二重魔法
「思い出してみれば、あの日、先生は私に才を見出してくれた」
村に程近い林の中。狼などの群れが暮らすには獲物が少なく、狐などの単身捕食者が暮らすには少し広めの微妙な大きさ。村の狩人はここで獲物を取るので、生態系のバランスとしては丁度と言った所だろうか。たまに住み着こうとする大型の獣が居るが、そこは狩人が協力して狩り、貴重な肉の供給源の一つとして維持している。
村から向かっての入り口にほど近い、林の中の広場。野宿をする冒険者や旅人用に開放されている場所だが、滅多に使われる事は無い。以前使われたのは林に住み着こうとした魔獣の退治に来た冒険者達が最後だろうか。
踏み固められたため草が疎らに生えたその広場で、少年は<杖>代わりの小さな護符を持ち、地面に立てた枯れ葉に向かって言葉と共に指を指す。
「<火口>!」
ほんの小さな火が指先に灯り、少年の足にして三歩ほどの距離にある枯れ葉に飛ぶ。少年は満足気に微笑んだ…のだが、
ごつん
少年の視界に火花が飛ぶ。涙目で振り返ると、呆れ顔の青年の顔がある。
「練習には僕が立ち会うと言っただろう。おまけに林の中で<火口>系の魔法を使うなんて、もしもの事があったらどうするんだ」
「いてて…、上達して褒めて貰いたかったんだよう」
「向上心があるのは褒める。だけどな、折角の才能を取り返しのつかない事で失うかもしれないんだぞ」
「ごめんなさい…。でもさ、才能って何なんだ? 魔力だってちょっと多いぐらいで、他はあんまり変わらないのに」
「魔力が人並み以上にあるだけで、僕と比べたらとてつもない才能なんだよ」
青年は少年の頭をわしゃわしゃと荒く撫で、微笑む。
「そりゃあ、先生は魔力は少ないけど、ほら、普通に魔法の制御とかできるし、しかも細かいし、それも才能なんじゃ?」
「これはまあ…、うん、才能というよりは勉強と努力だよ、僕が居た所の同僚…というか仲間はみんなできたんだ」
「なんだよそれ、例の中央の人達とか、旅の仲間とか?」
「いや…、うーん、まあそれは置いといて。さっきの<火口>は、僕が教えた要素を使ったのかい?」
何か寂しげな表情が一瞬、青年の表情に過ぎるが、話題を振られてか少年は二の句は継げずに質問に答える。
「そうだよ。でも細かすぎてわかんなくってさ、教えてもらったえーと、<念動>と<火口>に組み合わせて、唱えたんだ」
「ふむふむ、なるほど。その位はできるようになったか」
何か楽しげに言う青年。
「でもまあ、撃発発声になる言葉が<火口>というのも、ちょっと違和感あるんじゃないか?」
「ええ? でも<火口>の魔法って発動の時に、専用の言葉を言わないといけないじゃん」
「そこまでは”いじれない”か…、そうかそうか」
何やら変な納得をする青年。
「先生、不思議なんだけどさ、俺が教えて貰ったのって<火口>なんだよな?」
「なんで今さら、そう思うんだい?」
「普通の魔法書とかにある魔法式って、多少は使う奴で消費とか持続時間とかほんの少し変わるけど、先生が教えてくれたのって、誰が唱えても一緒じゃん?」
「うん、そうだね」
「だからさ、俺、魔力が通った時の魔法式を何度も見てたんだ。そしたら、中心にゴマ粒みたいなのがあって火を呼ぶけど、周りのは唱える場所で動きが違ったんだ」
「ほほう。よく気付いたな、どんな風に違うか気付いたか?」
「火の近くとか、かまどや焚き火の近くだと強くて、それ以外だと薄かった。…これってさ、他の影響受けないように、魔法式自体が調整してるんじゃないかって」
「…うん、続けて」
「そう思って、一番働いているところと、ゴマ粒みたいな真ん中のをより分けて、それ以外の所に丸々、<念力>を入れて試したんだよ」
「よく気付いたな」
青年は満足気に頷くと、手にした<杖>を地面にある小枝に向ける。<杖>は収束具とも呼ばれる、魔法の誘導を補助するための道具だ。安価なものでも魔力消費の負担を軽減してくれる。
「全ての魔法と、それを発動させる魔法式は、神が使ったって言う原初の”力ある言葉”から意味を分解した後に再構成し、それを組み合わせて作られている」
<念動>で小枝を持ち上げ、宙に浮かせる。
「魔法式は、世界を構成する因子への命令が固まっているものだ」
「命令? それじゃ、細かく指示できればなんでもできるって事?」
「究極的にはそうだけど、一つ一つの最小限の命令は難解で、実際に効果が現れるよう組み上げるには沢山の命令が必要だ。それになんでも命令しようとするとそれを沢山集めた物凄く大きな魔法式が必要になる」
「そうだよね、魔法式の大きさで必要な魔力が違うんだもの」
魔法式の起動に必要な物は魔力。魔法式の大きさに比例するのは、この世界での絶対法則のようなものだった。
「…ただまあ、この国の魔法式って無駄が多いんだよね。現象への理解が少ないというか、物理学が発展してないせいもあるんだろうけど」
「ブツリガク? なにそれ?」
「なんでもない。魔法以外で火を付けるのに必要な事、火が燃えるのに必要な事、それへの理解かな?」
「わかったようなわからないような…」
少年が首をかしげているのに苦笑しつつ、青年は魔法式を脳裏の仮想領域から現実界面へ転写する。今も<念動>で枝を浮かせているにも関わらず。
「え、二重魔法って…」
二重魔法。一定以上の、この国で言えば兵士でも上級の魔法使いになるための必須条件に、攻撃魔法を2つ以上、同時に用いるというものがある。これは、防御魔法と同時に攻撃魔法を放つための条件だ。
宮廷魔術師にもなれば、幾重もの防御魔法や探知魔法を駆使しつつ、攻撃魔法を唱える事ができる。だが魔力の消費もそれに比例する。通常なら、魔力のごく少ない青年が起動できるはずは無いのだが…。
「<念弾>」
ぱちんと、何かに撃たれたかのように枯れた小枝が空中ではじけ飛んだ。
「え、ど、どうやったのさ!?」
「折角直弟子になったんだ、全て伝授してあげるよ。まあ、街に出るまでの間はずっと勉強だけどな」
「う…、わかったよ先生、お願いだ、色々教えて!」
「よしよし…それじゃ」
満足気に、何か面白いものを見つけた子供のように、青年は微笑んだ。
勢いで書いてたのでこの頃と現在で設定が食い違ってるのを修正。特に魔法陣と魔法式という言葉とか。