に向け、十字を切るような動きをする。するとどうだ、空気の歪みが生まれ、顔を十文字に切り裂いた。


 小悪鬼は突如の熱と痛みの混乱が抜けきらぬ内に襲った、強烈な痛みと急激な出血に耐えられず地面に伏す。女は男の腕から逃れつつ、小悪鬼の頚椎を踏み砕く。


「すまん、咄嗟で一番威力があるのがこれだったんだ」

「いいよ助かった。あとは馬の所の…」

「ひぃいいいい!」


 行商人の悲鳴。男女は先ほどの判断ミスに蒼白になりながら馬車と行商人の所に駈ける。馬車の中には、村から街へ向かうだけの農民と子供がいるばかり。小悪鬼、それも伝承体が相手ではまともに戦い合う事はできない。


「ギャヒヒイィ!?」


 馬車の影から小さな人影。襲撃を受けた子供かもしれないと女は小剣を握りしめつつ、子供が犠牲になった事を悔やみつつ人影の無事を確認しようとするも、顔面を炎で燃やされたそれを見て驚く。


「小悪鬼!?」


 驚きの声は、子供の声に中断される。行商人を背に守りつつ、少年が指を向けて小悪鬼の周辺にいくつもの魔法式を呼び出し、実行している。


「<火口>! <火口>! <火口>!」


 攻撃魔法ですら、いや、日常魔法ですらそんな連続での使用は無い。あまりにも間断無く、無数の種火が小悪鬼の顔から体から発生しては燃やしては消えていく。小口とはいえ、枯れ木であれば確実に火の付く炎。それが10に100にと隙間無く燃えれば、生木であろうと肉であろうと炭や焦げから灰になるに十分だった。


「<火…!>」

「もういい! 大丈夫だ!」


 男が駆け寄り、少年の体を抱きすくめる。小悪鬼は既に事切れていた。




 最後の小悪鬼の記憶。


 小悪鬼は困惑していた。まだ弱そうな人族のオスとメスの目を盗み、馬車に居るさらに弱い子供の一人でも攫えれば腹を満たすに十分だったはずなのに、それがどうだ、他の連中はあっさり殺され、自身よりも強かった筈の奴が無様に血を噴いて倒れた。奴の自慢の血染め帽子よりも鮮やかな血を噴いてだ。


 ならばせめて、子供の一人でも攫って、向こう山の洞窟に居るバカな同族共に不味い部分を下賤し、頭を気取る事としよう。目の前に居る腹立たしい目つきの子供なら楽に打ち倒せるだろうし、恐怖に歪んだ年寄りのオスもすぐにでも殺せる。


「こっちに…、来るな!」


 子供が何事かを言っている。森の奥に居るいけ好かない祈祷師なら人族の言葉も解るだろうが、どうせ食うだけの獲物の言葉が解った所で何の役に立つ?


「<火口!>」


 暗がりに薄っぺらい絵が出る。目を凝らして、その効果が出る先を見つけて避ける。他の頭の悪い連中にはできない、自分の優秀さに自然と笑みが出る。思った通り、小さな火は少し避けた先に燃えて直ぐ消える。


「言ったぞ、来るなって!」


 震え声ながらも、腹立たしい目つきを向けてくる。手に持った槍に力が入る。腹を突付くとすぐ死んでしまうので、手足でも傷つけた上で折り、泣き叫ぶ子供の腸を喰らうとしよう。今はあっちのオスとメスが向かってくるだろうから、あとのお楽しみだ。さあ、最初は飛びついて顔に噛み付いて…!


「捉えた! <火口>!」


 その瞬間、今までの火種とは段違いの炎が自分の顔を…。

 そこで、小悪鬼の意識は熱と痛みと恐怖でうめつくされた。


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